番外編:松田IF
※本編42話のコラボカフェ後
※安室×主人公要素なし


「そちらのイケメンは……もしかしてナマエさんの彼氏!?」
「ううん、違うけど」

気だるげに立つ松田に園子のキラキラとした視線が向くが、ナマエは即座に否定した。
なーんだ、とつまらなそうに彼女は呟く。

黒塗りの高級車に乗る園子と蘭、コナンの三人は、これから園子の彼氏を迎えに空港へ行くところらしい。
なんでも高校生ながらに日本国内には敵なしの空手家で、今はもっぱら海外で武者修行中なんだそうだ。

「よかったらあとでポアロに紹介しに行くんで!先に行って待っててくださーい!」

そう言い残した園子を乗せた車が、空港に向かって走り去っていく。
それを見送ったナマエと松田は、仕方なく彼女の言う通りにポアロへと向かうことにした。

「あーちょっと待って、一服させて」

喫茶店ハシゴするならその前にニコチン補給したい、と松田が情けない声を上げる。
禁煙店から禁煙店へのハシゴはヘビースモーカーとして堪えるものがあるのだろう。二人は一度コンビニに寄ることにした。

店外に備え付けられたスタンド灰皿の傍らに立ち、松田が紫煙を燻らせる。

「あー……生き返る」

目を細めて煙を追いながら、松田は絞り出すように呟いた。

「美味しいの?煙草って」
「いや別に美味いもんじゃねーけど。吸ったことない?」

うん、とナマエが頷く。
家族も誰一人として吸わないし、ナマエ自身特に吸いたいと思うこともなかった。

「美味しくないのに吸うんだ」
「そりゃもう、習慣つーか」
「ふーん」

そんなものか、と納得する。

(私が毒飲むのと似たようなものかな)

ちょっと違う気もするが、まあいいか。
待っている間特にすることもないナマエは、空に上っていく煙をぼんやりと眺めた。

「吸ってみるか、ナマエちゃん」

その声に目をやると、いたずらっぽく笑った松田が、まだ数回吸っただけの煙草のフィルターをナマエに向けていた。
それを見たナマエは、特に抵抗せず顔を上向けて口を少し開ける。すると瞬きほどの一瞬、松田が動きを止めた。

「陣平?」
「……いや?ほら、吸ってみ」

差し出されたフィルターをぱくりと咥え、すうっと煙を吸いこんだ。
あっという間に口内を満たしたそれを、特に味わうこともなく呼気と共に全て吐き出す。

「………変な味」

思った以上に形容しがたい味だった。美味しいとか不味いとか、そういう次元の話ではない気がする。
これを吸わずにはいられないなんて、彼は正しく中毒なのだろう。

「初回で咳き込まないだけ上出来だな」

ふっと笑った松田が再びそれを吸い、慣れたように吐き出してからナマエに顔を向ける。

「陣、」

近づいてくる顔に呼びかけるより早く、唇に冷たいものが触れる。秋の空気に冷えたそれは、ほんの一瞬触れ合った後、啄むように食んでから離れていった。

「ふ、可愛い」

いつもより近い距離で、整った顔が柔らかく緩む。

「……え?」

体勢を戻してまた煙草を吸い始めた松田を、ナマエは目を丸くして見つめていた。
ほんの一瞬の出来事だったが、気のせいで済ませてしまってはいけない気がする。

「陣平?」
「ん?」
「ん、じゃない。今の何?」

横目でこちらを窺う松田はどこか上機嫌に見える。

「キスした」

しれっと答える松田に、ナマエは頬がぶわっと熱を持つのを感じた。言葉にされたせいで、脳がはっきりと認識してしまった。
それを見た松田が「おっ」と嬉しそうに笑う。

「そういう可愛い顔されると男はまたしたくなるからな」
「………!?」

言葉を失うナマエに、松田がプッと吹き出した。からかわれているのはわかるのに、巡ったばかりの熱はそう簡単には引いてくれそうもない。
こういう時、どういう反応を返すのが正解なのか。考えても脳内がぐるぐると混乱するだけだった。

すると松田が思い出したように話を変える。

「そうそう、次また彼氏かって聞かれたら、今度はそうですって答えろよ」
「え?」

な、と笑いかける松田の表情があまりに優しく見えて、ナマエは思わず赤い顔のまま目を瞬かせた。

「なんで?」
「俺が嬉しいから」

どういう意味かと聞き返す前に、大きな手で頭をぐりぐりと撫でられる。
ナマエは強制的に下に向けられた視線をうろうろさまよわせ、なんとか次の言葉を絞り出した。

「……私の気持ちは?」
「そんなの、とっくにわかってる」

ふっと吐息混じりの笑いが頭上から聞こえて、そこに含まれた甘さに胸がざわつくのを感じる。
いつから気付かれていたのだろう。反論を諦めたナマエはぎゅっと目を閉じ、顔の熱をやり過ごした。

しばらくして頭を撫でていた手がすっと離れていき、灰皿に吸い殻が落ちるのが視界の端に見える。

「よーし、ポアロ行くか」

何事もなかったかのように明るく言う松田に、ナマエはバッと顔を上げた。

「い、行けるわけない」

こんな顔で。
眉根を寄せて抗議すると、松田は意地の悪い笑みでナマエを見た。

「大丈夫大丈夫、めっちゃ可愛いから」
「……!」

―――誰かこの男をどうにかして。
恋愛偏差値ゼロのナマエでは、いつまで経っても目の前の男には敵いそうになかった。


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