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『今回の事件、安室さん達は単独犯と見てるの?同時刻に二ヶ所で殺されたケースもあったよね』
『そもそも遺体の損傷が激しすぎて死亡推定時刻が当てにならないんだよなー』
『ナマエさんに二体の遺体を見てもらったところ、「同じ個体の犯行で間違いない」ということでね。単独犯の根拠はそれだけだよ』
耳元で彼らが話す声を聞きながら、ナマエはエッジオブオーシャンへと向かう。付近は車通りもなく、交通規制が上手くいっていることがわかる。
『個体によって能力が違うから、同時刻の犯行が不可能とも言い切れない。それに階級によってもかなりの能力差があるんだ』
『ちなみにナマエの弟のキルアが瞬殺したのが兵隊長、その上が師団長な。兵隊長レベルだったらいいんだけど』
『この、ネフェルピトー……とかシャウアプフ?の可能性は?』
『あーその辺は王直属の護衛軍な。ネテロ会長より強いかもっていう』
「それは多分ないよ」
割って入ったナマエの声に、車にいる面々が沈黙して彼女の言葉を待つ。ナマエは漫画で見た描写を思い浮かべながら言葉を続けた。
「それってカイトを殺した奴でしょう?そこまでの圧は感じない。ただ、わりと手強そうではあるけどね」
『えぇ、マジか……』
苦々しげに呟く諸伏にナマエが笑う。
「ふふ、そもそも相性もあるし、念能力で序列や強弱を考えること自体難しいから。まあ油断せずにいくよ」
いつものトーンでそう話すナマエの視界には、結局カプセル落下の一件から使われないままのカジノタワーとショッピングモールが見えてきていた。
爆破された国際会議場は解体され、更地となっているはずだ。そこなら思う存分戦える。
ナマエの足は自然とスピードを増し、やがてそこに降り立った。
***
国際会議場跡地に立ったナマエの正面に、少し距離を取ってそれが降り立つ。
服装はコナンやナマエが目撃した通りだが、走りにくかったのかサイズの合わないスニーカーはもう履かれていない。
肌はつるりとして茶色く、長い指の先が少し丸みを帯びたその形状はナマエにも見覚えがあった。
「……トカゲ?」
それは答えない。
ナマエも仕事中に無駄口を叩くタイプではないが、今は可能な限り安室たちに情報を伝えなくては。
「私はナマエ=ゾルディック。あなたは?」
彼女が名乗ると、それがピクリとわずかな反応を見せた。
「ゾルディック…?聞き覚えがあるな……」
「そう?一応暗殺一家なんだけど」
人間だった頃の記憶を持つ個体もいるようだし、もしかしたら生前に関わりがあったのかもしれない。
「暗殺者か…ここはさぞ物足りないだろう」
「ん?」
「ここは屑肉ばかりだ。殺しても殺しても何も得られず、何も満たされない」
低く呟くような声に、ナマエは呆れたように返す。
「快楽殺人者じゃあるまいし…こっちでは一人も殺してないよ」
ナマエの言葉に、耳元から安堵するようなため息が聞こえた気がした。
彼女がすでに殺人を犯したかどうか気にしていた者もいるのだろう。
「なんと、つまらない女よ」
「それはどうも。それであなたは?」
「私はシャウアプフ様より力を授かりし師団長の一人。レアモノの"食い合わせ"が悪かったのか、運悪くこんなところへ飛ばされてしまった……早々に王の元へと帰還せねばならない」
名前こそわからなかったものの、想定する限りでは最も高い階級であることがわかった。
「残念だけど……」
ナマエは両手にダガーナイフを三本ずつ具現化する。
「私も帰り方は知らないよ」
それを手首のスナップだけで投擲すると、男はそれらを長い指で難なく受け止める。しかし時間差で投げていた七本目が男のパーカーのフードを切り裂いた。
その勢いで滑り落ちたフードの下から、手足と同じく茶色い肌と、ぎょろりとした大きな両目が露わになる。
「ふむ、それは食ってから考えよう」
トカゲ男が六本のダガーナイフを投げ返してくるが、それらはナマエに届く前に掻き消える。それを追いかけるようにして跳躍してきた男と、軽く体を捻って避けたナマエが目にも止まらぬ速さで交差した。
『ナマエさん!』
安室がナマエを呼ぶのと同じタイミングで、彼女の二の腕から赤い血がプシッと噴き出す。振り向いた男の口にはコートごと食い破られた肉が咥えられていた。
一方のナマエの両手には、肩口から千切り取った二本の腕が握られている。
「んぐ、速いな」
男は動じた様子もなく布と肉を丸呑みした。そしてその口元がニッと弧を描くのを見て、コナンが叫ぶ。
『ナマエさん、腕を捨てて!』
瞬時に腕を放り投げたナマエの視線の先で、宙空を舞う腕がミチミチと膨張して二体のトカゲ男を形作るのが見えた。
本体より一回り小さいそれが、空中で一回転してから難なく着地する。
服は再生できないらしく二足歩行のトカゲ姿が露になっていて、体の後ろにはコナンが予測した通りの長い尻尾が揺れていた。
『なるほど、再生…それから増殖か』
そして本体もまた、失った二本の腕を再生させた。
「肉を切らせて骨を断ったつもりだったか?」
「ん、切らせ損だったね」
こちらは腕を負傷し、あちらは三体に増えただけだ。
「これ、イルミからのプレゼントだったのになぁ」
無残に食い破られてしまったコートを脱ぎ、地面へと放る。穴あきの血まみれでは修繕して着るのも難しいだろう。
「お前の肉、今までのどんなレアモノよりも旨いな」
トカゲ男は口元から涎を滴らせ、血の付いた唇を長い舌で舐め上げた。
「それはどうも」
ナマエは表情を変えずに目の前の三体を見つめる。
『増殖モノの対策って、やっぱり本体を殺すとか核となる臓器を破壊するとかかな』
『その過程でさらに増殖させたら目も当てられないぞ』
『ナマエさん、パーツを増やさずに殺すことって可能かな?』
耳元で三人の考察が続くが、なにげに最後に聞こえたコナンの提案が一番えげつない。それを聞いたナマエの口元が弧を描いた。
「全部試してみよっか」
先程のやりとりで、すでに相手の動きそのものは脅威でないことがわかっている。ナマエは刃渡り20センチほどのコンバットナイフを具現化した。
まずは分身一体に肉薄し、向けられた爪をいなしながらその顔面をナイフで貫く。即座に抜いて逆手に持ち替えると、背後で腕を振り上げている二体目の顔面を同様に貫いた。
倒れ込む一体目の背後から現れたのは、大口を開けた本体だ。耳元まで裂けた口がナマエの頭部に迫ったところで、抜いたコンバットナイフを順手に持ち替えて顎下から突き刺す。
串刺しになったトカゲ男の口が強制的に閉じられ、突きの勢いで喉元が見えるほどに仰け反らせられる。
ナマエはその横をするりとすり抜けるが、その左手にはすでに本体の心臓を手にしていた。そしてトカゲ男が振り向くより早く、それを勢いよく握り潰す。
心臓が四散するのを見届けてから汚れた左手をぷらぷらと振ると、一拍遅れて三体がドシャリと地に伏した。
『す……すげぇ…』
『ウッ……』
感心したように呟く諸伏の声と、弱々しく呻く男の声が聞こえてくる。後者はおそらく風見とかいう男だろう。
ナマエは具現化していたナイフを消し、相手のオーラが消えたことを確認しようと、トカゲ男の亡骸に向かって"凝"をする。
「……あ」
『ナマエさん?どうかした?』
ナマエが咄嗟に後方へと跳躍すると、ブーツの靴先がわずかに削り取られた。
『え!?』
『まさか……』
カメラにも削られた破片が舞うのが映っていたのだろう。耳元で驚きの声が上がる。
「うん、生きてるね」
どうやら抜かれた心臓すら再生するらしい。
素早く腕を振り上げて靴先を削り取ってみせた本体がゆらりと体を起こすと、二体の分身もそれに続いた。
「あ」
さらに視界の端でもぞりと動くものがあり、それを見たナマエが思わず呟く。
四散したはずの心臓の欠片―――もはや肉片としか呼べないそれすらも動き出し、ミチミチと膨らんで小さな分身を作り出した。
『げっ、マジか』
『どれだけ細かく分かれようと意味なしか…それとも核は心臓以外の臓器なのか?』
『脳とか?』
三人の声を聞きながら、ナマエの目線はトカゲ男本体の表情を捉えていた。
ギラリと血走る目に浮かぶのは、怒りと興奮、そして―――喜びだ。
「ますます食らいたくなったぞ、お前の全てを……!」
地を這うような低い声で言って、その場にいる全ての個体が飛び掛かってくる。
耳元から心配するような声がいくつも重なって聞こえるが、一つ一つに答えている余裕はない。
ナマエは分身の四肢を折り、小さなトカゲを踏み潰し、本体の攻撃を避け続ける。
踏み潰された小さなトカゲがまたさらに小さなトカゲを量産するが、そこまで小さくなってしまえばいてもいなくても変わらない。
『この調子で全部ミンチにしちゃうのは?』
相変わらずえげつないことを提案するのはコナンだ。
しかし名案かもしれないと大人たちが考えたところで、小さなトカゲたちが突然集まり始めた。
『……まさか、合体もできたりしてな』
半ば引き気味に言う諸伏だったが、そのまさかだった。
トカゲとトカゲがぶつかり合い、不快な音を立てながら一つの大きな肉塊になったかと思うと、ミチミチと膨らんで一つの分身を形作る。
『この、最後に膨らむやつ卑怯だろ!』
『質量保存の法則とかはもう考えない方がいいんだろうな…』
結果的に四体の攻撃を避け続ける羽目になったナマエは、集中を切らさないようにしながらも面倒臭そうに息を吐いた。これはきりがない。
『ヒロさん、ナマエさんの能力ってどんなのがあるの?』
『えーと、基礎と応用以外だと声を変えたり、電子機器を無力化したりとか。あとはオーラに熱を加えられるらしいけど…』
一撃必殺、みたいなのは聞いたことない。
そう続ける諸伏の声を聞きながら、ナマエは分身の顔面に叩き込んだ前蹴りの勢いを利用して後方に宙返りをし、他の分身の顔面に両足で着地しながら即座に跳躍した。
前宙後に三体目の分身の後頭部を踵で叩き、着地ついでに具現化した二本のククリナイフの峰で本体が伸ばしてきた両腕を折る。
「一撃必殺っていうか……」
『え?』
振り向きざまにククリナイフの腹で背後に迫った分身の顔面を叩き潰し、胸元とそこを順に踏みしめながら跳躍して距離を取った。
「やりようはあるけど、後始末がものすごく面倒で」
思い浮かべるのは、なんでそんな"発"作ったの?とイルミにもツッコまれた技だ。
元来の面倒臭がりが高じて少しでも楽をしようと作った一対多用の技なのに、後始末がさらに面倒であまり使い道がなかった。
『ナマエさん、後のことは僕たちがどうとでもしますから』
安室の声に、ナマエは思わず目を瞬かせる。
『後始末はこちらに任せて、あなたの思うようにやってください』
言い聞かせるようなその口調に、ナマエの頬が緩んだ。彼らがこの世界で最も頼りになる男たちだということを忘れていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言ってナマエは、最大範囲で"円"を展開した。
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