ハンターの世界-02


翌日、二人は結のいう学者のもとを訪れていた。信用を得るため結は素顔だ。

「そ、それって本当なのかい?」
「ええ、朝起きたら窓の外が別の世界だったんです」
「文字も通貨も違いますし…これって先生の言う時空間転移なのかなって思いまして」

目の前のヒョロヒョロとした男は、落ちくぼんだ目をギラギラと輝かせた。

「い、色々聞いてもいいかい?」
「もちろんです」

零は今安室なのかバーボンなのか、にこやかに学者の質問に答えていく。

「ニ、ニホンか…。こちらのジャポンに近い気がするけど、科学技術がずいぶん進んでいるようだし別物だね。君たちの持ってきたお金も見たことがないし、かといって誰も知らないような辺境の地から来たとは思えないほど、二人とも理知的で都会的だ」
「信じていただけましたか」
「携帯もこちらのものよりかなり薄型だし…ハンター語以外にそんなにたくさんの言語があるなんて信じられない」
「先生?」
「あ、ああ、うん。信じるよ。信じたい。僕の研究にぜひ生かしたいよ」

ありがとうございます、とニッコリ笑った零が言う。
男は時空間転移の研究を進めるにあたって念能力にも手を出し、王道のじっくり目覚めさせる方法で5年かけて習得したのだと言った。特に戦闘に使ったことはないらしい。

「ではこれから先生に僕たちの情報を提供する見返りとして、念能力の基礎を教えていただけませんか」
「い、いいよ、もちろん」

それから男に習ったのは、四大行という念の基礎のうち、「纏」と呼ばれる技術だった。男は学者だけあってその説明は理路整然としていてわかりやすい。

「なるほど、まずは精孔を開くところからか…」
「そしてそれを纏で留められるようになって、ようやくスタートラインってところかな」
「そのようですね」

ひとまずは座禅や瞑想によって全身のエネルギーの出口である精孔を開き、それを纏によって体の周りに留められるようにならなければならない。
ちなみに念に用いる生命エネルギーをオーラというらしい。枯渇すると死ぬらしいから注意が必要だ。

「う、うん。まずは今教えた方法で毎日座禅と瞑想を続けてみなよ。変化があったらまた教えて」

学者をひとまず便宜上先生と呼ぶことにした二人は、その連絡先をスマートフォンに登録した。どうやら新たに登録した連絡先には問題なく繋がるらしい。本当に、支払いはどうなっているんだろう。




***




結論から言うと、結の精孔は一週間で開いた。零に至っては三日で開いた。驚異的な早さだった。
そこからすぐに纏で纏うことができたので、学者に報告することにした。

前回からちょうど一週間で「開きましたー」と先生のもとに向かうと、彼は顎が外れるほど驚いた。

「えっ、えぇっ、えええ!?ちょ、ど、どういうこと?本当に?は、早くても絶対に一ヶ月はかかると思ったのに」
「集中力には自信があって」
「僕も、要領はわりといい方でして」

照れくさそうに頭を掻く二人に、「そういう問題じゃ…!」と先生は愕然としている。ゼロ夫婦を侮ってはいけない。

それから二人は先生に情報を提供しつつ、数日かけて纏以外の「絶」と「錬」を順に学び、続いて「発」に至るために念の系統を調べることになった。

「いよいよ来たね、必殺技」
「長かったですね」

全然長くないよ!と背後では先生が叫んでいる。

この頃にはすっかりこちらでの生活に馴染んだ二人は、手持ちの家具や衣装を少し売ってジェニーに変えつつ、日常と修行を両立させていた。
そして念能力を生きるための自己防衛術としか捉えていなかった結だが、「必殺技」という響きに零がちょっとソワソワしていたのは知っているのだ。かわいい。

水見式のために用意したグラスに水と葉っぱを入れ、まずは結が錬でオーラを籠める。

「わっ」

途端にグラスの水が真っ黒に染まった。おそるおそる舐めてみると、おそろしく馴染みのある味がした。

「コーヒーだ」
「マジですか」
「普通に美味しい」

ということは結は変化系だ。とある自称奇術師のオーラ別性格診断では「気まぐれでウソつき」と診断される変化系だが、もちろん二人は知る由もない。

「じゃあ、次は僕が」

コーヒーを捨てて新しく水を入れ、零が錬をする。
すると水が渦を巻いたかと思えばグラスの底からRX-7のミニカーが現れ、最後に水が勢いよく溢れ出した。

「……」
「……」
「これは特質系かな」
「ですね。しかも強化系・操作系・具現化系あたりに素養がありそうです」

冷静に分析する二人に、背後の先生が「もう僕いらないね?」と小さく呟いた。




***




それから二人は先生のアドバイスを受け、天空闘技場へ向かった。
そこのファイトマネーでジェニーを稼ぎつつ、念の修行と「発」の開発をするためだ。

受付で本名を書いた二人は、早速一回目の戦闘に臨むことになった。

戦闘の結果、纏不使用の右ストレートで相手を一発KOした零と、キュラソー仕込みの体術で危なげなくKOした結。二人とも無事50階に進むことができた。

「ファイトマネー152ジェニーか」
「缶ジュースは買えますね」
「だね。ふふ」

次勝てば5万、100階なら約100万、150階クラスなら1,000万オーバーだ。100階クリアで個室がもらえるので、早々に上っていきたいところだ。
結局初日は一戦のみで次戦は翌日に持ち越しとなり、二人は与えられた宿舎で一夜を明かした。



「おはよう」
「おはようございます」

翌日、二人は合流すると早速一回ずつ戦闘に臨んだ。
零は相変わらずのボクシングスタイルだし、結も相手を翻弄するスタイルの体術だ。50階でも二人は早々に勝利し、そのまま100階へと案内された。

「やった、個室」
「今のところ順調ですね」
「うん。この辺りでお金稼ぎつつ念の修行しよう」
「賛成です」

二人は期限ギリギリの日程で次の戦闘を申し込み、その間は念の修行に集中することにした。
零の個室に二人で集まり、錬でオーラを大量に練り上げながら会話する。

「零くんはどんな必殺技にしたいの?」
「うーん、色々と憧れはありますが…。でも今のスタイルを変えたいわけではないので、結局身体強化に落ち着くでしょうね」
「なるほど。水見式でミニカーも出してたし、実車も具現化できそうだね」
「それは考えてました」

そう言う零は嬉しそうだ。それが可能となれば、どんな場所でも愛車の出し入れが自由自在にできる。

「結さんはどうするんですか?」
「私はやっぱり変化の術かな」
「忍術っぽい言い回しですね」
「ふふ、変装だと道具も衣装もいるけど、変化なら楽だし」
「衣装部屋がいらなくなりますね」
「全部ジェニーに変えようか」

そう言いながらも、やはり衣装選びやメイクは好きなので全部は捨てきれないだろう、と結は思った。コレクター気質があるので手放すのが寂しいというのもある。

「あとは…液体の性質変化ができたのを利用したいな」
「コーヒー以外で、ですか」
「そうそう。飲み物以外にも…例えば毒性を持たせたり」

そう言った結に、零が呆れたような視線を向ける。

「発想が物騒すぎませんか」
「零くんみたいに身一つで戦うタイプじゃないから、方法は色々持ってないとね」
「…なるほど」

ポンポンと会話を交わしながら、二人は錬を維持し続ける。相変わらず驚異的な集中力と体力だった。

結局二人は修行しつつのんびり200階まで上がり、念を使った戦闘を数回こなしたところで天空闘技場を後にした。


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