4-1


また季節は巡り、春が来た。
名前の警察官としてのキャリアは二度目の6年目に突入し、彼女が作った大学生のカバーも無事大学二年生に進級した。

そんな名前は今、緩く巻かれたピンクブラウンの髪をなびかせながら堂々とキャンパスを歩いていた。
そう、実はこのカバー、ちゃんと東都外国語大学に籍がある。そのために学長を協力者に引き入れたほどの念の入れようで、だからこそ赤井やコナンも彼女の偽の経歴に気付けなかったのだ。

(女子大生の情報網って侮れないんだよなぁ…)

怪しげなコンパだったりクラブだったり、お金をばらまいてくれるおじさんだったり。彼女たちの情報や行動から、反社会組織の摘発に至ったこともある。
金の流れのおかしい場所は暴力団の資金源になっていたりもするので、公安としてはなかなか魅力的な情報源だ。

「あっ、名前ちゃんもう帰りー?」
「うん!またねー」

声をかけてくれた友人に手を振り、帰路につく。
今日は講義を三コマ受けただけで美女が消える謎の相席ラウンジの情報を手に入れてしまった。大学ってこわい。

(あ、メール)

肩にかけたトートバッグの中で短く震えたのは、苗字名前名義のスマートフォンだ。メールの送信元は降谷で、可愛い子犬の画像が添付されている。

(可愛いなーハロ。なごむ)

つい数日前、彼は安室透名義のアパートに子犬を迎え入れていた。かなりしつこくつきまとわれたらしく、彼が根負けした形だ。
ちなみにハロと名付けられたその子犬は、未来の零のもとには現れていない。やっぱり、同じようで少し違うのだろう。

(素朴な顔つきがたまらない。毛も柔らかそう。早く撫で回したい…)

降谷と名前は“一回目”より二年早く恋人という関係になったわけだが、お互い元々忙しい身だ。連絡の頻度は上がったが、会う頻度がそうそう上がるわけもなかった。
ハロに会えるのもいつになるかはわからない。

(とりあえず、今日得た情報の裏を取りますか)

普段とは違うマンションに帰宅しながら、名前はいくつかのメールを作成した。




***




相席ラウンジとは、いわゆる出会い系バーの営業形態の一つだ。
女性はチャージ料金も飲食料金も基本的に無料で、相席した男性側には料金が発生する。時間は10分程度で区切られ、時間経過とともに女性が他の席に移ったり、男性側が延長を希望したりする。
未来ではすでにスイッチバーなどに取って代わられつつあったシステムだが、この時代はまだ全盛期だ。女性は無料で飲み食いできるということもあり、名前の通う大学の学生たちもよく遊びに行っているようだった。

―――杯戸町のとある相席ラウンジで、美女が消えるらしい。

名前が大学の友人から聞いたその話は、怪談話のようにも聞こえるがちゃんと裏があった。端的に言えば人身売買だが、隠し方が巧妙で、指定暴力団との繋がりもある。

「お姉さん、お暇ですか?」

声をかけてきたのは、件の相席ラウンジの客引きだった。
都で客引き行為の禁止条例が制定されるのはこの翌年のことだ。今はまだ、女性が一人で繁華街を歩いていれば100%声がかかる。

「あ、えっと…約束があったんですけど、さっきドタキャンされちゃって」
「えーもったいない!よかったらうちの店で飲んでいきませんか?女性は一切料金がかからないんです。もちろんお嫌ならすぐ退店できますし」
「え……」

ラミネートされたシステム表を差し出され、困惑した表情を浮かべながらそれに目を通す。内容は事前に得た情報の通りだ。

「で、でも、私一人だし」
「一人で来られる方もいらっしゃいますよ!そういう方と一緒のテーブルにご案内するので、お友達ができたって喜ばれる方もいるくらいで」

なるほど。これはいたいけな女子大生が釣られるわけだ。
うさん臭さを感じない爽やかな笑顔で、若い客引きが飲食無料の店に案内する。知識のない若い子なら「ちょっとだけ」とついていってしまうだろう。

この時代では今年28歳になる名前だが、今は20代半ばくらいの女性に変装している。「美女が消える」という噂に乗っかるため、世間一般で確実に美女だと言われるだろう容貌を選んだ。
派手過ぎずナチュラル過ぎず、押しに弱そうな優しげな女性は絶好のカモだろう。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

どこか不安そうに、それでも少しの期待を滲ませた表情を浮かべてみせれば、客引きの男は満足そうに微笑んだ。




***




店内に案内された名前は、先程客引きが言っていた通り一人で来た別の女性と引き合わされた。これから、彼女と同じテーブルに案内されるらしい。

「えっと、よろしくお願いします」

名前が笑いかけた先で、やや地味だが整った顔立ちの女性がギュッと身を縮こまらせる。

「あ…あの……よろしく、お願いします……」

彼女も客引きの口車に乗せられたクチだろう。可哀相に、すっかり緊張しきっている。身長170cm近い名前の隣では、小柄な彼女はまるで小動物のようだった。

「大丈夫大丈夫。もし嫌な人たちだったら、私とずっとお喋りしてましょう」

あまりに可哀相だったので、名前もついお節介を焼いてしまう。まあこのくらいなら職務に影響もないだろう。

「え、あ、ありがとうございます」

思わぬ一言だったのか、彼女が頬をポッと染めた。

「お待たせしました。ご案内します」

やってきたボーイに席まで案内される。

そしてそこに座る二人の男性を視界に入れて、名前は隣の彼女以上にその体を硬直させる羽目になった。

(え…ええ…なぜここに……)

にこやかに「座って座って〜」と促す男も、その隣で愛想の欠片もない表情を浮かべている男も、名前はよく知っていた。

男たちの向かい側に腰掛けると、早速笑顔の男が話しかけてくる。

「俺は萩原で、こっちの無愛想なのが松田ね。二人のお名前は?」

もう一人の女性の正面には萩原が、名前の正面には松田が座っていた。松田は萩原の紹介に「どーも」とだけ言う。
いやなぜこんな店に…?と名前は内心で混乱しつつも、表面上は少し緊張した様子の女を演じ続けた。

「えーと…じゃあ私はA子で」
「えっまさかの?」
「じゃ、じゃあ、私はB子で!」
「なんだよガードかてーなぁ」

B子、わりとノリがいい。萩原はブーブー不満そうだが、店の規約に本名を名乗れという記述はない。
そこにボーイがオーダーしておいた飲み物を運んできたので、四人で乾杯した。

「二人は友達?」
「あ、私たち二人とも一人で来てて」
「へー。客引きのお兄さんに引っかかった?あの人口上手いよなぁ」

聞くと彼らも客引きに声をかけられて入店したらしい。

「今日は松田の失恋慰め会だからさー。いつもと違う店をどんどん回ろーと思って」
「おい勝手なこと言うな」

松田が萩原に向けてギロッと睨みを利かせる。へー、陣平失恋したんだ。

「いやだって失恋確実だろ?あれからまた名前さんと連絡つかねーし」
「ぐっ」
「えっ、A子さん!?」

危うく酒を噴き出しかけて口を押さえた。

「あーごめんごめん、内輪の話だった」
「ハギお前後で覚えてろよ」
「え、こっわ」

軽口を叩き合う彼らを前に、名前は内心の動揺を押し隠すのに必死だった。

「…なんか、面白い人たちですね」

こそっと耳打ちをしてきたB子に「そうですね」と返すが、正直今すぐ帰りたかった。


prevnext

back