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名前はここへ来る前から、彼らに名乗るための偽名を考えてあった。
ゼロがかつてチヨダやサクラと呼ばれていたことから、そのまま千代田や佐倉と名乗るつもりでいたのだ。
なんとなく、未来でゼロであった自分をなかったことにしたくないという思いがあった。
なのに。
「苗字さん、注文決まりました?」
(うーわーバカすぎる!マジで!バカすぎて言い訳もできない!)
若かりし降谷零との邂逅に、動揺しすぎて本名を名乗ってしまうとは。未来では赤井秀一に「人間らしさを隠すのが上手すぎる」とまで言わしめた鋼の精神力が、この時代に来てから機能不全に陥っている。
名前は今すぐにでも頭を抱えたかった。
「苗字さん?」
「あ、ごめん。オムライスにする」
「オレはドリンクバーとポテトで」
「了解」
ピンポーン
店員を呼ぶチャイムが軽快な音を響かせる。
今三人がいるのは警察学校近くのファミレスだ。名前にお礼がしたいという諸伏の申し出もあり、夕食をご馳走してもらうことになったのだ。ちなみに彼らはすでに済ませて来ているらしい。
「にしてもスリとはな」
「もうバックポケットに財布は入れません」
「そうしてくれ」
目の前のやりとりを、名前はどこか遠くの出来事のように眺めていた。
(零くんが、零くんの大切な人と笑い合ってる…)
未来では叶うはずもない光景があまりにも尊くて、平静を装いながらも目が離せない。こんなのを見てしまったら、もう守らないわけにはいかないじゃないか。
「苗字さんすごかったんだよ。オレが振り向いたらもう犯人の腕が捻り上げられててさ」
「へえ。何か格闘技でも?」
「あー、ていうか」
思いがけず目的通りの接触が果たせていることに、名前は満足げに微笑んだ。
「一応、君たちの先輩なの」
「えー!それであの手際のよさか、納得」
「所属はどちらなんですか?」
「ふふ、内緒。二人の配属先によってはまた会うかもね」
えぇーっと不満げな声を上げる諸伏に対し、零は顎に手をやって何か考えている様子だ。所属を言わないイコール公安とかいきなり直結させないでほしいが。
「二人は卒配の希望はあるの?」
「んー」
二人は少し悩んだ後、「どこに配属されても全力を尽くす」という優等生な回答をした。零はゼロにストレート配属、諸伏は確か警視庁公安部で風見の下につくんだったか。
「降谷くんも諸伏くんも、優秀そうだもんね」
「特にゼロはすごいんですよ!全科目オールAで入校したんで」
「へえ、すごいね」
褒められているのに、零はどこ吹く風でコーヒーを飲んでいる。自信家なところはこの時から変わっていないらしい。
「警察学校はどう?充実してる?」
「昨日は警備実施訓練だったんで腕が筋肉痛です」
「わかる。きついよね、あれ」
重装備に加えて旧式のジュラルミン製の盾を持って走るそれは、救急車搬送が頻発する鬼訓練だ。近隣住民からも「今日はあの訓練か」と気づかれるほどで、もはや警察学校の風物詩と化している。
「ゼロはゴリラなんで涼しい顔してましたけど」
「ゴリラいうな」
「ゴリラ……ふふ」
本当に、このベビーフェイスであの怪力とタフネスは反則だろう。降谷零ゴリラ説はこの頃からあったらしい。ゴリラ呼びしているのが自分だけじゃないと知り名前は素で笑った。
***
「今日はご馳走様」
「オレも、今日はありがとうございました」
「ヒロがお世話になりました」
ファミレスを出て、このまま警察学校に戻るという彼らを見送ることにする。
「あ、そうだ。連絡先交換しない?何か困ったことがあったらなんでも言って」
「いいんですか?やった」
嬉しそうにしてくれた諸伏と連絡先を交換する。それから名前は、その様子を見ていた零に向き直った。
「…よかったら、降谷くんも」
柄にもなく、少し緊張する。
「じゃあ、せっかくなので」
薄く微笑み、零も携帯を取り出した。無事に連絡先を交換できて安心する。ゼロ時代、基本的に連絡先は登録せずに使っていたので、連絡帳に追加された「降谷零」の文字に少し感動した名前だった。
「そういえば、同期の子とどこかに飲みに行ったりはするの?」
どこの警察学校かにもよるが、飲酒する場合は基本的に申告が必要だ。外部の人と飲むとなると厳しいが、同期との飲みであれば比較的寛容なところも多い。
「うーん、たまには」
「飲みたがりなヤツもいるので」
じゃあ、と名前は一枚の名刺を差し出す。
「ここね、警察関係者も多いし、雰囲気もいいからおすすめ」
取り出したのは警察関係者にはお馴染みのプールバー「ブルーパロット」の名刺だ。今後も彼らとの接触を続けたいが、基本的に公安捜査官の外食はハードルが高い。なるべく自分のテリトリーに誘い込んでおきたかった。
「おっ、ありがとうございます」
「ビリヤード台もあるから、お酒なしでも結構楽しいよ」
「へえ」
彼らは興味深げな表情で名刺を受け取ってくれた。よし。
(第一段階クリアかな)
後は残りの三人とも接触せねば。時間を見つけてブルーパロットに通うようにしよう。
(……プロポーズの場所でもあるから複雑だけどね)
精神衛生上、そのことは考えないようにした方がよさそうだ。名前は未だ鮮やかなままの記憶にそっと蓋をした。
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