※長編「月冴える」番外編
※時間軸不明



 某空港の敷地内、誰でも入ることができる制限エリア外にその施設はあった。施設内に所狭しと並ぶのは多種多様なアニメやゲームのグッズ類。国民的ロボットアニメの巨大フィギュアが客を呼び込み、人々は各作品のポップアップコーナーへと吸い寄せられていく。
 カメラを構えたキー局ディレクターが狙うのは、見るからに日本のサブカルチャーを楽しんでいる様子の外国人達だ。「何をしに日本へ?」と問えば、皆口を揃えて「ここに来たかった。日本のアニメが好きなんだ」と笑顔で答える。
 そんなディレクターが次にカメラを向けたのは、1998年の連載開始から人気が衰えることを知らない「HUNTER×HUNTER」のポップアップコーナーだ。休載中も事あるごとに話題となる少年漫画で、コーナーにはその人気を裏付けるように多くの外国人が詰めかけている。

「お姉さん、こんにちはー」

 目ぼしい外国人に片っ端から取材した後、彼が声をかけたのは大きめのキャリーケースを引く長身の女性だった。艶やかな黒髪に同色の瞳。色彩は日本人らしいそれだが、その体形も美貌も纏う雰囲気も、どこか日本人離れしているように思えたのだ。

「こんにちは」

 穏やかに微笑む女性の傍らには、ふわふわとした無造作ヘアを携えたこれまた長身の男前がいる。どう見ても日本人である彼の存在によって女性も日本人である可能性が高まるが、もしそうだったとしてもカットすればいいだけの話。まずは話を聞こうとマイクを向ける。

「ちょっとお話聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ご出身はどちらですか?」
「ああ、えっと……」

 女性が口ごもる。それは突然の質問に困惑しているというより、なんと答えようか思案しているように見えた。
 すると隣の男性が悪戯っぽく笑い、なにやら女性に耳打ちする。

「……いいの?」
「いいから言ってみろって」

 そう促された女性がディレクターに向き直った。

「パドキアです」
「…………えっ?」

 反応が遅れたところに彼女が「出身の話ですけど」と追い打ちをかける。
 パドキア―――パドキア共和国。女性がいるのがHUNTER×HUNTERコーナーであるのも相まってすぐにわかった。作中に登場する架空の国だ。もしかして見かけによらず不思議ちゃんなのだろうか。

「ああ、はは……なるほど。日本語お上手ですね」
「どうも」

 ふ、と微笑むその容貌は文句のつけようがなく美しい。ハンターオタクの不思議ちゃんでも撮れ高があるからいい気がしてきた。

「今回は観光ですか?」

 女性の隣に置かれたキャリーケースにカメラが向く。

「いえ、今は日本に住んでて。これは買い物用です」

 まだ空っぽなの、と女性は続けた。

「へえ〜、気合い入ってますね!お目当てはやっぱりHUNTER×HUNTERのグッズですか?」
「ええ、まあ」
「推しは誰ですか?」
「推し?」

 聞き慣れない単語だったのか、女性が首を傾げる。隣の男性が「好きなキャラクター」と教えてやると、納得したように「ああ」と頷いた。

「ゾルディック家のみんなです」

 そう答える女性の笑顔は、それまで以上に柔らかい。

「なるほど、暗殺一家ファンですか。それならこの裏にぬいぐるみとかアクリルスタンドもありましたよ」

 今日一日で施設内を網羅したディレクターが教えてやれば、女性の黒い瞳が微かに輝いたように見えた。

「ありがとうございます」
「買い物の様子、撮らせてもらってもいいですか?」
「どうぞ」

 取材を快諾してくれた女性についていく。
 彼女はディレクターが教えた方向に行くと、ゾルディック家のぬいを見つけて今度こそわかりやすく目を輝かせた。

「見て見て、陣平。ミルキもいる」
「お、可愛くなってんじゃねーか」
「アルカも可愛い」
「アルカは元々可愛い担当だしな」
「ふふ、確かに」

 近くに詰まれていた買い物カゴを手に取って、優しい手つきでぬいをカゴに収めていく。どうやらゾルディック家のぬいを全て購入するつもりらしい。

「イルミとキルアだけ衣装違いもあるね」
「そりゃ人気キャラだからだろ」
「そっか、嬉しいな」

 なぜかイルミとキルアが人気キャラであることを喜んだ女性が、これまたなぜか売られているギタラクルのぬいをカゴに入れる。

「え、それも買うんですか?」

 ディレクターは思わず問いかけていた。すると女性は不思議そうに首を傾げながら、「これもイルミなので」と当然のことのように答える。それはそうなのだが、売り場のフックから落ちそうなほど売れ残っているギタラクルのぬいを買う人間がいるとは思わなかった。顔中に針が刺さったそれはデフォルメされようとも不気味さが拭えない。

「ゾルディック家、本当に好きなんですね」

 感心するような呟きに、女性は一度ゆっくり瞬いてから緩やかに微笑んだ。冷たささえ感じる美貌に確かな慈愛が満ちている。

「……はい、大好きです」

 それはきっと、その日一番の撮れ高だった。




***




「動画は以上です」

 駐車場に停めた白いRX-7の助手席で、風見が運転席の降谷に向かってそう告げた。

「編集前のものを押さえられたのは幸いでした」
「ああ、松田が教えてくれたおかげだよ」

 降谷は役目を終えたタブレットを風見に返しながら、松田からのメールを思い出していた。面白いものが見れるぜ、とはこのことだったか。

「それはそうと、その動画なんだが……」
「はい」
「彼女の部分だけトリミングして焼いてくれるか」

 上司からの突然の要望に風見が顔色を変えることはない。

「すぐに手配します。元動画は破棄で?」
「ああ、よろしく頼むよ」

 相変わらず優秀な部下である。降谷は満足げに頷いた。

(ヒロにも見せてやろう)

 彼女へのキャラ萌え全開のあの男のことだ。家族への愛に溢れた微笑みに「尊い」と胸を押さえるに違いない。
 降谷は思い浮かんだ光景に頬を緩め、仕事に戻るべく愛車のエンジンを唸らせた。



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