漢字ふりがな22-Epilogue


 外もすっかり暗くなった平日夜。名前と降谷は都内の練習場でゴルフクラブを構えていた。
 降谷に休日らしい休日はないが、時間がある時はなるべく二人で過ごす約束だった。

「せいっ!」

 カシュッと気持ちのいい音を響かせて、名前の打ったボールが真っ直ぐ飛んでいく。

「上手くなったな」
「土日休みのOLをナメるなよ〜」
「じゃあ約10年ぶりの僕と勝負するか」
「……もうちょっと練習したらね」

 はは、と楽しげに笑う降谷が、名前に背を向けてクラブを構える。簡単に芯を捉えてみせた彼のショットは、大学以来とは思えない正確性だ。

 あの日、あの手この手で降谷に絡めとられた名前は、結局彼の婚約者というポジションに落ち着いた。元々、本気を出した降谷に名前が敵うはずもなかったのだ。
 もちろん母親には降谷の職業を明かせないので、名前は彼の共犯者としてこれから一生母親を騙すことになる。

 ちなみに仮交際中だったお見合い相手にすぐお断りの連絡をしようとしたところ、驚くことに相手から先にお断りメールが届いていた。頭を捻る名前の隣で、降谷は「手間が省けたな」と驚きもしなかった。

「そろそろか」
「ん?」
「いや、後からタクシーで合流するって連絡が」

 降谷の言葉の途中で、名前は後ろから聞こえた足音に振り向いた。そしてそこにいた人物に目を丸くすると、クラブを降谷に放り投げてその人物に飛びつく。

「うおっ」

 びっくりした、と言いながらも全くよろめかなかった諸伏が名前の腰を支えた。
 首にしがみつくようにして抱き着いた名前に、彼は「爆破事件ぶり」と笑いかける。泣かないように唇を噛み締めた名前は、誤魔化すように腕の力を強めた。

 どうやら「大きな仕事」が無事に片付いたことで、彼も顔を隠さず出歩けるようになったらしい。
 名前の前に現れていいのかという問いには、「上司の上司のお誘いだから」という回答だった。…えっそうなの?

「ていうか苗字さん上手くなってない?」
「長物は任せろ!」
「それ本当にわかんない」

 呆れ顔の諸伏が、お手本のようなフォームでクラブを振るう。
 しばらく打ちっ放しを楽しんだところで、降谷のスマートフォンが着信を告げた。

「二人とも、戻るぞ」
「おっ、風見さん?」
「ああ」

 呼び出しがかかったらしく、三人で降谷の車に乗り込む。すぐに走り出した車内で、降谷がふと口を開いた。

「そういえば、10分で着くって言ってあるから」
「えっ?」

 しれっと告げられた内容に名前と諸伏が瞠目した。

「いや寄り道なしで20分はかかるだろ」
「名前をマンションに送った上での10分だ」

 マジか、とため息を吐いた諸伏が後部座席でシートベルトを握り締める。

「苗字さんもちゃんと捕まってて」
「え?」
「行くぞ」

 特有のロータリーサウンドを低く響かせながら一気に加速する。そのスピードに、テールランプの残光がすっと尾を引いた。

「ひ………っ!?」

 恐怖に身を竦めた名前の悲鳴を飲み込んで、三人を乗せたRX-7は夜の街を走り抜けた。


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