魔法の世界-02


「そんなに買って…絶対食べ切れないでしょう」

そう言って呆れたようなため息をつくのは零だ。

「いいのいいの、こういうところではケチらないの」

彼の正面では、逃げようとした蛙チョコを瞬時に捕まえた結がその頭部にかぶりついている。

二人がいるのはホグワーツ特急のコンパートメントだ。向かい合って座りながら、二人だけの空間を楽しんでいる。

「見て、噂の百味ビーンズ」
「まさか僕にくれようとしてます?」
「ちゃんと説明書きがあるから大丈夫だよ」
「そう言って渡そうとしてるの耳あか味ですよね?」

バレたか、と結がベージュのそれを箱に戻した。

こうして見ると結だけが浮かれているようだが、零の浮かれ具合だってなかなかのものだ。指定された教科書や書籍は二人してすべて読破しているが、零は今も基本呪文集を膝の上に開いている。

「魔法の授業、楽しみだね」

結の生温かい視線に気付いたらしい零がパタンと呪文集を閉じる。

「…僕が楽しみなのはあくまで魔法という世界観ですよ」
「そう?」
「だってアロホモラ唱えるより錠を引きちぎった方が絶対に早いでしょう」

いきなり夢のないことを言う。

「うん、まぁそうなんだけど、やっちゃダメだよ?」
「攻撃呪文も先に杖を奪えば終わりですし」
「いや、まぁね」
「唱えられたとしても十分避けられますし」

照れ隠しなのかなんなのか、魔法の有用性をガンガン否定していく零に結は思わず半目になった。

「でも、箒で空を飛ぶのは楽しみだよね」

そう言って笑いかけると、零はたっぷり間を空けてから「…そうですね」と同意した。
すると突然、ノックもなしにコンパートメントの扉が開かれる。

「ねぇ、ヒキガエルを見なかった?ネビルの蛙が逃げたの」

唐突に話し出したのは、ふわふわとした栗色の髪を持つ少女だった。
マナーも何もない登場に零が無表情でそちらを見たのを確認して、結が口を開く。

「ネビルが誰かは知らないけど、ヒキガエルは見てないよ」
「そう。あら、それ呪文集ね?何か練習していたの?」

彼女の視線が零の膝の上に置かれたままの呪文集を捉える。

「ううん、たまたま手に取ってただけだよ。蛙、探さなくていいの?」
「ああそうだったわ。そろそろ着くみたいだから、あなたたちも着替えた方がいいわよ」

早口で言い切り、返事を待たずにコンパートメントの扉が閉じられた。

「…さ、着替えようか」

結が苦笑して立ち上がると、零もまた立ち上がって呪文集を片付けた。

「これから行くのは子供しかいない空間だからね?」
「わかってます」

そう無表情で答える零は、この世界でも安室透を装うつもりはないらしい。それもそうか。たかが学校で繕ったところでメリットはない。結だって素顔だ。

着替え終わって座り直したところで、コンパートメントの扉が再び無遠慮に開かれた。

「…ん?ああ、すまない、間違えた」

すました顔でそう言ったのはブロンドの少年だ。背後には恰幅のいい少年が二人、従者のように控えている。

「いえいえ」

ニッコリ笑った結を見てそのまま扉を閉めようとした彼だったが、ふと思い立ったように問いかけてくる。
それは二人が魔法族の生まれか、それともマグル生まれなのかという質問だった。

「二人ともマグル出身だけど」

そう答えた結を、彼は鼻で笑う。

「なんだ、穢れた血か」

そう吐き捨てるように言った彼に、結は思わずぶふっと吹き出してしまった。

「…なんだ?」
「う、ううん、なんでも。面白い子だなぁって」
「はぁ?」
「…結さん」

たしなめるように言う零に、結が「ごめんごめん」と返す。

「なんでもないよ、ごめん。もう個室間違えないようにね」

子供に言い聞かせるような彼女の口ぶりに、ブロンドの少年はカッと顔を紅潮させて叩きつけるように扉を閉めた。
乱暴な足音が離れていくのを聞きながら、結が口元を覆う。

「……ふ、ふふっ、あー笑った…。可愛くない?ああいう、大人から習ったことをそのまま真似してますって感じの子」

その言葉に零はため息をつき、「性格悪いです」と呆れたように返した。




***




足を踏み入れた大広間を見渡して、結と零は思わず感嘆の息を漏らした。

「すごいね」
「ええ」

魔法をかけられた天井には無数の蝋燭が浮かび、アンティーク感漂う四つの長テーブルには上級生たちが隙間なく腰掛けている。
これから行われるのは一年生の組分けだ。

椅子に置かれた古びた帽子が突然歌い出し、四つの寮の特徴を告げる。
鳴り響いた拍手の後、いよいよ組分けが始まった。

次々と一年生の名前が呼ばれ、組分け帽子がそれぞれに相応しい寮に振り分けていく。

「フルヤ・レイ!」

先に呼ばれたのは零だった。ちらりとこちらを見た零が前に進み出て、組分け帽子をかぶる。
少し間があって叫ばれた寮の名前はグリフィンドールだった。

(まぁそうだよね。本質は勇気と正義の塊だもん)

グリフィンドールの長テーブルから拍手喝采が沸き起こり、彼は上級生に連れられてテーブルについた。
その後も数人の組分けが行われ、一年生の列が短くなってきたところで結の名前が呼ばれた。

「ナガツキ・ユイ!」

前に出た結が、椅子に座って帽子をかぶる。すると帽子が呟くような声で語りかけてくる。

「ふむ…なるほど…。うーむ、難しい。賢く狡猾でありながら、忍耐もある……しかし根底にあるのはまごうことなき正義じゃな」

おお、すごい、と結は内心で感嘆していた。帽子をかぶるだけでここまで読み取られるとは魔法も侮れない。
正直結はどんな寮に分けられても上手くやっていく自信はあるが、できれば零と同じ寮に入りたいところだ。でなければ寂しい。

「む?そうかそうか。ではそうしようかの」

結の心を正確に読み取ったらしい帽子が「グリフィンドール!」と大きく叫んだ。
帽子を外しながら、結は「ありがとう」と小さく話しかけた。

大きな拍手が鳴り響く中、上級生に案内された先の長テーブルで零と合流する。

「よかった、零くんと一緒で」
「当然でしょう」

なぜか零が誇らしげだ。それにふふっと笑い返し、残る組分けを見守る。
すべての組分けが終わると、白く長い髭を携えた校長が短く挨拶をした。

「わっ」

途端にテーブルを埋め尽くす料理の数々に、結が思わず声を上げる。

「すごいですね」
「うん、でもなかなかヘビーなメニュー」
「それはまぁ、イギリスですから」

顔を見合わせて苦笑しながら、少しずつ料理を皿に取る。

「そのうち白いご飯が懐かしくなりそうだね」
「あと味噌汁も」

そうなったら具現化系が得意な零に料理が出せる念でも開発してもらおうか。と、早速現実的なことを考え始める結だった。


prevnext

back