5-3
熱気のこもった人混みには、ほのかに火薬の香りが漂っている。重低音を響かせて夜空に咲く大輪の花に、誰もが上を見上げていた。
そこにいるだけで首筋にじわりと汗が滲むような暑い夏の夜。名前は大学の友達数人と花火大会を訪れていた。
「あ、ねえ。クレープ食べたい」
「いいねー手分けする?」
「私タピオカ班ー」
花火よりスイーツな女子大生である。
口々に言って二手に別れる。名前はタピオカ班に配属された。
「名前ちゃんその浴衣可愛くない?」
「絶対ピンクだと思ったのにねー。意外と大人っぽい路線で来たな」
「えへへ、ありがと」
名前の着る浴衣は白地に青や濃紺の紫陽花が咲くシンプルなものだ。急な誘いだったので衣装部屋にあったもので間に合わせたが、普段のイメージとのギャップで意外と好評のようだ。
「ていうか最近名前ちゃんと大学で会わない」
「ふっふっふ…二年まででだいぶ単位取ったからねー」
「真面目なんだよなー、見た目派手なのに」
「誉め言葉として受け取っておきます」
東都外国語大学の学生としては、もう三年生だ。学長が協力者なので真面目に単位を取得しているわけではないが、カモフラージュのため去年までは空いた時間にちょこちょこ通学していた。
「ねえ、タピオカの行列やばい」
「うわ」
タピオカの屋台に着いたはいいものの、列の最後尾ははるか後方だ。
「順番に並びますか」
「そうしますか」
三人で交互に並ぶことにし、名前ともう一人は近くをウロウロする。
「あっ、くじ引き!」
「え、序盤で荷物増やす?」
名前がツッコむが本人は「どうせ外れるから駄菓子とかでしょ。大事なのは雰囲気だよ」と乗り気だ。300円払って駄菓子一つというのも悲しいが、結局勢いに圧されて挑戦することになった。
「やっぱコレですよねー、わかってたー」
「……私、これどうしよう」
小売価格10円の駄菓子を握り締めて嘆く友人の隣で、名前が抱えているのはいろんな人生が楽しめる某ボードゲームだ。でかい。無理矢理袋に入れてもらったが、持ち歩くのが面倒すぎて返品したい。
「いいじゃん当たりじゃん!三等じゃん!」
「うう…」
ため息をついた名前がさりげなく視界に入れたのは、ワイシャツにスラックス姿の男だ。先ほどから同様の服装の男たちをチラチラ見かける。私服にインカム姿の男もいたが刑事だろうか。
(まぁ今の私には関係ないけど)
タピオカの屋台に戻り、次は名前が行列に並ぶ。名前は取り出した苗字名義のスマートフォンで、高木に渡したボールペンの発信器を遠隔起動した。半径5km圏内にいれば作動するはずだが、問題なく作動した上に現在地はちょうどこの辺りを指している。
(…やっぱり刑事部だったか。独特の雰囲気があるんだよなぁ、彼ら)
それは公安も同様だが、刑事部はもう少しピリついた存在感がある気がする。
名前はこうしてたまに高木の発信器を確認し、必要に応じておさげの女子大生姿で遠目から様子を窺っているが、その中でわかったことが一つある。
伊達の捜査手法はいかにも刑事らしいというか、お手本のように「足を使って調べる」スタイルだ。張り込みに車を使うこともあまりないらしい。
(零くんから聞いたのは『張り込み明けの早朝に、高木刑事の目の前で居眠り運転の車に轢かれた』ってことと、命日だけ)
伊達の墓参りをした彼は、墓石に刻まれた2月7日という命日を確認した。ただ、事故現場は零も知らないようだった。
(当日居合わせるにしても、徒歩での張り込みなら移動範囲はそう広くない。前日から張ってれば確実かな)
そのためにも、前日の内に高木の居場所をしっかり掴んでおかなくては。
名前は発信器の電源を遠隔操作で切断し、スマートフォンをバッグに仕舞った。
***
ピンポーン
花火大会から一週間後、名前が訪れたのは諸伏のセーフハウスだ。今回もポニーテールにマスクという雑な変装をしている。
『開いてるのでどうぞ』
事前にメールを入れておいたので、インターホン越しの彼に驚いている様子はない。
「お邪魔します」と中に入った名前は、諸伏と目が合うなり手に持ったものを高く掲げる。
「今日はこれで遊ぼ!」
「うわっ、懐かしい」
持ってきたのはくじ引きで獲得したボードゲームだ。諸伏の目がきらりと輝くのを見て、名前も満足そうに笑った。
飲み物やお菓子と一緒にローテーブルに広げられたそれは、記憶にあるそれよりずいぶん進化していた。
「お、なにこれ。ストレスカード?」
「五枚集まるとお金を取られて一回休みだって」
「鬼だな」
さらに負のスパイラルゾーンとかいう、見るからにヤバそうなエリアもある。
「うわ、ここハマると一生抜け出せなさそう」
「リアルすぎる……」
「これはお茶じゃなくてビール飲みながらやるヤツかもね」
「大人向けだなぁ」
とりあえず始めてみると、理不尽な借金を背負わせてくるマスの多さや、結婚後に急激に増えるストレスカードなど、なかなかにダークな内容で手に汗握る展開となった。
「あ、二人目出産。ヒロくんからお祝い金もらわなきゃ」
「オレもう借金で首が回らないんですけど」
「ふは」
「名前さんが順風満帆すぎてつらい」
「子供二人に借金なし、マイホーム持ちで理想的だね」
「鬼強……」
そう言う諸伏は結婚こそしたものの、借金とストレスカードの手持ちがなかなかなくならない。さらにローンまで重ねる勇気はないと賃貸住まいだ。そのくせ金のかかるイベントが目白押しで完全に負のスパイラルにハマっている。
「ゲームでくらいのびのび生きたい」
「ちょ、笑わせないで」
彼の境遇で言われると深刻さが増して、思わず笑いがこみ上げてきてしまう。
「ちなみにこれゼロとやった?」
「二人とも特にトラブルなくゴールして盛り上がらなかったよ」
「想像できるなー」
諸伏とは月に一回程度のメールが続いているが、こうして会うのは去年の夏以来一年ぶりのことだ。彼は相変わらず物を持たない半引きこもり生活を続けていて、そんな生活ももうすぐ三年になる。
「ここでの生活はどう?しんどくなってきた?」
「あーいや、わりと大丈夫。月イチのメールも楽しみだし、上司も気にかけてくれるし」
「そっか。…このゲーム置いてく?」
「いや、さすがに一人でやるメンタルはないから」
半目で言う諸伏に、名前は声を上げて笑った。
「にしても名前さん、いつもスーツだな」
「うるさいよ」
ちょっと前に反省したばっかだよ。
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