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ブルーパロットで残りのメンバーとも接触したいと目論んでいた名前だが、なんだかんだ仕事が忙しく、それからしばらく夜間に出歩くことすらできなかった。

そこで今日こそは早く帰ろうと気合いで仕事を終えて時計を見れば、なんとまだ18時だ。気合いってすごい。
これはチャンスだと軽い足取りで本庁を出た名前は、バイクに乗る直前にスマホの震えに気が付いた。

見ると諸伏からのメールだった。ちょうど今同期たちとブルーパロットにいるらしい。店を褒めつつ、都合がよければ一緒に飲まないかと書かれている。

(ナイスタイミング)

このチャンスを無駄にしてはならない。
バイクで一度帰宅した名前は、スーツ姿のまま拾ったタクシーに乗り込んだ。




***




店内に入ると、やたら顔面偏差値の高いテーブル席を発見する。目が合った零が小さく会釈してくれたので、名前もカウンターで酒と軽いフードを頼んでからそこへ向かった。

「こんばんは」
「あ、苗字さん!」
「お誘いありがとう」

諸伏が隣を指してくれたので、そこに座る。

「噂の苗字さん?綺麗なお姉さんじゃーん」

俺、萩原研二ね。軽薄そうなノリの男が率先して名乗ってくれる。
それに続くように松田や伊達も自己紹介してくれたので、名前も名乗り返した。

「いいお店でしょ?刑事だらけだけど」
「バーテンダーは美女だし酒も旨いし最高!」
「ビリヤード台があるってのがポイントたけーな。後でやろーぜ」

萩原と松田が口々に店を褒める。どうやら彼らは名前に敬語を使うつもりはないらしい。彼女も特に気にならない。

「伊達くんが班長なんだって?」
「そうです。コイツらこんなんなので、毎日大変ですよ」
「ふふ、お察しします」

快活に笑う伊達は、なるほど頼りになる兄貴分といった感じだ。

女性バーテンダーが酒とフードを運んで来たので、改めて乾杯する。

「苗字さん、名前さんって呼んでいい?」
「いいよ、研二くん」
「おっ、やったね」

萩原の軽めのノリが嫌いではない名前は、早速下の名前で呼んで返す。人当たりのいい彼は、彼女が早く場に馴染めるよう気を回してくれているようだ。

「あんたホントに一個上か?もっと上な気がするな」
「おい、松田」

失礼な物言いを零が制してくれるが、中身三十路越えの名前は特に気にしていない。

「ん?老けてるって?」
「ちげーよ」
「カドの立たない言い方教えてあげようか?」
「あ?」

名前と松田のやりとりに、萩原がプッと噴き出す。

「タジタジじゃん、陣平ちゃん」
「うるせー」

面白い人達だね、と隣の諸伏に話しかけると、彼は嬉しそうに「でしょ」と笑った。




***




酒とビリヤードをひとしきり楽しんだ一行は、門限の21時に間に合うよう余裕を持って店を出る。

流れで萩原や松田、伊達とも連絡先を交換し、名前が「じゃあ私はそろそろ」と切り出したところで、零が何かに気付いた。

「あそこにいるの、子供じゃないか?」
「ん?ああ、本当だ」

零と諸伏の視線の先には、路上の自動販売機の明かりに照らされた子供の姿があった。

「君、こんな時間にどうしたんだ」

膝を折った零が問い掛けるが、顔を上げた子供はひどく怯えた様子だ。それに、暗めの金髪を携えたその少年は明らかに日本人ではなかった。

『英語ならわかるか?』

零が英語に変えても少年の反応はない。

「英語圏の子じゃないのかな」
「迷子でパニックになってるだけかもしんねーぞ」

言葉が通じない長身の男たちに囲まれている、というのもまた怖いだろう。見かねた名前が「ちょっと代わって」と申し出た。

少年は光彦や元太と同じくらいの年頃に見える。名前は少年と目線が合うようしゃがみ込んで話しかけた。

「Che cosa succede?」「Qu'est-ce qui se passe?」「Was ist denn los?」

順にイタリア語、フランス語、ドイツ語で「どうしたの?何かあったの?」という意味の言葉だ。
少年は大きな目をぱちくりと瞬かせた後、おずおずと迷子の理由を話し始めた。フランス語だ。

話せて偉いね、と頭を撫でてから男たちを振り返る。

「ホテルのフロントで両親が揉めてて、その間に出てきちゃったみたい。連絡手段もないみたいだからホテルまで送ってくるね」

しゃがんだまま見上げた男たちは、なぜか揃いも揃って呆気に取られたような顔をしていた。

「?どうかした?」
「す、すごい苗字さん」
「今の何語だ?」

ああ、と彼女は納得したように頷き、「フランス人だったみたい」と答えた。

「あ、そーなの?ってそうじゃなくて」
「苗字さんがすごい!って話ですよ」

感嘆した声を上げた諸伏に、名前は「ありがとう」と微笑む。

「一応、得意分野だから」

少年に向き直るとまた不安そうな顔をしていたので、『大丈夫。ちゃんとママとパパのところまで連れていくよ』と頭を撫でて手を繋いだ。

「じゃ、私は行くね」

立ち上がりながら言うと、どこかぽかんとした様子の零が視界に入る。

「あれ?ゼロどうした?」

萩原も気付いたようで問い掛けるが、零は「い、いや」と歯切れが悪い。

「あーわかった!初恋の女医さん思い出したんだろ!」
「違っ」
「初恋?」

首を傾げた名前に萩原が説明してくれる。なるほど、小さな子供に対応する姿がその女医さんと自分に重なったのだろう。

寄ってたかって零をからかい始める一行に、名前は再び声をかけて少年とその場を後にした。もう門限ギリギリだし、彼らもこのまま帰るだろう。

(…初恋かぁ。知らなかった)

未来で結婚はしたものの、きっとお互いに知らないことはたくさんあった。二人とも相手が話すまで詮索しないタイプだし、それでいいと思っていたから。

それでもこうして過去に来たことで、知らなかった彼が見られるというのも悪くないかもしれない。

そんなことを考えながら、名前は傍らの少年に笑いかけた。


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