ハンターの世界-04
零が捌いた魚に塩を振る横で、結は酢飯を作る。
どうやら寿司に魚を使うということが知れ渡ったようで、受験者たちはすっかり出払ってしまった。
「まさかハンター試験まで来て料理するとはね」
「料理になるかどうかはわかりませんが…」
「大丈夫大丈夫、零くんなら」
それはどうも、と零は苦笑している。
「…なんかすっかりこっちの世界に馴染んじゃったね」
やることがなくなった結が、しみじみと呟く。
「そうですね。来てしまった時はどうなることかと思いましたけど、これでライセンスが取れれば身分証明にも困りませんし」
元の世界のことは気になるものの、戻れない限りは気にしても意味がないということは二人もよくわかっている。
それなら、今はここでできることをするだけだ。そして二人の当面の目標は、この殺伐とした世界で平和に生きていくことだった。
「ライセンスが取れたらどうする?」
「旅行でもしますか?立ち入り禁止区域も8割方入れるようになるみたいですし」
「交通機関もほとんど無料だしね」
「そこですか」
「大事なことだよ」
夢のない結の言葉に、零は呆れたような表情を浮かべた。
天空闘技場であっという間に元の世界の貯蓄の十数倍の額を稼ぎ出したというのに、彼女はたまに驚くほどケチくさいことを言う。
「…まぁ、僕は今も旅をしているような気分ですが」
「あ、それはわかるかも」
ふふ、と結が笑う。
「あっちじゃ新婚旅行も行けなかったしね」
「確かに。長い休暇のようなものだと思っておきましょうか」
二人で笑い合っていると、魚を獲ってきたらしい受験者が次々に戻ってきた。
「そろそろ酢でシメますね」
「はーい」
魚から出た水分を丁寧に取り除き、米酢でひたひたに漬ける。
15分ほどしてから骨や皮を慎重に取り除き、切れ端で味見をして使う魚を決めた。
出来上がった寿司を二人分持っていくと、試験官は驚きに目を丸くした。
「やだ、ビックリするくらいマトモなのが来たわ…!」
「恐縮です」
そして一貫を一口で食べた彼女が、「んー!」と頬を押さえる。
「美味しい!合格!」
結も零も同じものを持っていったので、二人同時に合格だ。やったね、と顔を見合わせて笑い合った。
その後受験者と揉めた試験官の合格基準が一気に厳しくなり、合格者が増えないまま二次試験は終了。
そこに現れたハンター協会会長の提案で、結と零の二人を残して再試験が行われることとなった。
「あ、このゆで卵すごい」
「ビックリするくらい濃厚ですね…」
再試験の課題はマフタツ山に生息するクモワシの卵で作ったゆで卵だ。
二人の合格は決まっていたが、食べてみたくなって無駄に挑戦した二人だった。
「美食ハンターっていうのもいいですね」
そう言う零の目は少年のように輝いている。それを結は生温かい視線で見守っていた。
***
三次試験会場までは飛行船で向かうらしい。
所要時間12時間ということで、結と零は食事を取って早速寝る体勢になった。といってもベッドや布団といった気の利いたものはなく、皆一様に薄いタオルケットをかけて壁際に座る形で眠っている。
結と零も、隣り合って壁際に座り込んだ。
「結さん」
「ん?」
呼ばれて隣を見上げた結は、唇に零の体温を感じて目を瞬かせた。
「……TPO」
「つい」
誰にも見られてはいなかったようだが、この男本当に油断できない。半目で睨みつける結にも零はどこ吹く風だ。
結局、結がため息混じりに零した「おやすみ」に、零もまた同じく返して二人は目を閉じた。
***
飛行船が降り立ったのはトリックタワーと呼ばれる何もない塔の頂上だった。
ここから72時間以内に下まで降りていくというのが三次試験らしい。ちなみに塔の外壁をフリークライミングすれば怪鳥に食べられるようだ。
「結さん」
「うん、隠し扉があるね」
地面には回転式の隠し扉があり、一度誰かが入ると、同じところから入ることは叶わない。
「ここで別行動かな?」
「一応近くに二つありますが…行き先が同じとは限りませんね」
結が円を広げてみると、どうやら行き先は別の部屋になっているようだった。
「ダメ、別々みたい」
「探し直しますか?」
「うーん、降りるだけだし…都合よく同じ部屋行きのが見つかるとも限らないから、このまま行こう」
「了解です」
そう言って結と零はそれぞれの扉に飛び込んだ。
「……お?」
結が降りた先の部屋には、「この先の部屋でもう一人と合流してからさらに先へと進め」というプレートが貼られている。
「もしかして、結局零くんと合流できるオチかな」
それならラッキーだ。
そう思って先へと進んだ結だったが、そこに現れたのは思いもよらぬ人物だった。
「カタカタカタカタカタ」
「……えーと、よろしく」
胸元のナンバープレートは301番。名前は知らない。
顔面の至るところに太い針を刺したパイナップル頭の男性だ。
部屋には「一蓮托生の道」というプレートがあり、二人を繋ぐらしいチェーン付きの手錠が掛けられている。注意書きには「チェーンが切れたら失格」とだけ書いてある。
「これを着けたまま下まで行けってことみたいだね」
お互いの生死については言及されていないので、相手がここで自分を殺しに来ないとも限らない。結は男を最大限に警戒しつつ、それをおくびにも出さず話しかけた。
結が自分の右手首に手錠をかけ、もう一方を「着けるよ」と差し出すと意外にも左手首を差し出してくる。
意思疎通は諦めていたが、どうやら協力するつもりがないわけではないらしい。
「じゃあ行こうか」
男は応えない。結が気にせずドアを開けると、無言ながらもちゃんと後ろからついてきた。
「あ」
長い廊下が早速途切れている。床がところどころ抜け、飛び越えないと下が見えないほどの暗闇に真っ逆さまだ。
その廊下は途中で直角に曲がっているが、おそらくしばらくはこの状態が続くのだろう。
「先行く?」
結が後ろの男に話しかけると、彼はこてんと首を傾げた。
「私、人に合わせるのは得意だから。勝手に進んでってくれればそれに合わせるよ」
そのまま数秒沈黙が続くが、結が待っていると男が前に進み出た。そして凄まじい勢いで跳躍する。
「うぉっ」
危うくチェーンがピンと張りかけるが、結も咄嗟に跳んでそれに続く。
男は途切れ途切れに現れる床だけでなく壁までも足場にして進んでいった。角を曲がっても予想通り同様の道が続いている。床が若干傾斜していることを考えると、徐々に下には降りていっているのだろう。
途中、明らかにチェーンの切断を狙っているらしいトラップが次々と二人を襲ってきた。
結が男の妨げにならないよう必死で立ち回っていると、唐突に男が立ち止まる。
「あ、終わったね」
穴だらけの廊下が終わり、ずいぶんと開けた場所に出た。円形の広場のような場所で、天井もドーム状になっている。
すると広場の壁にあった無数のドアから、数え切れないほどの人間が歩み出てきた。
全員白いローブ付きの囚人服のようなものを身に纏っており、それぞれ手には武器を持っている。
『一蓮托生の道…。次はここを協力して切り抜けてね』
スピーカーから聞こえてきた声に、結は隣の男を見上げた。
「また私が合わせる感じでいいかな?」
男は細い目で結を見下ろすと、口元をニッと笑みの形に変える。そしてまた恐ろしい速さで駆け出した男に、今度は結も危なげなくついていった。
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