53-Epilogue
『降谷さん!』
現場に突入した風見から、焦ったような通信が入る。
「どうした」
『あ、あの……中の人間が全員眠るように気絶しています。すでに拘束済みで、なおかつ手錠がかけやすいよう、両手が前で束ねられています』
チッと大きめの舌打ちをして、降谷は車のシフトレバーを掴んだ。
「悪いがこのまま直帰する。後は頼んだ」
『えっ、降谷さん?』
外したインカムから『またですかー!?』と叫ぶ声が聞こえるが、降谷はそれに構わずアクセルを踏み込んだ。
制限速度ギリギリで首都高を疾走し、自宅へと向かう。そして駐車場に切り返しなしで車を収めると、エレベーターを待たずに階段を駆け上がった。
念のため彼女の"円"の範囲外で髪とスーツを整え、そこからは歩いて向かう。
玄関のドアを静かに開けると、足元には見慣れたショートブーツが揃えられていた。
「さすが、素早いな」
呟きながら中に入れば、彼女の話し声が聞こえてくる。
「…ん、うん。そうそう、パンドラ。可能性は高いと思うよ。一回狙ってみたら?」
誰かと電話していたナマエが、帰宅した降谷を見て柔らかく微笑んだ。
「うん、じゃあ気をつけてね。はーい」
電話を終え、スマートフォン片手に「おかえり」と笑うナマエに降谷も「ただいま」と笑い返す。
「行ったはいいがほとんど解決してて、出番がなかった」
「へえ、よかったね。ご飯できてるよ」
「今日は何作ったんだ?」
「ロールキャベツ。ヒロがレシピ送ってくれたの」
キッチンを覗き込むと、形よく包まれたロールキャベツが鍋の中でコトコトと煮込まれている。
「煮込み中に外出とは、感心しないな」
「何が?」
微笑んだまま首を傾げるナマエに、降谷は諦めて苦笑した。
組織を壊滅させて以降、また他の男を頼られてはたまらないと、降谷は鈴のお願い事を撤回した。
しかし彼女を介入させたくないという気持ちに変わりはない。それは彼女にも伝えているのだが、どうやらあの一件で「バレなければいい」という考えがすっかり根付いてしまったらしい。
誰の入れ知恵だと思ったところで、思い浮かぶのはニット帽と眼鏡くらいだった。全く、余計なことを吹き込んでくれたものだ。
「ねえ、零」
「どうした?」
「また大きな犯罪組織が出てきたって聞いたんだけど」
鍋の火を止めながら話すナマエに、降谷は呆れたようにため息をついた。
「ヒロか」
「ふふ、うん」
「あいつも普段は口が堅いのに、ナマエにはユルユルだな。説教しないと」
「だめ」
「…まいったな、君のヒロ贔屓にも」
そんなことないのに、とナマエが笑う。
「…それでね、零」
「ん?」
「手は足りてる?」
「ああ、足りてる。だから心配いらないよ」
「ふーん、そっか」
目を細めていたずらっぽく微笑んだナマエが、「応援してるね」と続けた。これには降谷も苦笑するしかない。
仕方なく、降谷は食器を準備しようとしたナマエを制し、壁に両手をついてその場に縫い止めた。
「ナマエ。僕はちゃんと、君を恋人扱いしたいんだ」
「……してくれてるよ」
だいぶ慣れてきたナマエだが、まだ照れはあるようで目尻が赤く染まる。
「誰よりも幸せにしたい」
「も、もう幸せ、です」
「世界中の誰よりもだ」
「うっ……もう充分だってば」
「そうか?まだまだ伝わっていない気がする。僕は君を利用したいんじゃなくて、ただ一緒にいたいだけなんだけど……」
顔を近づけながら畳み掛けるように言うと、ナマエは観念したように「わかった!わかったから!」と叫んだ。
すっかり紅潮した顔を眺めながら、降谷が満足そうに笑う。
それでも彼女がこんなことで引き下がるタマじゃないということも、彼にはもちろんわかっていた。
(目を光らせていないとな)
―――意地でも協力者にしたくない彼と、暗躍体質の彼女の戦いは、これからも続く。
*2020.10.31 完結
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