12
名前に再び飲酒禁止令が出て数ヶ月。
三人は大学最後の学園祭を相変わらず最低限の参加で卒なくこなし、年末はそれぞれバイトに明け暮れ、そして新年を迎えていた。
「あけましておめでとうー!」
諸伏のマンションでこたつを囲み、三人で乾杯する。降谷と諸伏はビールだが、名前は再びウーロン茶だ。もう文句は言うまい。
「鍋いいよねー、鍋」
「シメは何派?」
「僕は雑炊」
「あー雑炊いいなー、でもうどんとかちゃんぽんもいいよね」
「あー」
テレビでは新年ならではの生放送の特番が流れている。それを見るともなく見ながら、諸伏の作った鍋をダラダラとつまむ。
結局今回のシメは降谷のリクエストで雑炊になった。彩りにわざわざ小ネギを散らしてくれる気遣いがにくい。
「こたつで鍋、そして雑炊……最高……」
体の芯から温まりながら、名前が感慨深げにそう呟く。こたつの力で新年早々ダメになりそうだ。
「よし、そろそろデザート……」
と、諸伏がこたつから立ち上がりかけたところで、彼の胸ポケットからスマートフォンがするりと落ちた。
ガチャンと音を立てて落下した先は、ほとんど空になった鍋の中。わずかに残ったネギや米粒が無残にも鍋の外に跳ねる。
「……」
「……」
「……」
沈黙を破るようにぶはっと吹き出したのは名前だった。
「ひえーっ、何それーっ!」
ぎゃはははと品なく笑いながら腹を抱える。見れば降谷も俯いて肩を震わせていた。
事故を起こした張本人である諸伏は床に項垂れ、どよんとした影を背負っている。
「も、諸伏くん!ふはっ」
こたつを抜け出した名前がその背をパシパシと叩く。本人的にはフォローのつもりだ。
「いや、危ないなとは常々思ってたんだよ、ふふっ」
笑いが隠し切れない名前に、項垂れたままの諸伏は「もっと笑ってくれ」と投げやりだ。
パシパシ叩いていた手で今度は優しく背中をさすりつつ、名前は彼を励ます言葉を探す。
「ドンマイ、ドンマイ。しょっぱなに落ちたから今年はもう落ちることないよ」
「ウン……」
「これからはパンツのポケットとか、上着のポケットとかに入れようね」
「ウン……」
「ほら、こないだ捕まった盗撮魔も胸ポケットでカメラ起動してたらしいし。いいタイミングだよ」
「うわ、初耳……」
「ぶっ」
さらに項垂れてしまった諸伏に、耐えきれなくなったらしい降谷が吹き出す。三人にとってはテレビの特番よりよっぽど笑える珍事件だった。
***
二月に入れば大学は春休みに突入し、そしてそのまま卒業だ。
卒業式でも卒業生総代を務めた降谷は、警察学校にもオールAという異例の成績で着校したらしい。
警察学校では週末しか携帯電話を使用できないので、彼らとの連絡も自然と週末だけになった。
一方の名前は、持ち前の要領の良さで新しい職場にも早々に馴染んだ。バイトの掛け持ち生活からも解放され、定時出社と定時退社のありがたみを痛感している。
そしてある土曜日の夜、名前は二人に指定された居酒屋を訪れていた。
「あの、降谷で予約してあると思うんですけど……」
店員に声をかけると、個室へと案内される。扉を開けようとした名前だったが、中から聞こえる声の多さに動きを止めた。
(んん?)
個室を間違えたのでは、と戸惑う名前の目の前でその扉が開く。
「あ、やっぱ来てた、苗字さん」
そう言って笑うのは諸伏だ。中に誘導されて足を踏み入れると、そこには諸伏と降谷の他に見たことのない面々がいた。
「おっ、来た来た、噂にたがわぬ美女!」
「あーあれが降谷のす、いてっ」
「苗字さんか。諸伏の隣空いてるぜ」
口々に話す三人に圧倒されながら座ると、早々に自己紹介が始まった。全員警察学校での同期らしい。
「えっと……萩原くん、松田くん、伊達くんね。苗字名前です。よろしく」
このメンツに混ざっていいのだろうかと思った名前だったが、どうやら彼らから名前を一目見たいと言い出したようだ。
「え、なんで?」
「そりゃー降谷のす、いてっ」
「のす?」
「気にしなくていい。苗字さんはウーロン茶?」
「あ、うん」
降谷が有無を言わさずウーロン茶を頼むのを見て、萩原が「え、酒は?」と声を上げる。
「苗字さん弱いから、オレらで禁止中なの」
「なんだそりゃ、過保護だな」
「いや、あの、実際何回か迷惑かけてて……」
今のところほわほわ笑ってた記憶とピーピー泣いた記憶しかない。お酒こわい。
遠い目をした名前に何かを察してくれたのか、彼らがそれ以上酒を勧めることはなかった。
それからは、おもに警察学校での彼らの様子を聞いた。5人で罰掃除をさせられたりと、どうやらかなりの問題児らしい。
「へー、意外だなぁ。真面目な降谷くんが」
「ほとんど不可抗力だ」
そう言う降谷はムスっとしているが、どこか嬉しそうだ。志を同じくする仲間と過ごす日々がよっぽど楽しいんだろう。
「苗字さんは東都銀行だったか?」
伊達の質問に「うん」と頷いて答える。
「すげーよなぁ、メガバンク」
「ふふ、法学部行ったのも履歴書に箔つけるためだもん」
名前は高校時代からメガバンク三行に的を絞っていた。その中で第一志望の東都銀行に入れたのは奇跡としか言いようがない。
「苗字さんめっちゃ頑張ったもんなー」
相変わらずストレートに褒めてくれる諸伏に頬を緩ませる。
「でも東都銀行っつったらエリート揃いだろ?社内恋愛のお誘いとかも多いんじゃないのー?」
ニヤニヤと聞いてくる萩原に、名前は「そうでもないよ」と返す。
「真面目な人ばっかりだし……あ、でも女の先輩とは結構上手くやってて、今度みんなで一緒に婚活パーティー行く約束したよ」
パリン
「えっ?」
「げ」
「おい降谷」
ガラスの割れる音に驚いてそちらを見れば、降谷が割れたグラスを握り締めていた。えっ、割ったの?握力で?
「ちょっ、降谷くん?危ないよ」
「婚活パーティー、」
「え?」
「行くのか?」
いつも通りなのにどこか圧を感じる表情で降谷が問いかけてくる。
「あ、うん……好きとかよくわからないって言ったら、じゃあもう恋愛すっ飛ばして結婚したら?って先輩たちが」
母親からも早めに結婚するように言われてるし。そう続けると、その場がシンと静まり返った。
「え、なに……?」
ただならぬ空気感に怯える名前に、5人の視線が刺さる。
「……あー、これは降谷が悪いわ」
「そうだな。言ってない人間が何も言えねーわな」
「苗字さんは悪くねーよ」
「……ってことだ、ゼロ」
ポン、と諸伏が降谷の肩を叩く。結局最後まで何が「ってこと」なのかわからない名前だった。
***
その後、婚活パーティーで運よくペア成立まで進んだ名前だったが、相手の強烈なマザコンぶりが発覚して話は潰えた。さすがにお母さんと同じ体型と髪型にはできない。
結果を必ず報告するように言われていたので、降谷にはそのままメール済みである。
降谷と諸伏とはそれからも週末だけのメールが続き、彼らの飲み会にも何度か参加した。
そしてそうこうしているうちに、彼らの半年だけの警察学校生活はあっという間に終わりを迎える。
そして10月。
警察学校を卒業したという知らせがあってしばらくして、降谷との連絡が途絶えた。
彼ほど優秀な男が交番勤務程度で死ぬとは思えないし、諸伏からもなんの説明もない。つまりきっと、これはそういうことなのだ。
(……公安に配属されたんだ)
名前の死んだ父親と同じ、公安警察に。
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