魔法の世界-01
無事ハンター試験に合格してプロハンターとなって数年。
零と結は美食ハンターとして珍しい食材や調理法を探求したり、たまにハンター協会の要請に応えたりしながら平和に暮らしていた。
そんなある日の早朝、いつかのようにどこか動揺した様子の零が結を起こしにきた。
「結さん、結さん」
「ん……」
結の意識が浮上すると同時に、違和感を覚える。
「おはよ…なんか零くん、声が変…」
言いながら傍らの彼を見上げて、結はハッと目を見開いた。
「なに!?かわいい!」
瞬時に体を起こした結に、零が半目になる。
「…それはどうも」
「えっ、可愛い…どうしよう!かわいい!」
起きて早々リアクションの大きい結だが、それもそのはず。零が10歳くらいの子供に縮んでいるのだ。服もしっかり小さい。
「残念ですが、結さんもですよ」
「えっ」
慌てて自分の体を見下ろすと、確かに小さい。小さくなった零に衝撃を受けすぎて気付かなかったが、声も高い。
「なんで…?」
「なんでも何も…とりあえず窓の外を見てもらえますか」
「え」
このやりとり、まさか。
「…えっ、ここ…ロンドン?」
ヨークシンシティにあったはずのマンションの窓からは、ロンドンを象徴するビッグベンが見えていた。
***
「ロンドンはロンドンでも、私たちが知っているロンドンではなさそうだね」
マンションに帰宅して、念で大人姿になっている結が言う。隣で靴を脱ぎながら、子供のままの零が「そうですね」と同意した。
とりあえずダイニングテーブルに向かい合って座り、二人で状況を整理することにした。
零は足が床に届いていない。かわいい。
「まず、1991年っていうのがね…」
「スマホもやっぱり繋がりませんね」
風見に電話をかけた零だったが、やはり番号が使われていないとアナウンスされてしまったらしい。
「それ以外は特に不審なところはなかったけど」
「ええ。手がかりはもう、あれくらいですね」
「これね」
結がテーブルに置いたのは二通の手紙だ。エントランスに備えられた郵便受けに入っていたが、まだ開封してはいない。
「これがここの住所でしょうか」
「多分ね…」
そこにはこのマンションのものと思われる住所と、零と結の宛名がそれぞれ書かれている。
「私は長月結になってる」
「まだ子供なので、結婚はしていないってことなんでしょう」
手紙を裏返すと、わざわざ封蝋で封がされている。その上にあるのは、何かのエンブレムだ。
四匹の動物が描かれており、中央には大きく「H」の一字。
その下には「Draco dormiens nunquam titillandus.」と書かれている。
「ラテン語だね。訳は「眠れるドラゴンをくすぐるべからず」…」
「どういう意味でしょうか」
「さぁ?」
これ以上見つめていても仕方ないので、諦めて開封することにした。
中はすべて英語だが、語学堪能な結はもちろん、零も英語は問題なく読める。
「えーと、ホグワーツ魔法魔術学校……はっ?」
一文目で思いっきり躓いた結から零が便箋を取り上げ、読み上げた。
「ホグワーツ魔法魔術学校、校長 アルバス・ダンブルドア。マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会長」
長い前置きを読み終えて、零は一度言葉を区切る。
「親愛なる長月結殿、このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。敬具。副校長 ミネルバ・マクゴナガル……」
魔法か…と、手紙を読み終えた零が呟いた。
「念よりさらにファンタジー感が増しましたね」
「それより、学校って」
「今回僕と結さんは同い年のようです」
零は嬉しそうだ。
「……とりあえず、ツッコミどころを一つずつ潰していこうか」
***
「まず、僕らは今おそらく11歳です」
「入学案内っていうことと、見た目からしてその辺が妥当だろうね」
「そして一般人の世界と魔法使いの世界はしっかり線引きされている」
「うん。さっき見てきた街並みに魔法のまの字もなかったし」
「魔法界の連絡手段にはふくろうを用いるようですね」
「想像できないけどね」
「それから、魔法界では素養のある11歳を把握していると見ていいでしょう」
「素養ねぇ…」
こんな手紙が全ての11歳にばらまかれているとも思えないし、それは概ね正しいだろう。それでも結には自分に魔法の素養があるとは思えなかった。
「どうしよっか」
「行きますか、魔法学校」
「えっ」
意外にも乗り気な零に驚く。
「他に1991年のロンドンでやりたいことがあるなら話は別ですが」
「いや、うーん…確かになぁ」
過去といっても時代が変わるほどの過去ではなく、しかも元外事課の結にとっては特に物珍しいわけでもない街。
珍しく乗り気になっている零を止めてまでやりたいことはない。
「入学前に色々用意しなきゃみたいだけど…まぁお金ならどうにかなるか」
「こんな時のための分散投資ですしね」
二人は天空闘技場やハンターの仕事で貯めた金の一部を、金やプラチナのインゴットに替えていた。価値の下がりにくいダイヤモンドのルースもある。
「また急に通貨が変わったら、と思ってのリスク分散でしたが…本当にそんな時が来るとは」
「やっぱりリスクヘッジは大事だねぇ」
結はしみじみと呟き、どこか嬉しそうな零に笑いかける。
「じゃあ…行きますか」
「はい」
こうして二人はホグワーツ魔法魔術学校に入学することとなった。
零はその日ずっと、「箒で空飛んだりするんですかね?」とやっぱり嬉しそうだった。
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