5-7


「お前なー、やっと連絡ついたと思ったら名前さんと結婚とかなんなのホント!」
「いてててて」

リビングに入るなり、零にヘッドロックをかましているのは萩原だ。零は痛いと言いつつも、顔は全然痛そうじゃない。

「いーぞやっちまえハギ」

サングラスを外しながら煽る松田を、諸伏が「まあまあ」と止める。

「いやオメーもだから諸伏。ずっと連絡無視しやがって」
「ギクッ」

口で言いながら諸伏は苦笑いだ。

「でもようやく連絡がついて安心したぜ」

ニカッと笑う伊達に、ヘッドロックから解放された零がボサボサの髪を整えながら笑う。

「…ああ、ちょっと大きな案件が解決してな。本当はこうやってこっそり集まるのもダメなんだが、名前さんからの提案もあって」

その言葉に、全員の視線が名前に集まった。
5人の様子をカウンターキッチン越しに眺めていた名前が、パチパチと目を瞬かせる。

「……あー、えっと」

予期せぬパスに言葉を探しながら、名前の視線が5人を順に捉える。

全員、少し大人びてはいるもののほとんど記憶と変わらない姿だ。組織を壊滅させたことで諸伏も黒髪に戻り、伊達眼鏡もしていない。実はお気に入りだったのか、フェイスラインのヒゲは復活している。
松田は相変わらずサングラスを外せば愛想のない童顔だし、軽薄な笑顔を浮かべた萩原に至っては変わらなすぎて逆に安心感がある。
伊達はようやく実年齢が顔面年齢に追いついてきた感じがするし、零は―――

…零は、嬉しそうだ。

「…うん。またみんなが集まるところ見たかったの。今日は来てくれてありがとう」

零のその表情が見られただけでもう胸がいっぱいだ。名前は泣きそうなのがバレないよう、へらりと笑ってみせた。




***




「あ、うまっ」
「おいこっちもうめーぞ。このタコのやつ」
「降谷お前料理できないとか言ってなかった?」
「何年前の話だ」

ダイニングテーブルを囲んだ彼らが、口々に零の料理を褒める。

6人で座れるテーブルなんて家にはなかったのに、零は大きなダイニングテーブルも人数分の椅子もちゃっかり用意していた。名前に前々日まで言い出せなかったわりに用意周到である。

「伊達くん、ビールのおかわりは?」
「おう、ありがとな」

はじめは以前のまま敬語だった伊達も、すっかり砕けた話し方になった。
その場の空気からは会えなかった年月なんて感じられなくて、誰もがあの頃のように笑っている。

(これが、見たかったんだよなぁ)

彼らの再会を邪魔しないよう黒子に徹しながら、名前はじわじわとこみ上げてくる幸福感を噛みしめていた。

「アン!」

最初は緊張して隅っこで縮こまっていたハロもすっかり元通りだ。「おいで」と手を差し出すと待ってましたとばかりに飛び込んでくる。

「…みんな楽しそうだね、ハロ」
「アン」
「ふふ、よかったねぇ」
「アン!」

楽しい空気感を感じ取ってか、ハロも上機嫌だ。いつも通り名前の頬をペロペロと舐め、尻尾をぶんぶん振り回している。

「あーいいなぁ、人妻感」
「え?」

自分のことだろうかと振り向くと、頬杖をついた萩原が面白くなさそうにこちらを見ていた。

「なんかもーすっかり奥さんなんだもんなー、名前さん」
「当然だ。奥さんだからな」
「うるせーよ降谷ちゃん。ちょっとくらい嘆かせろ」
「でも料理はいつもゼロだろ?」
「まあ、大体は」
「ゼロの方が奥さん感ない?」

彼女の男料理っぷりを知っている諸伏の言葉に、名前はすかさず「黙ろうかヒロくん」とツッコんだ。

「名前さん、こっち酒おかわり」
「はいはい」

グラスを掲げた松田に、名前はハロを降ろして一度手を洗ってからそれを受け取る。

「次何飲むの?」
「おすすめで」
「うわめんどくさいやつ」
「頼むわ」

よし、甘ったるいカルーアミルクでも作ってあげよう。カウンターキッチンに引っ込んだ名前に、松田から「甘くないやつな」という追撃が飛んだ。チッ

「あー食った食った」
「まさかデザートまで手作りとはなぁ」
「マジでもうなんなのお前?」
「別に大したことじゃない」

ぶっきらぼうに返しながらも零の顔はちょっと嬉しそうだ。前日から仕込んでた甲斐があったね、と名前は生温かい視線を送る。

名前がすっかり食べ尽くされた食器類を片付けていると、諸伏が「そういえば名前さん」と話しかけてくる。

「ん?」
「あれないの、前やった某ボードゲーム」

ああ、あの現代の疲れた大人をさらに追い込むやつ…と名前が記憶を掘り起こしていると、萩原が「ちょ、諸伏」と声を上げた。

「お前まさか名前さんと会ってたとか言う?」
「え?あー、まぁ…たまたま?」
「ちょっとこっちおいで、諸伏ちゃん」

諸伏がヘッドロックの餌食になるのを横目で見ながら、名前はボードゲームの在りかを思い出そうとしていた。

(思い出せない…っていうか、知らないな)

そもそもあのボードゲームは、名前の記憶の中では過去に住んでいた自宅マンションに置いたままなのだ。この家のどこにあるかなんてわかるはずがない。

「零くん、知ってる?」
「え?」
「あの…人生で遊ぶ系ボードゲーム」

どこに仕舞ったか忘れちゃって、と言うと零が少し考え込む。

「……あれなら」

そう言って彼が向かったのは名前の自室だった。すぐに戻ってきた彼の手には、見覚えのある箱が抱えられている。

「あー、そんなところに。ありがとう」

箱を受け取った名前は、ヘッドロックされながら「ギブギブ」と喚いている諸伏の元へ向かう。その背中を零がじっと見つめていたことに、彼女が気付くことはなかった。




***




「零くん、ちょっとハロの散歩行ってくるね。何か必要なものある?」

ハロのリードを準備しながら声をかけると、ボードゲームの札束を数えていた零が「今からか?」と目を瞬かせた。外はとっくに真っ暗だ。

「ハロ、興奮しちゃって落ち着かないみたいだし」
「危なくないか」
「大丈夫だよ、ハロもいるし」

「ねー」「アン!」と頷き合う。大体、夜に出歩いたくらいで心配されるようなタマではない。
その反応に、零も仕方ないなと言いたげに肩をすくめる。

「あ、じゃあ名前さん俺乾き物ほしい」
「イカ系?あられ系?」
「あられ系」

諸伏のリクエストを記憶する。すると他の面々からもぽつぽつと声が上がった。

「じゃああられ系のおつまみとチータラ、ポークジャーキー、ミックスナッツね。零くんは?」

問いかけると、零が顎に手をやってしばし考え込む。

「じゃあ……魔王と、村尾」
「は?」
「おま、それ」

零のリクエストに周囲がドン引きしたような声を上げるが、名前は「わかった」と苦笑した。

「隣駅のリカーショップなら遅くまで開いてるから、そっち行ってくるね。あそこなら置いてるかもしれないし」
「ああ、気を付けて」

髪を一つに結んでマスクをしてから、「行ってきます」とハロを抱いて自室を出る。

魔王と村尾はどちらも希少性の高い芋焼酎で、そこらの店にはまず置いていない。ネットでも高額で取引されていることが多い代物だ。
確かに隣駅のリカーショップにはごくまれに入荷されることもあるが、そうタイミングよく手には入れられないだろう。

(まぁ、積もる話もあるだろうし)

元々、彼らだけで話したいこともあるだろうと気を遣って買い出しを申し出たのだ。まさかあんなリクエストが飛んでくるとは思わなかったが、たっぷり往復三十分は話したいことがあるのだと見た。
それなら名前はその期待に沿うべく、ゆっくり行って帰ってくるだけだ。

「二人でのんびり行こうね、ハロ」
「アン!」

腕の中のハロに笑いかけ、彼女はマンションを後にした。


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