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「よし、新しい"発"を作ろう」
「えっマジで!?」
腰に手を当てて言ったナマエに、諸伏が大げさに反応した。どうも男というのは能力開発という響きに胸が高鳴るらしい。
「どんな能力にするんだ?」
「うーん、系統でいうと操作系と変化系の複合になるのかな」
ナマエは具現化系能力者だが、ゾルディックは代々操作系と変化系ばかりの家系だ。そのためナマエにもその素養はあり、中でも変化系は習得度80%と比較的向いている系統でもある。
「声をね、自由に変えたいの」
声?と諸伏が首を傾げた。
「"絶"で存在感を薄れさせても、聴覚で得た情報ってどうしても記憶に残りやすいし」
「…話が見えないんだけど、誰の記憶に残りたくないんだ?」
その質問に、ナマエがきょとんとした表情で諸伏を見る。そういえば彼には何も言っていなかった。
「好きな人」
「えっ」
「嫌われてるみたいだから」
「えっ!?」
「とにかく印象に残らないようにしなきゃと思って」
変かな、と首を傾げるナマエに諸伏が言葉に詰まる。
嫌われてるってどういうことだ。普段穏やかな彼女が相手をいたずらに怒らせるとも思えない。そして自分を嫌う相手の印象に残らないよう努力するという彼女の考え方も、根本的にズレまくっている気がする。というかそこで会わないという選択肢が出ない辺り、もう結構付き合いがあるのだろうか。嫌われてるのに?それとも彼女がつきまとってる?―――とぐるぐる考えを巡らせた諸伏だったが、彼は"発"の開発風景を見たいがためにその一切を飲み込んだ。
「…何があっても、オレはナマエの味方だよ」
「ふふっ、ありがとう」
そして座り込んでオーラを練り始めたらしい彼女を眺めながら、諸伏はあることに気付いた。
(あっオーラ見えないから何やってるか全くわかんないわ)
***
そして三日程かけて完成した新しい"発"は、糸状に細くしたオーラで声帯を操作し、その形状を無理矢理変えるというものだった。
聞くだけで恐ろしく痛そうだが、彼女は平気らしい。さすがゾルディック。
「オーラを糸状にするのは前からやってたから、思ったより簡単だったよ」
「細くしたオーラを何に使ってたんだ?」
「電子機器に入り込ませて、その状態で発熱させたり"錬"をしたりして無力化させるの」
「へえ、便利だな」
聞けば聞くほど彼女の念は幅広いというか、とにかく器用だ。一撃必殺の大技があるという話は聞かないが、その分あらゆる事態に対応できるようよく考えられている。
「あ、あ、ああー」
喉元に手を添えたナマエが声を発すると、どんどん別人の声に変わっていくのがわかる。
「うわっ、すごいな」
「うん、後は制約をつけて精度を高めれば終わりかな」
そう言って彼女は発動時のモーションや反動など、細かい制約を設定した。
「そこまでできれば、スパイになれそうだ」
「ふふ……転職しようかな」
冗談っぽく笑うナマエだったが、もし彼女が公安の協力者になってくれるならこれほど心強いことはないだろう。
わりと本気で勧誘を考えた諸伏だった。
***
「それは……何のつもりですか?」
薄く微笑みながら問うバーボンの目には、隠し切れない苛立ちが滲んでいる。
「ベルモットがやってくれたんです」
そう答えるナマエはフードの大きなパーカーも、口元を隠すマスクもつけてはいない。
ただしベルモットの作った変装マスクによって、素顔は一分の隙もなく隠されているが。
「へえ、僕に素顔を見せる気は更々ないと。随分と馬鹿にされたものですね、僕も」
「…別にそういうつもりじゃないですけど」
ただパーカーもマスクもつけられない状況だったから、やむを得ずベルモットを頼っただけだ。でなければ今頃赤面した顔か、引き攣った顔のどちらかを彼に晒すことになっていただろう。
「まあいいです、こんなくだらないことに割く時間はありませんので。行きましょう」
「……了解」
二人が向かうのはとある資産家の邸宅だ。
さすがに普段通りの格好とはいかないので、ナマエはベルモットが見繕った黒いタイトワンピースに身を包んでいる。
一方のバーボンは白シャツに黒いジレを合わせ、シンプルなループタイを留めている。上品という言葉が服を着て歩いているような風体だ。
ちなみにナマエは仕事の内容が内容なだけに"絶"は使っていない。
念で声をわずかに変えてはいるが、普段から印象を薄くしていた甲斐あってバーボンがそれを気にする様子はなかった。
「僕が席を外している間、せいぜいご機嫌取りに勤しんでくださいね」
「善処します」
特に動じず返したナマエに、バーボンが片眉を少し上げた。
「……なんだ、"そういう仕事"もお手の物ですか」
「え?」
言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「いえ、なんでも…。僕は情報収集に専念しますから、みっともなく助けを求めることだけはやめてくださいね?」
嘲るように目を細めた彼に、ナマエは再び「了解」と返した。
***
その資産家は以前から組織と繋がりがあり、組織に対する資金提供の役割を担っているらしい。
しかし最近金の出し渋りが目立ち、他の組織との繋がりも噂されている。そのため裏切りの証拠を見つけ次第処分したいというのがジンの考えだ。
今回、バーボンは邸宅内の証拠探しを、ナマエは彼が席を離れている間の時間稼ぎを担当する。
手っ取り早く武力行使を提案したナマエだったが、対象が政財界との繋がりの濃い人物ということもあり、証拠を見つけるまでは迂闊に手が出せないとバーボンに却下されてしまった。
どう考えてもナマエ向きの仕事ではないが、報酬を受け取る以上仕事内容は選べない。
「ああ、よく来てくれた。ジンから話は聞いているよ」
どう話が通っているのかわからないが、中年の男が二人を快く迎え入れた。
応接室に通され、執事らしき男が三人分のコーヒーを運んでくる。
バーボンは手をつけなかったが、ナマエは普通に飲んだ。特に何も盛られてはいない。
「それで……」
男が勿体ぶるように言葉を切り、二人を交互に見る。
ナマエは首を傾げたが、バーボンはその意味がわかったらしい。彼は執事に「お手洗いをお借りできますか」と問いかけ、立ち上がった。
「僕が戻るまで、お相手を頼みましたよ」
そう言って褐色の大きな手がナマエの頭を撫でる。
思わずぎょっとしたナマエにくすっと笑いかけて、バーボンが執事とともに応接室から出ていった。
(……変装しててよかった…)
マスクの下で確実に顔が赤くなっているのがわかる。
でもなんで頭なんか、とふと疑問が湧いた。すると対面に座っていた男が立ち上がり、バーボンがいた場所に座り直した。
「…どうかしました?」
「いや、嬉しいなあ。君のような綺麗な子が来てくれて」
男がナマエの頬を撫でる。
「組織に尽くしてきた甲斐があったよ」
すり、と頬をなぞりながら、そのカサついた手が首筋に下りていく。そのままうなじを通った手が反対側の肩を包み、ナマエを抱き寄せた。
(ああ……なるほど)
ナマエは納得した。組織もバーボンもこの男も、みんな最初からこのつもりだったのだ。知らなかったのは自分だけか。
そして彼女が耐えた分だけ、バーボンが邸宅内を探れる時間が増えるのだろう。
もっとも、男もお楽しみ中に自宅が探られていることまでは知らないだろうが。
(やっぱり、めちゃくちゃ嫌われてるな)
この場を去る時にバーボンが浮かべていた微笑みを思い出して、ナマエは心の中でため息をついた。
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