4-2


「ちょ、ちょっとお手洗い行ってきまぁす…」
「大丈夫?ついていこうか?」
「だ、大丈夫ですA子さん!では行ってきますっ」

少しふらつく足取りでトイレに向かうB子を、名前は素で心配そうに見つめていた。
あれからお互いの職業や年齢などを教え合った四人だったが、B子は現役の女子大生だった。酒もあまり飲み慣れていないようで、名前は隣ですっかり姉目線だ。

ちなみに男二人の職業については、松田がやる気なさげに「こーむいん」と答えた。雑すぎか。

「A子ちゃん面倒見いいねぇ」
「B子ちゃん可愛いから、世話焼きたくなっちゃって」
「あ、わかるわかる。動物っぽい」
「ふふ、わかります?」

名前と萩原が笑い合う横で、松田は会話に入るでもなく酒を呷っていた。

「なーおい松田ぁ、俺はお前のために出会いをセッティングしまくってんだけど?もっと楽しめよ」

おもむろに松田の肩を抱いた萩原が彼に絡み出す。

「っぶねーな。つーかそれ頼んでねーっつってんだろ」
「名前さんと連絡取れないって一緒に嘆き合った仲だろ?」
「いつの話だよ」
「もう三年前?でもお前は去年もだし」
「あーうぜぇ。やっぱ言うんじゃなかった」

彼らのやりとりをきょとんとした顔で眺めながら、名前は内心ハラハラしていた。またこの話題が始まってしまった。

(…観覧車でのこと、やっぱり研二くんにも伝わってるか)

松田に電話で自分がやったことを話してしまっている名前は、彼が萩原にどこまで話しているのか気になるところだ。でもこの話題は心臓に悪い。嫌なジレンマだった。

それでも、名前は演技ではなく自然と笑みが浮かぶのを自覚していた。二人が生きて笑い合っている。これも名前が見たかった光景の一つだ。

「本当に仲がいいですよね、ふたり」

結局名前は心臓に悪い話題を中断させることを選んだ。

「あーまぁ、付き合い長いしね」
「腐れ縁な」
「職場も一緒なんですよね?」
「そうそう、こいつはちょっと前まで別の部署にいたんだけど、最近戻ってきて」

松田は無事に爆処へと戻ったらしい。
大観覧車に乗り込んだと聞いたときは状況がさっぱりわからなかったが、結果的に元の場所に戻れたならもう安心だろう。

「も、戻りました」

そこに、トイレに行っていたB子が戻ってきた。

「おかえり」
「ただいまですっ」

するとタイミングよくボーイもやってくる。どうやら時間らしい。結局彼らは五回延長したので、すでにこのメンバーで一時間話していることになる。
ちなみに延長の理由は松田曰く「何回も自己紹介すんのめんどくせーから」だ。

「じゃー俺らはそろそろ次の店行くかな」
「他の女の子たちとは話さなくていいんですか?」
「いーのいーの。A子ちゃんとB子ちゃんと話せて楽しかったし」
「ハギ、次はブルーパロットな。久々にビリヤードで勝負しようぜ」

松田の口から出た店名に、名前の脳裏にかつて伊達班のメンバーと集まった時の光景が浮かぶ。

(…伊達くんを助けたら、また)

いつか降谷に提案したように、また伊達班のみんなが集まって笑い合うことはできるのだろうか。叶うなら、自分もそこで彼らの姿を眺めていたい。

「じゃ、私たちはここで」
「あ、ありがとうございました!」

テーブルで会計する彼らを残し、名前とB子は次の席に向かうことになる。

「ありがとねー、二人とも」
「じゃーな」

手を振り合ってから、彼女たちはボーイに連れられてその場を離れた。




***




ごく浅い微睡みから、名前は自力で意識を浮上させる。

目を閉じたまま周囲の気配を探り、誰もいないとわかると薄く目を開けた。視界に広がるのは真っ白な天井だ。視線を動かさなくても、自分の手足が拘束されているのはわかる。この細く食い込む感覚は結束バンドか。

(まさか初回で当たりを引くとは)

萩原と松田の席を離れたあと、名前とB子はそれぞれ一人ずつ別室に案内された。店内が満席なので、次の席に案内するまでここで少し待ってほしいと言われたのだ。
そこで背後からハンカチを押し当てられ、意識を失ったところをどこか別の場所に運ばれたらしい。もちろん名前は薬をほとんど嗅いでいないので、運ばれている間も意識はあったのだが。

「……で…」
「……のか」

今いる部屋の外から、人の話し声が近づいてくる。名前は再び目を閉じ、体を弛緩させた。
開かれたドアから男が二人入ってくる。

「お、こっちは当たりだな」
「でしょう。先方も喜びますよ」
「薬は?」
「まだ入れていません」
「じゃあまだ“人間”だな」

男たちが下種な笑い声を上げる。

「一緒に連れてきたのは?」
「あっちはチビすぎて先方の範囲外でした。いつも通り風呂行きですね」
「相変わらずあちらさんの要望は細かいな」

男の一人が名前を覗き込み、息遣いさえ聞こえそうなほどの距離で「あーもったいねぇ」と呟く。

「こんなに美人なのにもう少しでお人形さんか」
「その前に遊んじゃいます?」
「馬鹿野郎、すぐバレるぞ」
「はは、ですね。じゃあ薬用意してきます」

一人が部屋を出ていくのがわかる。

どうやらB子も一緒に連れてこられてしまったようだ。風呂行きとは、風俗に沈めるという隠語だ。名前の方はこれから薬を入れられ、「あちらさん」とやらのところに送られるらしい。

(ピグマリオンコンプレックスか)

人形を愛する異常性愛を示す言葉だが、広義では女性を人形のように扱う性癖という意味も含まれている。
「あちらさん」はどうやら女性の自我を薬で奪い、人形として支配したいという歪んだ嗜好の持ち主のようだ。

「いやーでも、跡が残らないイタズラなら…」

一人になった男が、再び顔を近付けてくるのがわかる。臭い息が名前の鼻をくすぐったところで、彼女は跳ねるようにして体を起こした。

「ぐぁっ!」

勢いをつけた頭突きが、男の鼻に直撃したようだ。
拘束された両手でベッドのフレームをきつく握り締めた名前は、よろめいた男に向けて両足を振り上げる。手首同様拘束された両足は真っ直ぐ男の首に向かい、器用に開かれた二つの足先で首を挟み込んでそのまま床へと叩きつけた。
額を固い床に強打した男は、そのまま動かなくなった。

「うわっと」

叩きつける勢いで床に降り立った名前だが、体勢を維持できず男の隣に尻もちをつく。

「いてて…」

今の動きでバンドが擦れ、早速両足首が赤くなっている。まずはこれを外さなければ満足に動けもしない。

(服は変わってないけど、パンプスはないか)

パンプスのインソール裏にカミソリを仕込んでいたので、それを持ち去られたのはちょっと痛い。

「でもまぁ…」

拘束された両手で胸の谷間を確認すると、硬いものが指先に当たった。

「もう一個あるからいっか」

取り出したのは、透明なソフトケースに入ったカミソリだ。それで難なく結束バンドを断ち切ると、近付く人の気配を察知してドア脇に身を潜める。

「お待たせしまし―――えっ」

薬を手にドアを開けた男が、床に倒れ込むもう一人の男を見て硬直する。すかさず背後を取った名前はその首元にカミソリを当て、耳元で囁いた。

「……ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

男の手元で、薬の乗ったシルバートレイがカタカタと震えていた。


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