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ダイニングテーブルに向かい合って座り、諸伏はこれまでの経緯を安室、もとい降谷に説明した。

なぜか漫画の世界からやって来てしまったゾルディック家長女と出会い、ハンターハンターの存在をはじめとするこの世界の情報を提供したこと。
そして諸伏がNOCであることが組織にバレた時、情報料代わりにナマエが助けてくれたこと。
諸伏の生存を知ることで潜入中である降谷のリスクが増すと判断し、死んだことにしたままナマエと暮らし始めたこと。

「あのな。そのくらいの演技、僕にできないわけがないだろ」
「いや、実際オレはバレて死にかけたわけだし、慎重にもなるだろ」

確かに初めから降谷と協力していれば、ここまで事態は拗れなかったかもしれない。
でもそれは潜入中の降谷に丸投げするのと同じだ。組織にバレれば命に関わるし、そんな危ない橋を渡れるはずもなかった。

「でもまあ、サミットが終わったら風見さんに連絡しようとは思ってたんだよ」
「どういう心境の変化だ?」
「それはナマエが……」
「ナマエさんが?」

ナマエが安室透を好きだと知ったから、と諸伏の口から言うわけにもいかない。

「えーと、まあ、ナマエの協力が取り付けられそうだったから…かな」
「………」
「ゼロ?」
「…彼女の戸籍は僕の方で用意する」
「え?」

急な話題転換に諸伏が目を瞬かせる。

「この国で新しく戸籍を作る以上、彼女は暗殺者でもキャラクターでもなく、一般市民として扱われるべきだ。組織の件に巻き込むわけにはいかないな」

真剣な顔でそう話す降谷に、諸伏は「なるほどな」とため息をついた。

「こういうところかー」
「? 何が」
「いや、オレならガンガン手伝ってもらっちゃうだろうからさ」
「僕だって今さら手段を選ぶつもりはないさ。でも、わざわざ彼女を頼らなくても方法はある。そのためにこれまで潜ってきたんだ」
「そりゃそうだけど」

諸伏からすればゾルディック家長女なんて特殊すぎる戦力、活かさない手はないと思うのだが。
正体を知ってもなお普通の女性として扱おうとする降谷に、なるほどこれは惚れるわ、と思わず納得した。

「それで、松田の件は?」
「ああ、杯戸ショッピングモールの大観覧車が爆発した事件は知ってる?」
「知ってる。松田がゴンドラに乗り込んで、爆発後に生還したって……まさか」

話しながら目を見開いた降谷に、諸伏は「うん」と頷いた。

「オレらちょうど居合わせてさ、助けてほしいってオレがナマエに頼んだんだ」

いやーあれはカッコよかった、と当時を振り返る諸伏を見て、降谷は感心したような表情を浮かべる。

「…なるほど、ヒーローだな」
「ヒーロー?」
「いや、彼女をそう評した子供がいて」
「へえ」

諸伏はカニクリームコロッケで取引したのだと話したが、それで人一人の命を助けたのだ。充分ヒーローだろう。
降谷は彼女の本質が見えてきた気がして、口元に笑みを浮かべた。

「松田とはめちゃくちゃ仲いいよ。いつもメールしてるし、一緒に初詣行ってたし」
「ホォー…」
「なに、対抗意識燃やしてる?」
「いや別に」

短く返した降谷に、諸伏が「燃やしてるじゃん」と吹き出した。

「あ、取引と言えば。水族館の観覧車倒したのはライとの取引の一環だったんだってさ」
「はあ?」
「ライにノックリストを守るように言われて、リストの持ち主のために子供たちを助けたって…あっこれ言っちゃまずいやつか」
「いや、聞けてよかった」
「顔が怖いです、ゼロさん」

一通りの情報共有を済ませ、大分満足したらしい降谷が大きく息を吐く。
椅子の背もたれに体重を預けるように脱力して、「あー」と唸るような声を漏らした。

「この部屋…ハンターハンター尽くしだな」

ふと視界に入ったのは、テレビ台に並べられたイルミとキルアのフィギュアだ。
さっきナマエが抱えていたのもキルアのぬいぐるみだし、壁にはポスターも貼ってある。ローテーブルの周りにはクッションもあるようだ。

「ハンターハンターっていうか、ゾルディック尽くしか」
「集めたのはナマエだけどな。あの子、家族大好きだから」

ちなみに一番のお気に入りはイルミのぬいぐるみだと聞いて、降谷の頬が緩んだ。

「それ、僕がゲームセンターで獲ったんだ」
「らしいな。嬉しそうだったよ」

あの日、降谷はナマエが電話で話していた「ヒロ」という名前に反応して彼女に接触を図った。
あの時は家政夫の名前だと聞いて、思わず落胆したわけだが。

「まさか家政夫がヒロだったとはな…もっと年配の人を想像してた。しかも住み込みとかいうから、一戸建ての大きい家かと」
「さすがに2LDKに同い年の男と住んでるとは思わなかった?」

どこか意地の悪い表情で問う諸伏に、降谷は少し言いにくそうに「まあ、そういうこと」と返す。

「というか四年も一緒に暮らして…その…」
「ん?」
「……何もないんだよな?」
「ぶっ」
「おい、笑うな」

可笑しそうに笑う諸伏に、降谷は思わずムスッとした表情を浮かべた。

「いや実際問題、オレがどうこうしようとして敵う相手じゃないから」
「でも随分と信頼されてるようだったし」

思い出すのは先ほど彼女を自室へと誘導した手際のよさと、諸伏に全幅の信頼を寄せているように見えたナマエの姿だ。

「まあ、積み重ねた年月が違いますから」
「その顔腹立つな」

降谷は半目で彼を睨みつけた。

「…で、公安には戻れるんだな?」
「もちろん戻るよ。ただナマエが心配だな」
「心配?」

彼女ほどの人の、何が心配だというのか。首を傾げた降谷に、諸伏は短く「生活が心配」と答える。

「あの子、生活力ゼロなんだよ」
「……へえ?」

この部屋だって、最初はベッドとソファしかなかった。
冷蔵庫も電子レンジもなく、殺風景どころの話ではなかったのだ。なのになぜか毒草の生えたプランターだけはあり、無駄に恐怖心を煽られたものだ。

そう話す諸伏に、降谷は「それは……すごいな?」と戸惑いを露わにした。
さすがゾルディック。根っからのお嬢様だ。

「オレが通ってあげないとなぁ」
「ヒロが?」
「え、不満そう」
「いや、仮にも公安に復帰する人間が一般宅に通うというのはどうなんだ」

降谷の指摘に、それもそうかと諸伏が考え込む。

「じゃあ協力者にすれば」
「しない」
「じゃあ家事は外注?でも知らない人間を家に上げるの、ナマエ嫌がるだろうな」
「………」
「ゼロは潜入中だし」
「………」
「やっぱりオレが適任じゃない?」

グッと言葉に詰まった降谷だったが、結局「仕方ないな」と絞り出すように言った。

「やった。めっちゃ通おう」
「常識の範囲内でな」

話しながら、降谷は脳内で今後の流れを組み立てる。
潜入任務を外れた諸伏は今後内勤が中心になる。組織に生きている姿を目撃されるわけにもいかないし、変装も必須だ。住居も早々に用意しなくてはならない。

やることは山積みだが、これも諸伏が生きているからこその苦労だ。降谷がそれを負担に思うはずもなかった。

「よし、そろそろ朝飯の準備するか。ゼロも食べてくだろ?」
「いいのか?」
「問題ナシ。いつも多めに仕込んで、残ったらオレの昼飯にしてるから」
「なるほど。ちゃんと家政夫してるな」

キッチンに向かう諸伏に、降谷もついていく。
手伝いを申し出ると、諸伏は「そういえば料理できるようになったんだよな」と嬉しそうに笑った。

味噌汁用だと渡された長ネギと茄子を切りながら、降谷は隣にちらりと視線を送る。諸伏は手際よくだし巻き卵を焼いていた。

彼は昔から、出先で降谷が美味しいと言った料理をよく再現してくれた。
降谷の好みも完璧に把握しているし、降谷自身、正直親より諸伏の料理の方が記憶に残っている。

料理はからっきしだった降谷に、そのうち教えてくれると約束もしていた。

(まさか並んでキッチンに立てる日が来るなんて、思いもしなかったな)

食材を切り終えて包丁を置いた降谷の隣で、諸伏は焼き上がっただし巻き卵を皿に移す。

「あれ?ゼロ?」
「………」

俯いて動きを止めた降谷に、諸伏が気付く。降谷の顔は髪に隠れていて窺えない。

「……もしかして泣いて」
「うるさい」
「ゼロ〜!」

聞こえた鼻声に、諸伏はガバッと飛び付いて肩を抱いた。
空いている手で柔らかい金髪をぐりぐり撫で回すと、「やめろ」と小さな声が聞こえる。

「いやー本当によかったよ。生きてまたゼロに会えて」
「……それは…」
「ん?」
「それは、僕のセリフだ」

ぐしゃぐしゃにされた金髪の隙間から、弧を描いた口元が見える。
それを見た諸伏は思わず破顔して、またその髪をかき回すのだった。




***




料理が出来上がったタイミングで、諸伏がナマエを起こしに行く。
しっかり寝たらしいナマエは目を擦りながら部屋から出てきて、そこにいた安室にピシッと硬直した。

「ナマエさん、おはようございます」
「おっ…おはようございます…」

寝る前のことを思い出したのか、安室の笑顔を直視できず視線をさまよわせる。

三人でテーブルにつき、同時に「いただきます」と言う頃になるとナマエもさすがに落ち着いたらしい。温かい味噌汁を飲んでため息をつき、強張っていた肩の力を抜いた。

三人とも食べ終わったところで、箸を置いた安室がナマエに向けて口を開く。

「ナマエさん。ヒロと松田のこと、本当にありがとうございました。それからこれまでのあなたへの態度も、改めて謝らせてください」

頭を下げられ、ナマエは慌てて両手を振った。

「い、いえ!安室さんからしたら私はヒロを殺した仇だったわけだし……伝えなかった私達も悪いので、気にしないでください」

その言葉に諸伏もまた頷くのを見て、安室は眉尻を下げて微笑んだ。
彼女の場合あまり謝っても恐縮させそうなので、彼はもう一度だけお礼を言って話題を変える。

「それで、僕のことなんですが」
「あ、待ってください」
「え?」

本名や所属を伝えようとしたところで遮られ、安室は目を瞬かせた。
諸伏も同じようにナマエを見つめている。

「私、安室さんからこれ以上何も聞くつもりはないんです」
「それは…どういう意味ですか?」

訝しげに問う安室に、ナマエは緊張をほぐすように一度息を吐いてから再び口を開いた。

「警察だってことは知っちゃいましたけど…私が組織と関わりがある以上、なるべく知らないままでいた方がいいと思います」
「でもナマエ、もう組織と関わる必要はないんじゃないか?毒薬だって公安のツテで手に入るし」

諸伏の言葉に、ナマエは首を振った。

「依頼はもう受けないよ。でも以前睡眠薬が効いたことを考えると、私に効く自白剤が開発されないとも限らないし」

一度言葉を切って、彼女はふっと笑みを浮かべる。

「知らないことで守れるものもあるでしょう?」

ナマエはどこまでも二人の安全を考えていた。そのいじらしさに、諸伏が「くっ」と呻いて胸を押さえる。安室もその気持ちはわからんでもない。

「全部片付いたら、また教えてください」

ふふ、と穏やかに微笑むナマエに、二人もまた笑い返した。


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