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夏に諸伏との再会を済ませてから、名前は彼と一ヶ月に一回くらいのペースでメールのやりとりをしていた。
お互いすぐ削除するとはいえメールの内容は当たり障りのないものばかりで、たまにハロの画像を添付したり、符牒を使って降谷からの伝言を伝えたりと、そんな感じだ。
最初は遠慮がちだった降谷もしっかり名前を伝言板として使うようになり、寂しそうにすることも減った。



そうこうしているうちに季節は過ぎ、12月。
ここ最近、名前は仕事の合間を縫ってあるカバーに変装していた。立場的には女子大生だが、ピンクブラウン頭の派手な姿ではない。

彼女は衣装部屋に備え付けたこだわりのドレッサーで、今日もその姿に変装する。
化粧っけはない地味な容貌だが隠しアイラインで大きめのタレ目を作り、サークルレンズで黒目も少し大きくする。眉毛や唇の形を細かく調整して出来上がったのは、幼さの残る控えめな女性だった。
こげ茶色のウィッグを緩くおさげにして、服装はミモレ丈のスカートとシフォンブラウスで清楚に仕上げる。最後に白いダッフルコートを羽織って向かうのは、行き慣れた霞が関だ。

電車を降りた名前は警視庁に向かい、近くのコンビニに入る。雑誌を選ぶフリをしながら、警視庁の方向に視線を向けてある人物を探していた。

(そろそろ外は寒いし、今日こそは見つかりますように)

コンビニにも長居はできない。少ししたらまた外に出て、その辺をうろつく羽目になるだろう。
しかしそんな時にこそ何か起こるのが東京だ。さすが魔都というべきか、名前のいるコンビニの目の前で乗用車同士の接触事故が発生した。
すぐに付近の人がスマートフォン片手に通報する姿や、車の中の様子を窺う姿が見える。さすが事件事故発生率が段違いの東京人、トラブルに慣れている。

名前がそのまま店内から様子を見ていると、ちょうど近くにいたらしい二人の刑事が現場に現れた。爪楊枝をくわえた強面の男と優男のコンビは、確かめるまでもなく伊達と高木だった。
救急車が到着すると、負傷している運転手が運び込まれる。伊達はそれに同乗するようだ。残された高木は遅れてやってきた交通部の人間に引き継ぎをしている。

そこまで確認して、名前はコンビニを出た。

引き継ぎを終えた高木がその場を去ろうとしているのを、「あの!」と呼び止める。

「え?あ、僕ですか?」
「は、はい。あの…高木さんですよね?」
「…そうですけど……」

困惑した様子の高木に、名前は緊張した面持ちで言葉を続ける。

「あの、私以前交番で高木さんにお世話になって…ずっとお礼が言いたかったんです」
「えっ?」

まさかそんな話だとは思わなかったのか、高木が目を丸くした。

「ぼ、僕にですか?」
「はい。覚えてらっしゃらないとは思うんですけど…、私が財布を落として泣いている時に、親身になって話を聞いてくださって。その後無事に財布も見つかりましたし、高木さんに相談に乗ってもらえたのがすごく嬉しかったので…いつかお礼が言えたらなって思ってて」
「えー…?えっと…心当たりがあるような、ないような…」

作り話なのだからなくて当たり前だが、高木は一生懸命頭をひねっている。

「それであの、これ……」

名前はショルダーバッグから、丁寧にラッピングされた小さな箱を取り出した。

「えっ」
「あ、あの、少し前に買ったものなのでちょっとリボンがヨレてますけど…」
「え、ど、どうしたんですか?これ」
「最近アルバイトの関係でこの辺りを通ることが多くて、もしお会いできたら渡したいなって思ってたんです。お勤めの交番、あっちの通りでしたよね?」
「あ、そうなんですけど…僕、今は警視庁で刑事やってまして」
「えっそうなんですか!すごい…!」

頬を紅潮させて褒める名前に、高木も「いやぁ、はは」と満更でもない様子で頭を掻く。

「じゃあここでお会いできたのは本当に偶然なんですね。…よかったら、これ受け取ってもらえませんか?」

差し出された包みを、高木が遠慮がちに受け取った。

「い、いいのかなぁ…いや、嬉しいんですけど」

困ったように眉を下げながらもその顔は嬉しそうだ。

「もし贈り物とかがダメなら、ここで包みを開けてもらえれば…」
「あっ、確かにそうですね!開けちゃってもいいですか?」
「はい、もちろんです」

手にした包みを裏返し、高木が几帳面にそれを開いていく。

「うわ、カッコいいボールペンですね!」
「高価なものではないんですけど…使いやすそうかなって」
「ありがとうございます、嬉しいです!」

高木は嬉しそうに笑うと、早速警察手帳に取り付けていた。

手帳のループに取り付けやすいサイズ感と海外ブランド風のシックなデザインにこだわったそれは、もちろん名前の協力者お手製だ。仕込まれているのは発信器だけだが、こちらがデータを取得しない限り起動しないタイプなので電池も長持ちするだろう。万一電池切れを起こしたとしても高木相手なら簡単にすり替えられる。
伊達の事故までまだ一年以上あるが、ある程度彼らの行動パターンを把握しておきたかった。

「喜んでもらえてよかったです。お仕事頑張ってくださいね」
「うわー最高のクリスマスプレゼントですよ。嬉しいなぁ」

頬を緩めてにやけている高木と別れ、帰路につく。

(そうか、今日クリスマスイブか)

休日もイベントもあってないような仕事をしているためか、全く気にしていなかった。
人とは一度気にするとその後も気になってしまうもので、名前の足も自然と百貨店の方向に向く。

(とは言っても、お互いアクセサリーは身に着けないし)

百貨店に入るとジュエリーショップの辺りがカップルで賑わっているが、それを素通りする。
結局向かうのは紳士服の専門店だった。

(…なんの捻りもないけど、やっぱりネクタイが無難だよね)

タイピンもカフスも立ち回りの邪魔になるかもしれないし、と色気のないことを思う。

選んだのは彼の瞳のようなグレイッシュブルーのシンプルなネクタイだった。無地だが梨地織りで上品なシボ感があり、何よりメイドインジャパン。彼にピッタリだろう。

ラッピングしてもらったそれをショルダーバッグに仕舞い、その足で電車に乗って安室名義のマンションに向かう。
マンションに到着してドアについた郵便受けにそれを入れると、ドア越しに「アン?」とハロの声が小さく聞こえた。こちらまで駆け寄ってくるような足音も聞こえるが、残念ながら合鍵は持ち合わせていない。

(また今度ね、ハロ)

心の中で声を掛け、今度こそ帰路につく。

自宅マンションに到着してコートを脱ぐと、タイミングよくインターホンが鳴った。モニターを確認すると宅配業者だった。エントランスから上がってもらい、自分が変装姿なのを思い出してちょっと俯きがちに荷物を受け取る。

(なんだろう)

ダンボールは軽く、送り主は知らない名前だ。それでも、このマンションの住所と名前のフルネームを知る人物は限られている。

早速ダイニングテーブルに置いて開けてみれば、そこにはもう一つラッピングされた箱が入っていた。

(この箱のサイズ、靴?……あ)

包装を解いて箱を開けると、そこに入っていたのは一足のパンプスだった。

スーツの時に名前が好んで履くパンプスと同じブランドで、同じヒールの高さ。もちろんサイズもバッチリだ。箱に付いていたカードには、「Merry Christmas」のメッセージと数字のゼロに見えるサインが添えられている。

(さすがのリサーチ能力……)

ここでアクセサリーを選ばない辺り、考えていることも名前と同じだ。
早速靴を試し履きした名前が、その履き心地のよさに「ふふ」と頬を緩める。

(メリークリスマス、零くん)

普通の恋人のようにはいかない二人だが、その分、名前には一つ一つの小さなことが何よりも尊く思えた。


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