魔法の世界-03


「…あ」
「どうしたの?ハリー」

ふと立ち止まったハリーに、隣のハーマイオニーが声をかける。少し先へ行ったロンもまた、それに気付いてハリーのもとに戻ってきた。

「ハリー?」
「見て、あそこ。フルヤとナガツキだ」

ハリーが指差す先には、芝生に並んで座る少年少女の姿があった。同じグリフィンドール寮のレイ・フルヤとユイ・ナガツキだ。
ナガツキの膝には一冊の本が開かれているが、二人は特にそれを見るでもなく会話を楽しんでいるようだ。

「それがどうしたって言うんだよ」

ロンはぶすっとした表情で急かすように言う。早く食堂に向かいたいらしい。

「いや、どうっていうわけでもないけど…」
「あの二人、本当に絵になるわよね」

二人を眺めながら、ハーマイオニーはうっとりと両手を組んでいる。ハリーはそれに同意した。あの二人はどこにいても目立つのだ。

フルヤは日本人らしからぬ金髪碧眼と褐色の肌の持ち主で、整った容貌も相まっていつも女子生徒の噂の的だ。上級生がわざわざ彼の姿を見に来ることもある。
一方のナガツキは日本人らしい黒髪黒目で、特に目立つ特徴があるわけではないが全てのパーツが綺麗に整っている。二人で並んでいると、とにかく絵になるのだ。

「二人とも優秀だし勤勉だし、未だに減点ゼロよ。スネイプ先生に加点されたグリフィンドール寮生なんて彼らくらいじゃないかしら。素晴らしいわ!」
「あーあーわかったよ、そうだね素晴らしいね!これでいいかい?」

早く行こうよ、と歩き出してしまったロンに、慌てて続く。
ハリーは最後にもう一度だけ二人を振り返った。するとちょうどこちらに視線を向けていたナガツキとバッチリ目が合ってしまい、慌てて前を向く。

(び、びっくりした…)

二人ともトラブルを起こしたこともなく、模範的な生徒だ。それでもハリーには、二人の何を考えているのかわからない表情を怖いと感じることがあるのだった。




***




「気になりますか?」

視線を戻した結に、零が問い掛けてくる。

「彼ら、昨日立ち入り禁止の4階にいたの」

それは思いもよらない答えだったらしい。零は珍しく目を瞬かせた。

「それは…なんでまた」
「さあ?理由はわからないけど…部屋に一度入ってから、すごいスピードで飛び出して行ったのはわかったよ」

何か怖いものでも見たかな、と軽い調子で笑う。

「相変わらず"円"の練習ですか」
「うん。ホグワーツの魔法でもオーラは感知できないみたいだから、いい練習になる」

学校内で堂々と念を使う結に零は呆れたような表情を浮かべたが、やがて諦めて息を吐いた。

「それ以上範囲を広げてどうするんですか」
「得意分野は伸ばすべきでしょう?」
「貪欲ですね」

結は円との相性がいいようで、比較的広範囲を探索できる。応用技の中でも円は特に有用性の高い能力なので、なるべく伸ばしておきたかった。

そのおかげで、子供たちの危険な行動にも気付いてしまうわけだが。

「…あの子達って、ちょっと危ういよね」

結が念から先ほどの少年たちへと話題を戻す。

「勇気と無謀を履き違えなければいいけど」
「僕たちの関知することでもないでしょう」

相変わらず自国の外ではドライな男だ。

「まあね。…あ、そういえばクィディッチのメンバーにスカウトされたの、断ったんだって?」
「……まあ…」
「やればいいのに」
「興味ないので」

彼がスカウトされた話もそれを断った話も、生徒の中では早くも話題になっていた。
興味がないと言いつつ飛行術の授業はいつも機嫌がいいし、入学前にクィディッチのルールを調べていたのも結は知っている。

(さては私に遠慮してるな?)

練習や大会でそばを離れることを気にしているのだろう。
そんなの気にせず好きなことをやればいいのに、と言っても頑固なこの男は譲らなそうだ。

「私はクィディッチしてる零くん、見たいけどな」
「……」
「試合で「零くん頑張れー!」って声援送ったりしてみたい」
「……」

彼はスカウトを受け入れた。




***




そして待ちに待ったクィディッチの試合当日。
今シーズン最初の試合はグリフィンドール対スリザリンによる因縁の対決だ。結もまた、グリフィンドール寮生たちとともに観客席にいた。

試合解説のリー・ジョーダンに促され、観客全員が試合開始のカウントダウンをする。

『10!9!8!……3!2!1!ゼロ!』

審判の手から放たれた金色のスニッチが瞬く間に飛び去り、14人の選手が一斉にその場を飛び交う。

『注目のルーキー、レイ・フルヤが早速、先輩チェイサーとのコンビネーションで魅せるー!』

零はチェイサーとして、先輩だろう少女二人と抜群の連携を見せていた。彼がスリザリンのゴールにクアッフルを投げ込むと、弾丸のように飛んだそれに相手キーパーは身動き一つ取れない。
幸先のいい先制点に、おもに女子生徒による黄色い声援が飛んだ。

そして素早く次の攻撃に入る彼だったが、短いインターバルの間にあっさり結の姿を見つけ、余裕そうな表情で手を振ってくる。それに応えるようにして上がったのはもはや声援というより悲鳴だ。

『レイ・フルヤ、その甘いマスクで早くも女性陣を虜にしている模様ー!』

それは解説なのだろうか、と結は苦笑する。

ふと、解説で期待のルーキーと紹介されたハリー・ポッターの様子がおかしいことに気付く。箒の制御を失っているのか、上下左右に振られて今にも落ちそうだ。

(…複数の呪文攻撃を受けてる?)

あるいは、相反する呪文に振り回されているような。
本当に落ちたら零辺りが助けるだろうと静観していると、突然ピタリと暴走が止む。どうやら解決したらしい。

その後も零たちチェイサーが次々に得点していく中、ハリーは敵シーカーと競り合いながらいよいよスニッチに迫っていた。
箒の上に立った状態で手を伸ばし、ついに届くかというところで彼が体勢を崩す。

「あっ」

顔面から地面に突っ込みそうになったところを猛スピードで飛んできた零が間一髪拾い上げ、地面にそっと立たせてまた飛び去った。
するとハリーが苦しそうにえずき始め、観客全員が固唾を飲んでそれを見守る。
やがて彼が吐き出したのは、黄金色に輝くスニッチだった。

グリフィンドール寮の勝利が決まり、ワァッと歓声が沸く。結もつられて立ち上がりながら、満足そうな表情で下りてきた零に向かって手を振った。

(日本じゃ目立つわけにいかないもんね)

生き生きしている彼の姿が見られて何よりだ。結もまた満足げに笑っていた。


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