ハンターの世界-03


「あー、暑苦しい…」
「…まぁ、同感ですが」

二人がいるのは薄暗い地下道だ。
そこには100人前後の人間が寿司詰めになり、ピリピリとした雰囲気を漂わせてる。

「私たちの次に来たターバンの人、バーボンっていう名前だって」
「…楽しそうですね?結さん」
「だって試験なんて何年ぶりだろう。下手したら警察学校以来かも」

キャリアだったから昇任試験受けてないし、と結は笑う。

二人は今、ハンター試験の会場に来ていた。
受付で渡されたナンバープレートは結が101、零が102だ。

「あの頃の試験とは全然違うと思いますけど」
「気分の話だよ」

そこに、小太りの男が近付いてくる。

「お、新顔だね、お二人さん」

二人の視線がその男を捉える。

「オレはトンパ。ハンター試験はもうベテランだからよ、わからないことがあればなんでも聞いてくれ」

男はそう言って自分を指差しながら、人好きのする笑みを浮かべていた。

「結構だ。お構いなく」
「お気遣いありがとう、トンパさん」

二コリともせず切り捨てた零と、ニッコリ笑って受け流す結。
二人の反応に一瞬たじろいだトンパだったが、なんとか取り繕うと「お近づきの印」として缶ジュースを二人に渡し、その場を立ち去っていった。

今回試験に申し込むにあたって二人とも本名を使用しているので、零は人当たりのいい安室を演じるつもりはないらしい。

「はい、零くん。コーヒーにしといた」

渡された缶ジュースを念で無害なコーヒーに変えて、零に手渡す。

「ありがとうございます」
「中に何が入れられてたか、確認してからの方がよかったかな」
「こんなところで毒殺は目立ちすぎますし、入っていても下剤程度でしょう」
「なるほど」

コーヒーを飲みながら談笑していると、見る見るうちに人が増えてきた。
たまに揉め事のような叫び声やざわつきが聞こえるが、二人がそれを気にすることはない。

「暇だねー、本でも読む?」

結はショルダーバッグから買ったばかりの小説を取り出した。
バッグには容量拡大の念をかけてあり、旅行気分で大量の荷物が詰め込まれている。着替えもアメニティもバッチリだ。

「うーん、さすがにそんな気分には…」

零が苦笑したところで、ジリリリと耳障りなベルが鳴り響いた。

「これよりハンター試験を開始いたします」

スーツ姿のひょろりとした男が現れ、第一次試験が開始した。どうやらこの男について二次試験会場に向かうというのが一次試験の内容らしい。

「歩いてるだけなのに足速いね、あの人」
「なるべく前に行っておきますか」

二人は人の波を縫うようにして一番前に出た。

「しりとりする?」
「…勝負、つきますかね?」
「ただ走るだけなのもね。じゃあはい、“しりとり”」
「…“りんご”」

結局そこから6時間、二人のしりとりが途切れることはなかった。

「零くん、意地でも“ぎ”に持っていこうのするのやめてよ」
「結さんこそ“る”縛りやめてください」
「じゃあ…“擬似コールウェイティング”」
「“グーグルマップ”」
「“プッシュアップ”」
「“プリアンプ”」
「“プルトップ”」
「“ププ”」
「……“ぷ”攻めもやめて」
「結さんこそ」




***




80km以上走った後、試験官は先の見えない長い階段を上り始める。
零のような体力オバケはいいが、この辺りで結には少し疲れの色が見え始めていた。

「結さん、大丈夫ですか?」
「まだなんとか」

額には汗が滲み、呼吸も浅くなる。

そんな二人を追い越していったのは、10代前半と思しき少年二人だ。
自分の半分、下手したら三分の一程度の年齢の子供たちに追い抜かれ、結は内心かなりのショックを受けた。

着ていたトップスを脱ぎ、ショルダーバッグに仕舞い込む。
タンクトップ姿になった結を見て零がぎょっとした表情を浮かべた。

「あっつい」
「…文句は後で言います」
「遠慮しとく」

サマーニットにジャケットまで羽織っている零は涼しい顔をしている。

「零くんは暑くないの?」
「鍛え方が違うので」
「最近はトレーニング内容も同じだけど」
「じゃあそもそものスペックですかね」

この男、腹立つ。半目になった結を見て、零が可笑しそうに笑った。




***




階段を上り終わると、次は霧の立ち込める湿原を抜けるのだと告げられる。
そこは別名「詐欺師の塒」と呼ばれ、人を騙すことに長けた多種多様な生物が生息しているらしい。

「うわー、視界だけじゃなく足元も悪そう…」
「じゃあ、役割分担しますか」

零の提案に隣を見ると、彼は口元に笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「なるほど。でもいいの?疲れない?」
「半端な鍛え方はしていませんので」
「じゃあそうしよっか」

二人が話している間、周囲では試験官を騙る偽物と人面猿が現れたり、それらがピエロメイクの男に殺されたりと色々起こっていたが、二人は意に介さない。
周囲の状況は把握しながらも作戦会議に余念がなかった。

「それではまいりましょうか、二次試験会場へ」

そう告げた試験官が歩き出したところで、零は結をヒョイっと抱え上げる。

「えっ、またこれ?」

それは結婚前にも自宅でやられた記憶のあるファイヤーマンズキャリーだった。

「一番効率がいいので」
「確かに片手空くし楽だろうけど!」

見た目が!と抵抗するが彼の握力からは抜け出せない。
そのまま結を担いで駆け出した零を、周囲の受験者たちも目を丸くして見ていた。

「そのまま真っすぐ」
「了解です」

深い霧で試験官の姿はすぐに見失ったが、結が“円”を展開しているため位置は把握できている。
円や周など応用的な技術においては結の方がコントロールに長けており、円を広げられる範囲も広い。
そのためこの湿原では零が足を、結が目を担当することになった。

「その先、下に何かいる。跳んで!」
「はい」

零が足にオーラを溜めて跳躍したところで、地面に擬態していた巨大なカエルが大口を開けて受験者たちを飲み込んだ。

その先も不思議な動きをする蝶が飛んでくれば零に目を閉じさせ、間違った道を叫ぶカラスが現れればそれを訂正し、二人は立ち止まることなく二次試験会場に到着した。




***




二次試験は料理だった。
あ、これ受かったな、と結は思った。零がいれば大丈夫だろう。

試験は二段階。まずは大柄な男性試験官の課題をクリアし、それから女性試験官の出す課題に挑むのだという。

男性試験官の出した課題は「豚の丸焼き」。
森にはやたら大きく獰猛な豚しかいなかったが、「弱点は額でしょうね」と瞬時に推理した零のおかげであっという間に二頭分の丸焼きが出来上がった。

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!」

女性試験官の課題は寿司。それも握り寿司しか認めないということだった。
周囲は寿司に馴染みがないのか、一様に「スシ…?」と首を傾げている。

目の前の調理台には道具と調味料、炊いたご飯が用意されている。

「さっきの森、川しかなかったよね?」
「淡水魚でも、まぁ…やれないことはないでしょうけど」
「じゃあ、指示よろしくね」

結がニッコリ笑うと、零は呆れたように「はいはい」と返した。

「じゃあスタートよ!」

合図と同時にその場を離れる。他の受験者たちは道具や調味料を眺めながら思案しているようだった。

「うわ、思ったよりゲテモノばっかり」
「いくつか捕まえていきましょう」

川にいるのはとても食べられなさそうな不格好な魚ばかりだ。その中でもマシなものを何種類か見繕って確保する。
他の受験者たちに騒がれても嫌なので、気配を極力消して会場に戻った。

調理台で、零が手際よく魚を捌いていくのを見守る。

「臭みがあるので、塩で臭み取りをしてから酢でシメましょうか」
「時間かからない?」

試験官が満腹になった時点で試験は終了だ。

「周りの仕上がり具合を見ながら調整はしますよ」
「なるほど。じゃあ酢飯作るね」
「お願いします」

受験生たちがバタバタと外へ飛び出していくのを横目に、二人は順調に調理を進めた。


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