4-3
情報と薬と白衣、それから二台のスマートフォンを奪い、名前は気絶した二人の男をカーテンとカーテンタッセルで口元までぐるぐる巻きにした。
名前本人のスマートフォンはパンプス同様に持ち去られたままだが、今回潜入するにあたって財布もスマホもダミーを用意している。取られたままでも特に問題はない。
奪ったスマートフォンの片方でマップアプリを起動し、まずは現在地を確かめる。表示された位置はここまでの移動にかかった時間と合致していた。それを部下に送信し、少し迷って、もう一通メールを作成した。
(あんなに真っ直ぐ、僕を頼れって言われちゃったらなぁ…)
彼は、名前が彼に協力を要請したことがないのを気にしているようだった。
(未来ではちょこちょこ頼ってたけど、この時代に来てからはなんか気が引けて)
精神年齢でだいぶ年上になってしまった上に、彼の忙しさも心労も前回以上によくわかっている。だからこそ自重していたのだが、まさか頼られたいと思われていたとは。来れるかはわからないが彼にも部下同様に位置情報を送信した。
それから二台のスマートフォンに入っている情報を全て自宅のタブレットに転送し、完了したのを確認してから初期化して窓の外に放り投げる。外は緑深い崖だ。いい感じに壊れて回収不能になってくれることだろう。
(さて、B子ちゃんはどこかな)
奪った白衣を羽織った名前はそっとドアを開け、廊下を確認した。白い壁に白い天井。等間隔にドアが並んでいて、少し先にはガラス張りの一角が見える。先ほど得た情報通り、いかにも研究所といったつくりだ。
一部屋ずつ確認していくと、二つ隣の部屋に彼女はいた。眠っている彼女の手足の拘束を解き、揺さぶって声をかける。
「B子ちゃん、起きて」
「……ぇ、あ……A子さん?…ぅ」
目を覚ましたB子は目がとろんとしていて、少し頭痛もあるようだ。こめかみを押さえて顔を顰めている。ただ幸いなことに、睡眠薬以外の薬物が使われた形跡はない。
「動けそう?ここにいると危ないから、移動したいんだけど」
「…あれ?ここ…?」
ぼんやりしているB子の体を起こし、状況を簡単に説明する。とは言っても今まさに風俗に沈められそうになっていたことは言えなかったが。
「え、えっ…そんな、映画みたいな」
「大丈夫。ちゃんと守るから」
「えっ?」
混乱するB子をベッドから降ろす。立って歩くくらいなら大丈夫そうだ。
「他にも連れてこられてる子がいるの。もう何日も経ってる子もいて…どんな状態かは微妙だけど、とりあえず一ヶ所に全員集めたい。協力してもらえる?」
捜査員が突入する際、誰かが人質にされるのだけは避けなければならない。先ほど得た情報で人数と居場所は掴んでいるから、あとは一人残らず集めるだけだ。
状況が読めないながらも頷いてくれたB子を伴って、研究所内を移動する。
見つけた女性は人が来なさそうな資料室に移動させて、B子に簡単な説明をお願いした。恐怖に泣く者もいれば薬物でぼんやりしている者もいるが、とりあえず今のところ死体には出くわしていない。
「なんだおま…ぐぅっ」
遭遇した研究員は片っ端からシメて拘束しているが、バレるのも時間の問題だろう。できればバレる前に制圧したいところだ。
(そろそろ到着するかな)
最初に奪ったスマートフォンは持ち歩くにはリスクが高いと棄ててしまったため、部下との連絡手段はない。名前がここに連れてこられるまでの時間を思えば、そろそろ到着してもおかしくはないが。
(次に会う研究員からまた借りるか)
ナチュラルに物騒なことを考えながら、最後の一人を資料室へと連れていく。彼女はかなり多量の薬物を投与されているようで表情もなく、まさに「人形」のようだ。治療して元に戻るかはわからない。
(「あちらさん」とやらも早めに締め上げないと)
位置情報と一緒に取引先の情報も部下に送ってあるが、かなり慎重な人物のようで、居場所の特定にはまだ時間がかかるだろう。ここが制圧されたことに気付かれる前に押さえたいがさすがに厳しいか。
「B子ちゃん、この子で最後」
「あ、わ、わかりました」
資料室のドアを開け、肩を貸して引きずるように連れてきた女性をB子に任せる。女性の状態に瞠目したB子だったが、もう震えてはいない。えらい。
ドアを閉めようとしたところで、B子が名前の方を見て目を見開いた。
「あっ、A子さ…!」
「…随分派手にやってくれてんなぁ?お姉ちゃん」
チャキ、と聞き慣れた金属音を立ててこめかみに銃口が押し当てられる。
「派手にやってるのはそちらじゃない?山奥にこんな大きな研究所建てちゃって」
両手を上げながら話す名前に、B子が信じられないものを見るかのような目を向ける。
大丈夫、と彼女に向けて口パクしてみせると、彼女はその大きな目をパチクリと瞬かせた。
背後の男がくっくっと可笑しそうに笑う。
「所轄のデカにちょっと金握らせりゃあ、怖いもんなしよ」
(おっと、聞いちゃったぞ)
やらなきゃいけないことが増えたな、と心の中で嘆息する。とりあえず時間もないしこいつをさっさと片付けよう、と名前が短く息を吐いたところで、背後の男が吹っ飛んだ。風に煽られた名前のウィッグがファサリとなびく。吹っ飛んだ巨体は少し先で医療用ワゴンを巻き込み、ガシャァァンと大きな音を立てて動かなくなった。
目を丸くした名前がゆっくりと背後を振り向くと、そこには拳を振り抜いた姿の男が立っている。
「ふ、降谷くん……」
「…?ああ、苗字さんでしたか」
涼しい顔をしてスーツを整えたのは紛れもなく降谷零だった。
「来てくれたんだ」
「ええ、あなたが頼ってくれたので」
そう言いながら、降谷が目元を優しく緩める。くっ、これだから男前は…。名前は咄嗟に心臓を押さえた。
「これで全員ですか?」
資料室を覗き込んだ降谷に、「うん」と答える。覗き込まれた先にいたB子や女性たちは突然のイケメン出現に言葉を失っていた。
「あとは責任者押さえて突入させようと思うんだけど」
「今の音で勘付かれたかもしれません。急ぎましょう」
音を立てた張本人がしれっと言う。
(まぁ、心強いからいいけど)
吹っ飛んだ男のスマートフォンを拝借して連絡すると、部下たちは降谷に遅れて到着し、現在研究所を包囲しているとのことだ。取引相手の情報は引き続き別の捜査官が追っているらしい。彼らに五分後に突入するよう指示して電話を切った。これも初期化して投げ捨てておこう。
「じゃあB子ちゃん、五分したらお巡りさんたちが突入してくるけど保護してもらってね」
「はっ、はい!あ…あのっ」
「ん?」
「A子さんもお巡りさんなんですか?」
目を輝かせたB子に、「まあ、そんなところ」と濁して答える。
「か、かっこいい…」
どうやらその呟きは降谷ではなく名前に向かっているようだ。苦笑した名前が「じゃあ」と手を振ると、その背中に「頑張ってください!」という熱い声援が届いた。
「ファンができちゃいましたね」
並走する降谷が可笑しそうに言う。それに名前が曖昧に笑ったところで、研究所の外がにわかに騒がしくなった。
窓から外を確認すると、どうやら事態を察した責任者がすでに逃走を試みているようだ。ゴツいシルエットのオフロード車が捜査官たちの車を蹴散らしていく。
「あー、間に合わなかったか」
「追いましょう」
降谷が躊躇わず窓から身を投げ出した。いや確かに二階だけど。
(私、裸足…)
今思えばオシャレなワンピースに白衣を羽織って足元は裸足とは、すごい格好だ。
「苗字さん!」
現実逃避しかけた名前に降谷の鋭い声が飛ぶ。見れば、受け止めますと言わんばかりに腕を広げて降谷が待っている。躊躇っている時間はない。
「……お願い!」
思い切って飛び降りた名前を、降谷がよろめきもせず受け止めた。相変わらずすごい筋肉だ。
「って、え!?ちょっ」
降谷は名前を横抱きに抱え直すと、そのまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこだ。裸足だからありがたいが、先に一言ほしかった。
二人はそのまま停めてあったRX-7に乗り込み、包囲網を突破してしまったオフロード車を追いかけた。
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