ヒーローの世界-02


登校初日。零と別れてA組に足を踏み入れた結を待っていたのは、入学式でもガイダンスでもなく「個性把握テスト」だった。簡単に言えば、個性使い放題の体力テストだ。
目立つつもりはない結だったが、担任の「除籍」という言葉にとりあえずのやる気は見せることにした。
結果、彼女の順位はクラス三位。狙い通り、 まずまずの結果だ。

(にしても、抹消ヒーローとは…)

担任の相澤消太はアングラ系のプロヒーローで、目で見ただけで他人の個性を抹消できるらしい。

(これは、個性じゃないってバレるのも時間の問題かな)

さすがに毎日会う担任を騙し続けるのも骨が折れる。しかも結はまだ、個性の存在を知って一年にも満たないペーペーだ。
バレるのは零にも疑いが向くため避けたいところだが、まあ最悪除籍にさえならなければいいか、と楽観的な結だった。




***




その日のヒーロー基礎学は少し離れた訓練場で行う人命救助訓練だった。
結もコスチュームを身に纏い、バスに向かう。すると隣を歩く芦戸が話しかけてきた。

「長月さんのコスチュームってドシンプルだよねー」
「うん、必要があれば変身するしね」

結のヒーローコスチュームはノースリーブの白シャツに黒いパンツを合わせただけのシンプルなものだ。腰には小ぶりなウエストポーチを提げており、簡単な医療キットが入っている―――ということにしている。もちろんそこには念がかかっていて、中身は色々だ。魔法の杖もある。

「いや、シンプルなのが逆にいい…」

足元で呟いているのは峰田だ。

「休日のOLっぽいっつーか、普段着っぽいのがまた妄想をかきたてますなぁ…!?そこに透けてる黒いのはブラか!?なぁ!」

なんかすごい顔になっている彼を、結は「ブラトップだよ」と笑顔で受け流す。それを見た芦戸が「長月さんって強いよね、心が」と感心したように頷いた。



バスに乗り込んで向かったのは、「ウソの災害や事故ルーム(USJ)」だ。水難ゾーンや火災ゾーン、倒壊ゾーンなど、ありとあらゆる災害や事故が想定された演習場となっている。
来るはずのオールマイトが遅れている中、一同はスペースヒーロー「13号」による事前講習を受ける。そしてそれが終わると同時に、結は突如現れた多数の気配を察知した。
一瞬遅れて同じく気付いたらしい相澤が声を上げる。

「一かたまりになって動くな!」

階段を下りた先、セントラル広場に現れた黒い靄から出てきたのは、多数のヴィランだ。

(…さて、どう動こうか)

目立つつもりはないが、かと言って少年少女を見殺しにするわけにもいかないだろう。
相澤がセントラル広場のヴィランと肉弾戦を繰り広げる中、生徒たちを覆うようにして黒い靄が広がる。結は避けられるそれをあえて避けず、クラスメイトたちと運命を共にすることにした。




***




「あっつ…!」

結が飛ばされたのは火災ゾーンだ。人工的な炎が辺りを覆い尽くしている。

「長月さん!」
「あ、尾白くん」

どうやらここに飛ばされたのは二人だけのようだ。

「よォーし、来た来た…。二人だけか?つまんねーな」
「!」
「ぎゃははっ、ビビってんの?」
「大丈夫大丈夫、すぐ終わるからァ」

二人を取り囲むようにして現れたヴィランたちに尾白が身構える。有象無象とはいえ各エリアごとに人選されてはいるようで、火災の影響を受けにくい炎系や硬化系のヴィランが目立つ。

「さーて、やっちまうぜー!」
「尾白くん」
「え?」
「この程度なら君の敵じゃないよ。もっと肩の力抜いて」

周囲に聞こえない程度の声で言い、ニコリと笑いかける。尾白が目を丸くしたのを見届けて、結は地面を蹴った。
一方の尾白も、それを見て背後のヴィランたちに向き直る。
確かにヴィランたちは寄せ集めのチンピラといった感じで、落ち着いて対処すれば問題なく捌けた。三人目を昏倒させたところで、次のヴィランはどこだと尾白が振り向く。

「……って、終わってるし!」

残るヴィランが全て地に伏しているのを見て思わずツッコむ。えっ長月さんってこんなに強かったっけ。

「じゃあ私、他のエリア見てくるから」
「え?」
「ほら、身体能力変化させれば機動力もアップするし」

なるほど、と尾白は納得する。確かに個性把握テストで、跳躍力を変化させたらしい彼女は見事な走り幅跳びを見せた。

「わかった、俺も早々にここから脱出するよ」
「うん、気をつけてね」
「長月さんも」

笑顔で頷いて、彼女が跳躍する。それはテストで見せたのよりはるかに長い距離を跳ぶ大ジャンプに見えて、尾白は再び瞠目した。




***




数回の跳躍を繰り返して山岳ゾーンに近づくと、辺り一帯を覆うほどの激しい放電が起こる。

(上鳴くんか)

光が収まったところで着地すると、絶縁体シートらしきものから抜け出す八百万と耳郎、そしてキャパオーバーでウェイ状態になっている上鳴が見えた。
そしてその背後の地面からヴィランが現れるのが見え、結はそれが上半身を地上に出したところで顎先を蹴り上げた。

「えっ」
「うわっ、ビックリした」

振り返った八百万と耳郎が驚きの声を上げる。

「ビックリさせてごめんね。伏兵が出てくるのが見えたから」

そう苦笑する結の足元では、急所を蹴られて脳を揺らしたヴィランがぐったりと地に伏している。その下半身は未だ地中に埋まったままだ。

「マジか…!助かったよ、長月」
「ありがとうございます!長月さん」
「ウェーイ……」

結はウエストポーチから取り出した結束バンドでヴィランの両手を後ろ手に拘束し、三人に手を振ってその場を離れる。

その隣の土砂ゾーンは一面が凍り付いていたのでスルー、そのさらに隣の倒壊ゾーンでは爆発音が鳴り響いていたのでそれもスルーして体の向きを変え、結はセントラル広場へと向かった。

「!」

そこでは脳味噌を剥き出しにしたような不気味な風体のヴィランに向かって、緑谷が渾身のパンチを叩き込んでいた。
そして全く効いた様子のないヴィランが彼の右腕を掴もうとしているのを見て、結は咄嗟にそこに飛び込む。
緑谷を抱えてその場を離れたところで、ドアを破壊して登場したのはオールマイトだ。

「…もう大丈夫、私が来た!!」


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