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「ぶふっ、ふ……ふふっ」
「プッ、めちゃくちゃ笑うじゃん」
つられて笑う松田の視線の先では、ナマエが堪えきれずに吹き出している。
「だ、だって…これっ」
目尻に涙を溜めるほど笑うナマエが指差したのは、テーブルの上のティラミスだ。
しかしそれは、見た目からしてただのティラミスではなかった。
「可愛すぎる……っ」
ツボ状の器に入ったティラミスには、土を模したココアパウダーがたっぷり敷き詰められている。器の隣に添えられているのはスコップをモチーフにしたスプーンだ。
彩りのミントがよりいっそう"地面っぽさ"を演出していて、一見してティラミスとはわからないほどのクオリティである。
そしてそんなティラミスの中心に埋まっているのが、彼女の弟であるイルミ=ゾルディックだ。
「さっきからイルミとずっと目が合ってるの…ふふっ」
ナマエは弟の埋まるティラミスになかなか手を付けられず、先程からずっと笑いが止まらない。
「当分食べられねぇな、こりゃ」
「だって可愛いんだもんー」
ナマエと松田は、以前松田が誘ったゾルディック家のコラボカフェに来ていた。
やたら容姿の整った長身の男女は控えめに言ってもかなり目立っているが、良くも悪くも人目を気にしない二人は至ってマイペースに楽しんでいる。
「陣平のそれも可愛い」
「これな。これも食べづれーわ…」
松田の目の前にあるのは、アルカのもう一つの人格であるナニカの顔を模したハンバーガーだ。
目を伏せてシュンとした表情は、今にも「あい」という悲しげな返事が聞こえてきそうである。
「あ、そうだ。ナマエ、そのティラミスこっちに向けて持って」
「ん?こう?」
ナマエはイルミが松田を向くよう、ツボを持ち上げた。
「そうそう。そのまま顔の横に」
「こうかな」
「お、いいね」
そう言って松田はスマートフォンを構え、パシャパシャと写真を撮る。
「次こっち」
「えーと、これはこう?」
「そうそう」
手渡されたナニカバーガーの皿を、ナマエは少し斜めにしながら顔の下に構えた。
松田は角度を変えながら大量の写真を撮り、皿を受け取りながら「オッケー」とご満悦だ。
「つーか写真撮られ慣れてるな?」
「ミルキによく撮られてたし」
「ああ、コスプレな…」
ナマエは実家に帰るとその都度ミルキに捕まってはコスプレをさせられていた。
なんでも言うことを聞くのは教育に悪いからとお小遣い程度の報酬をもらうようにはしていたが、その額一回二千万ジェニーである。
「ゾルディックって顔写真一枚一億だっけ?」
「懸賞金?漫画に書いてあったね。私は知らなかったけど」
「俺今何億分撮った?」
「ふふっ、わかんない」
松田はニヤニヤと悪い笑顔を浮かべながらカメラロールを確認している。
「それどうするの?」
「あ?後で送るに決まってんだろ」
誰に?と聞くと、松田は笑みを深めた。
「家政夫やめて会う頻度減っちまったヤツと、気になる女と堂々と出かけることもできない立場のヤツ」
前者はおそらく諸伏だろう。彼はいつの間にか自分を助けた同期の正体に辿り着いていたらしい。
しかしナマエには、後者が誰なのかは見当もつかなかった。
「まーどっちもアドレス変わってなかったらの話だけど。あ、一人は送れなくても見せに行けるか」
ずいぶんと楽しそうな松田に、ナマエはきょとんとした表情で首を傾げた。
***
「コースターはさすがに揃わなかったね」
「俺腹タプタプ。もう飲めない」
駅に向かって歩きながら、松田がドリンクで膨れた腹をさする。
すると二人が歩く歩道脇の路側帯に、黒塗りのセダンが静かに停まった。
「うわ、すげぇ車」
ナマエは詳しくないが、どうやら高級車らしい。
松田の声に応えるようにして後部座席のパワーウインドウが下がり、そこから見知った顔が現れる。
「やっぱりナマエさんじゃない!」
「……園子ちゃん?」
ぱちりと目を瞬かせて、ナマエは足を止めた。
「後ろ姿でもしかしたらって思ったのよね」
園子の奥には蘭とコナンも乗っていて、簡単に挨拶を交わす。
「そちらのイケメンは……もしかしてナマエさんの彼氏!?」
「ううん、違うけど」
気だるげに立つ松田に園子のキラキラとした視線が向くが、ナマエは即座に否定した。
なーんだ、とつまらなそうに彼女は呟く。次に口を開いたのは蘭だ。
「あの、私達今空港に向かってるところなんです。園子の彼氏が帰国するので、その迎えに」
「へえ、そうなんだ」
なんでも高校生ながら日本国内には敵なしの空手家で、海外で武者修行中らしい。今回は久しぶりに園子に会うため、大会と大会の合間に帰国するのだとか。
「園子ちゃんの彼氏なら、きっと素敵な人なんだろうね」
そう言って微笑んだナマエに、園子がパァッと顔を明るくする。
「もー本当にカッコよくてー!」
「あ、園子!そろそろ飛行機が着く頃だよ」
「やだ急がなきゃっ、よかったらあとでポアロに紹介しに行くんで!先に行って待っててくださーい!」
よっぽど自慢の彼氏らしく、上機嫌な園子は発進する車の中からニコニコと手を振った。
そして車が見えなくなったところで、ナマエは松田に向き直る。
「…ポアロで待っててだって」
「カフェから喫茶店って……苦行かよ」
そう言って松田は水分でタプタプの腹を苦しそうに撫でた。それでも付き合ってくれる辺り、面倒見のいい男である。
***
ポアロに着くと、店内に他の客の姿はなかった。二人はすっかり定位置になった奥のテーブル席で園子を待つ。
カフェの戦利品であるコースターを安室に見せると、彼は「懐かしいな」とそれを手に取って眺めた。
「イルミがティラミスに埋まってて……ふふっ、ね、陣平」
「お前はイルミ引っこ抜くだけで食べれたけど、俺はナニカにかぶりついたんだぞ。ちょっと辛かったわ」
「やめて、笑いが止まらない」
思い出し笑いで肩を震わせるナマエに、安室が苦笑する。
「相当楽しかったようで…何よりです」
「おー。安室サンも見る?」
そう言って松田がスマートフォンを取り出したところで、店のドアベルがチリンと軽い音を立てた。
「いらっしゃいませ。ああ、園子さん。お待ちしてました」
来店したのは園子だ。その後に蘭とコナンが続き、最後に園子の彼氏と思しき青年が入ってきた。
服の上からでもわかる筋骨隆々とした体に、色黒の肌。眼鏡の奥の眼差しは穏やかだが、確かに隙のなさそうな佇まいである。
「あっ、ナマエさん!真さん連れてきたわよー!」
嬉しそうに頬を桃色に染めた園子が、手を振りながら駆け寄ってくる。
ナマエはソファから立ち上がり、テーブルの前にまで歩み出た。その姿を見ていた園子の彼氏が、なぜかハッとしたように目を見開くのがわかる。
「? ナマエです。よろしくね」
「あ、はい!自分は京極真と申します」
ピシッと姿勢を正した京極が、お手本のようなお辞儀をする。
ナマエはその流れでテーブルに行儀悪く肘をついて見守っている松田も紹介した。「どーも」とだけ言う彼は相変わらず愛想がない。
「あの……ナマエさん。無礼を承知で申し上げますが」
「はい?」
おもむろに眼鏡を外した京極が、真剣な面持ちでナマエに声をかけた。
そのただならぬ様子にその場の全員が彼に注目する。
「その無駄のない足運びと音一つ立てぬ歩法、そして一切隙がない佇まいに、一見してそれを感じさせない余裕……さぞかし名のある方とお見受けいたします」
「ん?」
首を傾げるナマエに構わず、京極は続けた。
「ぜひ一度、自分とお手合わせ願えませんでしょうか!」
そう言ってバッと音が出そうなほど勢いよく頭を下げた彼に、一瞬その場が静まり返る。
沈黙を破ったのは京極の彼女である園子だった。
「…ちょっ、真さん!?何言ってるのよ!」
「日本国内にまだこのような方がいたとは……この出会いに感謝します」
「きょ、京極さん……?」
蘭たちが呆気に取られる中、松田は可笑しそうに笑っている。
「いいじゃねーか。やってやれよ、ナマエ」
「えー」
道場破りのような輩はあちらでもいたが、大体は試しの門より前で守衛に止められるし、無理に入ればミケの餌になる。門を越えられても執事に負けて終わるというのがセオリーだった。
だからそもそも家族はそんな輩が来ていることすら知らないし、ナマエも執事や使用人からたまたま聞いて知ったレベルだ。
つまりナマエは腕試しを目的とする人間と戦ったことがないので、上手く手加減できるか自信がなかった。
「怪我させたら大変だしなあ」
「!?」
困ったように眉尻を下げたナマエに、彼女の正体を知らない面々が衝撃を受けたような表情を浮かべる。
「な、何言ってるのよナマエさん、真さんは空手の公式戦400戦無敗……蹴撃の貴公子よ!?」
「そうですよナマエさん、危ないです!」
「ボクは見てみたいなー!ナマエさんが京極さんと戦うところ!」
しれっと煽ったコナンを、園子が「コラァガキんちょ!」と叱り飛ばす。
騒然とする外野に、ナマエは助けを求めるように安室を見た。その視線に気付いた彼は、うーんと考え込むように顎に手を当てる。
「僕はナマエさんが危ないことするのはあんまり見たくないですが……」
「じゃあやめときます」
あっさりそれに乗ったナマエを見て、松田が「待て待て」と止めに入る。
そして彼は席を立つと、馴れ馴れしく安室の肩を抱いた。
「まー安室さん、まずはこれを見ろって」
「え?」
そう言って松田が取り出したのはスマートフォンだ。その画面を安室に向けると、それを見た安室がハッと目を丸くする。
「な、これ欲しくねぇ?」
ニヤッと悪人面で笑いかける松田に、安室は数秒沈黙してからナマエに笑顔を向けた。
「ナマエさん」
「は、はい?」
「僕もやっぱり、あなたの格好いいところが見てみたいです」
にっこりと完璧な笑顔を浮かべる安室の向こうに、意地悪く笑う松田の顔が見える。
それはあからさまな闇取引が成立した瞬間だった。
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