ヒーローの世界-04


「作戦は?」
「んー。MPつかうな、かな」

結と零の視線の先にあるのは、体育祭第一種目である障害物競走のスタートゲートだ。

体育祭は予想通り、警備を例年の五倍に強化して開催されることになった。
こっそりかけた呪文のおかげか右腕の骨折が残る程度で済んだ相澤は、プレゼント・マイクとともに実況席で生徒を見守っている。

「体力温存か」
「ミッドナイト先生、予選って言ってたし」
「なるほど」

こんな会話、他の生徒に聞かれたらナメてるのかと怒られるところだ。

「私、この体育祭の最終目的は打倒零くんだから。よろしくね」

スカウトにも順位にも興味はない。なら、隣にいる男を負かすことに全力を注ぎたい。
目立たずにそれを達成するのは難しいだろうが、だからこそ腕が鳴るというものだ。

「それは僕も負けてられないな」

不敵に笑う零は今日も男前だ。その笑顔を目に焼き付けて、結は気力を充電した。

位置につくよう指示するミッドナイトの声を聞きながら、結と零は後方に陣取ったままスタートのコールを待つ。

『スターーート!!』

コールが聞こえるや否や、狭いゲートに生徒が殺到する。
結と零もその流れに逆らわず進みながら、迸った冷気に一度高く跳躍した。轟が後方を一気に凍らせたらしい。

「さ、そろそろ行こうかな」
「ああ、そうしよう」

もたつく生徒たちの頭上を飛び越え、ゲートの壁を足場にしながら前方へと一気に飛び出す。
少し走ると、入試で見た0ポイントヴィランが立ちはだかるようにして現れた。

「じゃあ、またゴールで」

そう言って足に力を込めた零を見て、結もまた姿勢を低くする。

「うん、また後でね」

言い終わると同時に、二人揃って跳躍した。狙うは脆い関節部分だ。
瞬時に両膝を蹴り壊された二体の巨大ロボが、同時に後方へと倒れ込む。妨害に遭った生徒たちの悲鳴を聞きながら、二人は別々に走り出した。

巨大ロボの群れを抜けると、今度は第二関門「ザ・フォール」だ。
間隔を空けて配置された足場は綱で繋がれ、その下は底の見えない暗闇が広がっている。

(このくらいなら届くな)

結は間隔が狭い足場を選びながら跳躍し、先へと進む。間隔が広い場合は綱に一度着地し、また跳んだ。
ハンター試験で飛び下りたマフタツ山の方が高度もあったし、足場と同じ高さに綱があるなんてむしろ親切にすら思える。

『A組長月すげー跳躍力だな!ピョンピョン進むぜ!』
『跳躍力を"変化"させてるな』

実況を聞きながら、個性じゃなくてごめんなさいと心の中で謝る。

『おっとこっちもすげーぞ、B組降谷!さすがパワー増強系、一回一回のジャンプが迫力あるぜー!』

その声にちらっと様子を窺うと、足にオーラを溜めながら爆発的なジャンプを繰り返す零が見えた。
進み具合は同程度か。負けてられないな、と結もまた足に力を込めた。

綱渡りエリアの先は早くも最終関門だ。
一面に地雷が埋め込まれたエリアは、その名も「怒りのアフガン」。地雷の位置はよく見ればわかるようになっているらしい。

(確かにわかる)

円でもすれば手っ取り早いのだろうが、走りながらでも見分けはついた。前方の足の引っ張り合いを避けながら進めば、難なくゴールへと到着する。

結果、結は9位、零は8位だった。

「うあ、負けたか」
「まだ予選だろ」

そう言って笑い合う二人は息一つ乱していない。

続く第二種目は騎馬戦だ。
結はなぜか爆豪に「おい組めや変身女」と凄まれて組むことになり、零は紫髪のクラスメートと組むようで何やら話し合っていた。
切島・瀬呂・結の三人で騎馬を組み、その上に騎手の爆豪が乗る。

『いくぜ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!』

後方の騎馬として参加した結に求められているのは機動力だ。自由に動き回るだろう爆豪についていかなくては。

『3、2、1……スタート!』

案の定、爆豪が狙うのは緑谷だ。緑谷を狙って勝手に飛び出す爆豪を瀬呂が回収し、そしてまた飛び出す。
その単調な動きがB組の物間に狙われ、鉢巻きを奪われただけでなくわかりやすい挑発まで食らってしまった。

その後爆豪や切島の個性をコピーした物間が結の個性はコピーできなかったり、凡戸とかいう生徒に切島の足元が固められたりとトラブルが続くが、ブチ切れ気味の爆豪が騎馬を上手く利用して物間の鉢巻きを全て奪う。
そしてそのままタイムアップを迎え、結の最終種目進出が決まった。

(いや、めちゃくちゃ疲れたな?これ……)

振り回されて追いかけるだけの騎馬は、自力で走り回るより数倍疲れる。結は疲れの滲んだ顔で零を捕まえ、昼休憩へと向かった。




***




「え、相澤先生が?」

昼食を食べ終わった結と零のもとにやってきたのは、峰田と上鳴だ。

「そーそー、そう言ってたぜー」
「衣装はもう八百万が用意してくれてるからさ」
「へー」

どうやら午後は女子全員でチアの衣装を着て、応援合戦をしなくてはならないらしい。

「そうなんだ、教えてくれてありがとう」
「いやいや、いいってことよ!」
「じゃ、伝えたからな!」

笑顔で立ち去る二人だったが、最後にふと振り返った峰田が“お前も見たいだろ…?”と書いた顔で零にアイコンタクトをするのを結は見逃さなかった。零は能面のような顔をしていた。

「じゃ、行ってこようかな」
「今の話、本気にしてるのか?」

嘘だろ、という表情でこちらを見る零に、結は「ううん」とニッコリ笑う。

「今まで色々着てきたけど、チアリーダーは経験してないからね。十代の今しか着られないと思わない?」
「………あ、そう」

なんだか色々な言葉を飲み込んだらしい零だったが、最後には半笑いで送り出してくれたのだった。




***




最終種目前のレクリエーションタイム。
結はヘソ出しのチア衣装を意気揚々と着込んで、全力で応援合戦に臨んだ。借り物競争にもそのまま参加し、「一番強いと思う人」というお題に少し悩んで爆豪を連れて行った。零は目立ちたがらないだろうと思ってのことだったが、爆豪には「キビキビ走れコラァ」と凄まれ、零には「なぜ僕を選ばなかったのか」と怒られ、二段構えで疲れた結だった。解せぬ。

そして最終種目。
トーナメント形式のガチンコ勝負で、対戦相手として結の目の前にいるのは―――零だ。

『さーて二回戦!ブチ当たるのはなんと幼馴染同士!変身できる個性でここまで変身なし!それってもはやただの増強系では!?ヒーロー科、長月結!』

「おっと耳が痛い」
「はは」

『対するは、これぞ純粋なパワー増強系!キレイなゴリラってお前のことだろ!?同じくヒーロー科、降谷零!』

「ぶっ」
「……」
「ふふ、ハンター試験を思い出すね、これ」
「今回はまいったとは言わないからな」

プレゼント・マイクの紹介を聞きながら、ハンター試験で開始早々まいったと言った零の姿を思い出す。
あれは負け上がりだったからこそ起こったことで、今回は確かに期待できないだろう。

『スタート!』

コールとともに、零が真っすぐ飛び込んでくる。それを横っ飛びで避けるが、予測していた零も即座に床を蹴って追ってきた。
顎を掬い上げるように狙ってくる左のアッパーに、上体を逸らした結がバク転の要領でそれを避ける。
離れた距離を一歩で詰めた零の右拳を避けながら、その上腕を掴んで投げ飛ばした。
投げられた零が難なく着地するのを見ながら、結は"硬"をした拳で地面を割り砕く。そのまま上に向かって手のひらを振り上げれば、コンクリの弾丸が零に向かって無数に飛んだ。

「くっ……」

零は両腕をクロスさせながら後方に跳び、それをやり過ごす。

『息もつかせぬ攻防ー!実況挟む隙もねーな!……って、おお!コレは…!?』

砂煙が舞う中、実況のマイクが驚きの声を上げる。その声にクロスさせた両腕の隙間から様子を窺った零は、目を見開いて言葉を失った。

(……え?)

砂煙の向こう。そこに揺れるのは、見慣れた雄英ジャージではない。
ふんわりとした白い布と、それを纏う人の姿が少しずつ鮮明に見えてくる。

「結、さん?」

思わず戻ってしまった敬称を気にも留めず、零は呆然とした様子で前方を見つめていた。

繊細なレースを重ねたオフショルダーが彼女の綺麗なデコルテを引き立て、たっぷりとしたドレープが作るAラインと長いトレーンが存在感を強調する。

教会でお互いの幸せを誓い合ったあの日の姿のまま、彼女はそこに立っていた。

「―――零くん!」

弾けるような笑顔で零を呼ぶ結の姿に、彼は言葉もなく固まった。

と、瞬時に背後に回り込んだ結がガッシリと零のウエストを掴み、体の捻りを加えながらその体を後方に放り投げる。
ハッとした零が空中で体勢を立て直すが、そこはもう場外だ。
彼が地面に足をつくと同時にミッドナイトが場外のコールをし、結の勝利が決まった。

『……こっ…これはァー!?花嫁姿に変身した長月が、動揺する降谷を場外へー!!男のロマンを弄ぶ、まさに悪魔の所業だァ!!…くっ、大人姿は反則だろオイ』
『お前が弄ばれてどうする』

盛り上がる実況と歓声を聞きながら、結は変身を解く。
そして固まったままの零に苦笑を向けて、ゲートを出た。

(よし、勝った!いやーこれは帰ってから怒られるやつだな)

結局、結構目立ってしまった気もする。それでも零を負かしたいという当初の目的は達成できた。
鼻歌混じりで上機嫌に通路を進んでいた結は、凄まじい轟音を立てて目の前に突き立てられた腕に「ひぇっ」と声を漏らした。

油の切れた機械のようなぎこちない動きで腕の主を確認して、「零くん」とその名前を呼ぶ。いや、反対側のゲートから出たはずでは?早くない?

「……結さん」
「は、はい」

目の前にいるのは零のはずなのに、安室かバーボンがニッコリと笑いかけているような錯覚を覚える。

「色々と言いたいことはありますが、まあいいでしょう」

敬語と敬称で減点、なんてふざけたことが言える雰囲気ではなかった。

「さっきの、家でもう一回やってください」
「………え?」

今なんて。

「さっきの、家でもう一回やってください」

二回言われた。

「な、なんで?」
「一瞬見せておしまいなんて、そんな意地悪なこと言わないでくださいね」
「へ?」
「もう一度、じっくり見せてもらわないと」

壁を砕く勢いで手をついていた零が、もう一方の手で結の顎を掬い上げる。


「…火をつけたのは、あなたなんですから」


次の対戦で常闇に負け、結の体育祭は終わった。


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