22
ドサッと地面に落とされたものを見て、ジンは眉を顰めた。
「……オイ、生きてんだろうな」
「生きてますよ。ただ、状態までは指定されていないので」
会話ができれば問題ないですよね?と首を傾げたナマエに、ジンは舌打ちをしてから大きく息を吐く。
「そんなに腹立ててんならその時殺しとけばよかったじゃねぇか」
「我慢してあげたんだから感謝してくださいよ。おかげで仕事しやすくて助かったくせに」
「チッ、一言多いんだよ、てめぇは」
ナマエの足元に力なく転がっているのは先日彼女を組み敷いた資産家だ。
あの日バーボンが彼の裏切りの証拠を得たことで、この男は組織に処分される運命が決まった。ただその前に本人の口から得たい情報があるらしく、ナマエが依頼された内容は「生きたまま回収してくること」。
回収する際に爪を剥いで骨を数本折ってしまったのは彼女の"うっかり"だが、どうせ消すのだからこのくらいは大目に見てほしい。
「それで、報酬の上乗せは検討していただけました?」
「あ?」
「あなたが好きにしろなんて言ったせいで、生娘が健気にも体を張ったんですよ。労われて然るべきだと思いません?」
自分で言うな、とジンが呆れたように零す。
「もうすぐ新しい毒薬が完成する。使われた痕跡が一切残らない、新種の毒薬だ……。それの臨床試験一例目にお前を推薦してやる」
「へえ、興味深いですね」
「それで本当におっ死んじまわなければいいがな」
ククッと笑うジンに、ナマエもまた笑った。
「楽しみにしてます」
***
バーボンにとってギムレットという女は仇敵であり、憎むべき存在だ。
素顔を見せないところも、存在を印象に残らせないようにしているところも鼻につく。何にも動じない強者然とした振る舞いもいけ好かない。
(…ああ、でも。あの顔は見物だった)
裏切り者の資産家に探りを入れに行った時、頭を撫でた彼に見せた呆けたような顔は彼女らしからぬ表情だった。
変装マスク越しとはいえ、ひどく人間らしく見えて笑ってしまったのを覚えている。
それからそういう経験がないにもかかわらず、バーボンのメンツのために恥辱に耐えたと知った時は不覚にも彼女のことを少し見直してしまった。
それでも彼にとって、彼女が仇であることに変わりはないのだが。
「ギムレット」
名前を呼べば、暗闇から彼女が姿を現す。
相変わらずフードを目深にかぶり、マスクで口元を覆った彼女の素顔はわからない。
「こちらも無事に終わりました。これで解散としましょう」
「了解」
ヒュッと何かが飛んできて、咄嗟に受け止める。どうやら栄養ドリンクのようだ。
「……なんのつもりですか?」
「別に。お疲れ様でした」
そう言うと返事も待たずにスッと姿を消す。
三徹目で疲れがピークに達していることも、決して悟らせないよう完璧に演技しているつもりだったが。
普段関心のない素振りをしておいて、時折こうやって気遣われるのも腹立たしかった。
(演技してもわかると言いたいのか?嫌味な女だな)
バーボンは自分を棚上げして手元の瓶を見つめる。彼女のことは嫌いだがこれに罪はない。
飲まずに処分するのも勿体ないからと自分に言い訳をして、彼はその蓋に手を掛けた。
***
「よっ、お待たせ」
ドアベルを鳴らして入店し、ナマエに向けて手を上げたのは私服姿の松田だ。
「待ってないよ。さっき来たの」
ナマエはそう言って、運ばれたばかりのカップを持ち上げてみせる。
松田はテーブル席の向かいに座りながらにやりと笑った。
「このやりとり、デートみたいだな」
「そうなの?」
「そーなの定番なの」
へえ、と頷くナマエを見て、松田は「そのまま純粋なナマエちゃんでいてくれ」と可笑しそうに言う。
「陣平は経験豊富?」
「ぶっ」
コーヒーを注文し、水のグラスに口をつけた松田が噴き出した。
「……あのな、なんだその質問」
「別に…そのままの意味だけど」
「あっそ…別にフツーだからな、俺は。ダチの方がモテたし」
「ふーん」
「何、なんかあった?」
ううん、とナマエは首を振る。
好きな人に処女だと言ったら同情されたなんて、どう説明していいかわからない。
「そうだ。この後買い物付き合ってくれない?お礼はするから」
「いいけど、何買いに?」
その質問に、ナマエはふふっと笑った。
「クリスマスプレゼント」
***
ポアロを後にした二人が向かったのは、米花百貨店だ。
「プレゼントの相手って男?」
「うん、家政夫さん」
「マジか。こっちでもお嬢様かよ」
クリスマスという文化を気にしたこともなかったナマエだが、お世話になっている人にプレゼントを贈るのもアリだとテレビで見て、今年は諸伏に何か贈ろうと考えていた。
雇用主だからとたまに無茶ぶりをしている自覚もあるので、それのフォローも兼ねている。
「で、相手何歳?」
「28歳」
「タメか…趣味は?」
「わからないけど、いつもトレーニングしてるよ。あと料理が得意」
ふーん、と松田が顎に手をやって考え込む。
「地雷を避けるなら消え物だけどな」
「消え物?」
「消耗品。あと食いもんとか」
「なるほど」
百貨店内はどこもクリスマスムードだ。消耗品ということで雑貨店や特設のギフトコーナーを回ってみた二人だが、めぼしいものが見つからない。
「なかなか決まんねーな。他に情報ねぇの?」
「んー…。あ、背が高いよ。陣平くらい」
「ふーん。服はどんな?」
「あんまり外に出ないけど、家ではカジュアルな感じかな」
「は?」
隣の松田が固まったのを感じて、ナマエは彼に視線を向けた。
「どうしたの?」
「…外に出ないって、まさか住み込みじゃねぇよな?」
「え?一緒に住んでるけど…」
一拍置いて、はあ!?と大きな声が辺りに響き渡る。
「同い年の男と同居してんのかよ!?」
「うん。陣平、声が大きい」
「いや、だっ……はぁ!?」
聞いてねーぞ、と頭を抱える松田に、ナマエは「言ってなかったっけ」といたって呑気だ。
それから少しして、落ち着いたらしい松田が「まあナマエならなんの心配もいらねーだろうけど」と脱力したように呟いた。
「一緒に住んでるなら、なんかもう靴下とかインナーとかでもいいんじゃねぇの?ナマエからもらえればなんでも嬉しいだろ、多分」
急に適当になった松田に、ナマエは素直に「なるほど」と頷く。彼女は結局ブランド物の靴下を数足購入した。
「ありがとね、陣平」
「おー。あ、そうだ。これやるよ」
そう言って彼が無造作に取り出したのは、可愛らしくラッピングされた小さな包みだ。
「え?どうしたの、これ」
「ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
包みを受け取ったナマエは、しばらく呆然とした様子でそれを眺めた。プレゼントをもらうなんていつぶりだろう。もちろんゾルディックにクリスマスなんて風習はない。
「…開けてもいい?」
「どーぞ」
包装紙を破らないように気を付けながら、丁寧にそれを開く。
「あ……!」
そこに入っていたのは二つのストラップだ。
「こないだ出先で見かけて包んでもらったヤツ。どこ行ってもイルミとキルアのグッズしか売ってないってグチグチ言ってただろ」
アクリルのプレートには、可愛らしくデフォルメされたシルバとゼノが描かれている。
「お父さん、おじいちゃん……」
ナマエはへにゃりと眉尻を下げて、それを両手で包み込むようにして胸元に当てた。初めて見る泣きそうな顔に松田がぎょっと目を見開く。
「おい、ナマエ?」
「陣平。ありがとう……すっごく嬉しい」
その顔のまま見上げられて、松田はグッと言葉に詰まった。
「…今度、ミルキとカルトも探してやるよ」
「うん…アルカとお母さんも忘れないで」
「お、おう……」
アルカやキキョウのグッズなんて出てるのだろうか?それを言うならミルキも危ういか、と思考を巡らせながら、松田は(これが萌えか……)と心の中で悶えていた。
ちなみにお返しとして念能力を見せてほしいとリクエストした松田だったが、快諾してその場で大量のナイフを具現化し始めたナマエに慌てさせられる羽目になったのは余談である。
「ごめん、舞い上がってて、つい」
「これだからゾルディックは!」
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