5-8


「お前な…チョイスが鬼だろ」

二人のやりとりを見守っていた面々だったが、名前がハロと出て行くのを見送ってから松田が非難するように言った。

「ビックリしてツッコめなかったんだけど、そういうプレイじゃねーよな?」

顔に思いっきり「引いてます」と書いてある萩原に、零が「なんでだよ」と返す。

「いや買い出しで頼むような物じゃないし」
「普通の酒屋にはまず置いてねぇな」

諸伏や伊達もそれに続き、零は眉根を寄せてため息をついた。

「彼女が5人で話す時間を作ってくれたから、それに乗っただけだ」
「話?」
「ああ。…彼女が戻ってくるまでどれだけ短く見積もっても三十分。その間に全員に聞きたいことがある」

ボードゲームを片付けて真剣な顔をした零に、残る4人は思わず顔を見合わせた。




***




4人はテーブルの上を片付け、酒も一旦やめて零の話に耳を傾けた。彼らの前に置かれているのはグラスではなく、湯気の立ち上るコーヒーカップだ。

「まず、松田」
「あ?」
「少し調べさせてもらったが…杯戸ショッピングモールの大観覧車に爆弾が設置された時、その解体に当たったのは松田で間違いないな?」
「あー、俺だけど」
「その時、名前さんから接触はあったか?」

カップを持ち上げた松田の動きが止まった。それを見た萩原が、思い出したように「そういえばその日名前さんから電話来たって言ってたな、陣平ちゃん」と呟く。

「ま、その日を境にまた連絡取れなくなったって話だけど」
「…おー、電話ならあったわ」

観念したように答えた松田が、カップを口に運ぶ。

「その時のことを教えてくれないか」
「慌てた感じで電話が来て、観覧車にいるか聞かれたんだよ。いるっつったら早く解体しろって」

あの時、松田は爆発三秒前に液晶に現れる二つ目の爆弾の在りかを待っていた。事情を知らない諸伏と伊達に向けて補足した萩原に、二人が息を呑む。松田は爆弾の在りかと引き換えに死ぬつもりだったのだ。

「彼女があの日、都内にある大病院全てで爆発物の有無を確認し、最終的に米花中央病院に設置されていた二つ目の爆弾を自ら解体したことは知っている」

そう告げた零に、松田以外の全員が瞠目した。

「えっ、そうなの陣平ちゃん」
「電話で本人が言ってたからな」

二つ目の爆弾の特定も解体も済んでいる。だから信じて解体しろと彼女は言ったのだ。

「なんだそりゃ、そんなこと…」

彼女がやったことに伊達は言葉を失う。そんなこと一介の警察官ができることではない。

「全員、僕の所属についてはすでに察しがついているだろう」

そこで一度言葉を区切った零が、4人の顔を見る。特に反論は起こらない。彼のような優秀な男と突然連絡がつかなくなれば、公安への配属を疑うのは当然だろう。

「名前さんも、今は僕と同じ部署にいる」
「おい、ゼロ」

諸伏が咎めるように名前を呼ぶが、零は「悪いヒロ、続けさせてくれ」とそれを制した。

「彼女はあの日、独断で多くの捜査官を動かし、自らも爆弾の解体に当たった」

そして彼女は零に、病院に爆弾があると知ったその情報源が言えないこと、そして彼女自身、彼に言えない目的があるということを告げた。それを一人で抱えておきたいのだとも。

「言えないってことは、爆発の阻止自体が目的じゃねぇってことか」

伊達の言葉に零が頷く。

「それから、彼女は基本的に合理主義者だ。観覧車周辺の人払いもさせていたようだし、ゴンドラの乗客も退避させていた。となると、ゴンドラに仕掛けられた爆弾の解体は最初から念頭になかっただろう」
「そのまま爆発させるつもりだったってことか?」
「ああ。その上で先回りして二つ目の爆弾を探し、そして解体した」

なるほどな、と得心いったように伊達が頷いた。

「じゃあ松田がゴンドラに乗り込んだのは名前さんにも想定外だったってことか」

松田はあの日見た名前の後ろ姿を思い出していた。病院から大観覧車に急行し、松田の無事を確かめて立ち去った彼女の姿を。

「あの電話がなかったら死んでたわ、俺」

言葉は重いのに、松田の口元は弧を描いていた。

「犯人は確か、高層マンションの爆破未遂事件と同じ犯人だったな」
「あ、そうそう。その時も爆弾二つ不発に終わったから、それのリベンジだったんだよな。んで陣平ちゃんが返り討ちにしてやるっつって転属までして」
「マンションの事件の時、何か変わったことはなかったか?」

聞かれて「変わったことねぇ」と考え込む萩原だったが、彼より先に松田が口を開いた。

「犯人言ってたじゃねーか、爆弾のタイマーを再始動させたはずが爆発しなかったって」
「あー、言ってたなぁ、んなこと。でもその供述ホントかねー?」
「他には?」
「他に?……あ、そういえば」

思い当たることがあったのか、萩原が続ける。

「俺、警察学校時代から名前さんにしつこく言われてて、それもあってちゃんと毎回防護服着てたんだけど…なんかその時だけ通信指令室から念押しされたんだよな」
「防護服ちゃんと着ろって?」
「そうそう。後から聞いたけど、警察庁の外事課ってとこの警視から言われたんだと」
「外事ィ?なんでまたそんなとこが」

公安と聞いて刑事部の伊達が嫌そうな声を上げる。しばらく顎に手をやって考え込んでいた零だったが、不意に「なるほど」と呟いた。

「そういうことか」
「ゼロ?」
「繋がった。…彼女は松田だけじゃない。萩原のことも助けたんだ」

え、俺?と自分を指差す萩原を横目で見ながら、零は話し始めた。

「彼女は今の部署に異動する前、外事課の人間だった」
「!」
「当時は警部だったはずだから、指令室に連絡したのは彼女の先輩か上司だろう」

当時の階級を聞き、年齢と照らし合わせた萩原が「えっ名前さんキャリアなの」と呟く。零はそれを無視して続けた。

「国際犯罪やテロ対策に特化した外事ならジャマーくらい容易く調達できる。マンションの爆弾が遠隔操作されないよう、通信電波を遮断したのかもしれない」
「……陣平ちゃん」
「ああ。あの時、突然電話が切れたよな」

それは零の推理が正しいことを裏付ける情報でもあった。

「それに彼女の特技は変装だ。この家にも衣装部屋があるが、そこには機動隊の装備もある」
「え」
「それって、現場に名前さんがいたかもしれないってことか?」

諸伏の問いかけに、零は「かもしれないな」と答えた。

「ジャマーの有効範囲はせいぜい数十メートルだし、その場にいたと考えるのが自然だろう」
「マジかよ…俺全然気づかなかったわ」

萩原は呆然とした様子で呟いている。

「そうやって爆発を阻止された犯人がまた仕掛けてくる可能性を考えて、独自に捜査していたんだろう。それがその後の米花中央病院と杯戸ショッピングモールの爆破未遂事件に繋がる」

その穴のない推理に、反論する者はいなかった。


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