09


馴染みの宝石店を出たナマエは、真上から燦燦と照りつける太陽に目を細めた。
青い空には雲一つ見当たらない。真夏のうだるような暑さにも一滴の汗すら流さないナマエでさえ、纏わりつくような熱気は苦手だった。

自宅へと向かう道すがら、ナマエは通りかかったコンビニのポスターに目を留めた。

(……一、…くじ?)

ひらがなとカタカナはマスターしたが、漢字はまだ苦手だ。二番目の文字は読めなかった。
どうやらそのコンビニではくじ引きを実施しているらしく、ポスターには対象作品のキャラクターが描かれている。

(あ、キルアがいる)

そしてその傍らには、ジンの息子だという少年の姿もあった。中央に描かれている中世的な容貌の人物は知らないが、間違いなくこれは「ハンターハンター」のくじだろう。

ナマエはふらっとコンビニに入り、店員にくじ引きの仕方を聞いた。
とりあえず三回やってみることにして、料金を支払ってから箱に手を入れる。

(C賞がほしいな)

C賞のちびキャラとかいう小さなフィギュアに、キルアとイルミがラインナップされていたのだ。
三枚連続でくじを引き、店員の指示でそれをめくる。

「おめでとうございますー!A賞と、E賞二つです!」

目当てのC賞ではなかった。それを若干残念に思いつつも、景品棚から景品を三つ選んで受け取る。

「……これ、誰だろう」

A賞は鎖のついた右手を前方に差し出しているキャラクターのフィギュアだった。カタカナで書かれたキャラクター名を読み上げようとして、不意に隣から声がかかった。

「クラピカ知らねーの?」
「え?」
「せっかくA賞当たったのに知らないとかもったいねーな」

隣からナマエの手元を覗き込んでいたのは、見知らぬ黒髪の少年だ。年齢はキルアより少し上くらいだろうか。

「えっと、クラピカ?」
「そうそう、今回の一番くじのメイン。ラストワンはクラピカの緋の目バージョンなんだぜ」

ほら、と少年が景品棚に貼られたポスターを指差す。

「緋の目……ああ、クルタ族か」
「えっ、クラピカ知らないのにクルタ族は知ってんの?変なのー」

顔をくしゃりとさせて可笑しそうに笑う少年。そこで後ろに客がいることに気付いて、二人は端に寄った。

「オレもくじ引きたいからさ、お姉さんちょっと待っててよ」
「どうして?」
「あんまり詳しくないんだろ?オレが教えてやるよ!」

そう言ってニカッと歯を見せた少年が、くじ引き用のカードを持ってレジへと向かう。ナマエは入口付近で彼を待つことにした。

「お待たせ!あっちに公園あるから行こ」

くじを引き終えた少年に連れられて向かったのは、近くの公園の東屋だ。木製のベンチがあり、屋根で日差しが遮られるのでそこまで暑くはない。

「なー見て見て、オレ結構バランスいい」

ベンチに景品を並べる少年の手元を見て、ナマエが「あ」と声を上げる。

「キルアもイルミもいる」
「え?イルミは知ってんの?」

ますます変なの、と少年が笑う。

「ゾルディックいいよな、みんなクールで淡々としてるから悪者っぽくない」
「別に悪者のつもりはないんだけど……」
「え?」
「ううん、なんでもない」

ナマエは褒められたのか褒められていないのか微妙な気分だった。

「ちなみにお姉さんは何が狙いだったの?」
「キルアとイルミ」
「えっマジで?じゃあそのクラピカとこの二つ交換する?」

思いもよらない申し出に、「いいの?」と目を瞬かせた。

「いいよいいよ、元々オレA賞狙いだし」
「うわぁ……ありがとう」

手元にやってきた弟たちのフィギュアに、ナマエが思わず頬を緩ませる。それを見た少年が声を上げて笑った。

「どうしたの?」
「いや、だってめちゃくちゃ嬉しそうに笑うんだもん。さっきまでクールなお姉さんだと思ってたのにさ」
「クール? そうかな」

自分の頬をふにふにと摘まむ。愛想がいいわけではないという自覚はあるが、果たしてこれはクールなのだろうか。

「ちなみにお姉さん、E賞は何にしたの?」
「これとこれ」

E賞はステッカーだ。ナマエはライセンス風のステッカーと、漫画のタイトルロゴのステッカーを選んでいた。
少年に見せるため手渡すと、彼はライセンス風ステッカーを眺めてにんまり笑った。

「あーわかる、ハンターライセンスって憧れるよな!」
「え、そう?」
「え、違うの?」
「適当に選んだだけだから。……いる?」
「いいの?やった!」

その興奮ぶりに、ステッカーは二枚とも彼にあげることにした。「リアル中二だからこういうの好きなんだ」というセリフの意味はよくわからなかった。

「なーお姉さん、お礼にちょっとここ見て」

そう言って彼が差し出したのは右の手のひらだ。

「なに?」
「まあ見てなって。いくぜ?ワン、ツー、スリー!」

ポンッという軽快な音とともに、彼の手のひらに小ぶりな花が現れる。

「わ……すごいね、手品?」

ナマエの目にはそれが現れる瞬間がしっかり見えていたが、それにしても手際がいい。

「へへっ、今練習中なんだ」

へー、と感心するナマエに、彼が得意げに笑う。

「君はサービス精神旺盛だね」
「反応見るのが楽しくてさー」
「じゃあ私もお返しに……」

そう言って、財布の中からある物を取り出した。

「はい。好きに見ていいよ」

それを受け取った少年が「え?」と目を白黒させる。

「なんかのグッズ? すげえ、こんなちゃんとしたの初めて見た」

彼がしげしげと眺めているのはハンターライセンスだ。もちろん本物である。

「あれ?でも裏の下三桁が287じゃない」
「287?」
「だってゴンたちが合格したハンター試験って287期だろ」
「ああ……だってグッズじゃないし、それ」

え?と再び目を瞬かせる少年の手からライセンスを抜き取る。

「じゃあ私はそろそろ行くね。これ、ありがとう」
「えっ、あ、」
「じゃあね」

少年に笑いかけて背を向けたところで、「お姉さん!」と呼び止める声がする。

「ん?」
「あの、オレ、快斗!黒羽快斗」

それが彼の名前なのだということに気付いて、ナマエは薄く微笑んだ。

「私はナマエ。カイトって、ハンターハンターのキャラクターと同じ名前だね」

ナマエの脳裏に、秘境での採掘中に何度か会った長髪の男が思い浮かぶ。
こちらのジンに少し似た容貌で、しかしその実かなり面倒見のいい男だった。

「あー……って、ナマエってキャラもいるよ。ナマエ=ゾルディック。顔は出てきてねーし、名前が出たのも一回だけだけど」
「ふうん、奇遇だね」

二人揃ってキャラクターと同じ名前とは。まあナマエに至っては本人なのだが、快斗がそれを知るはずもない。

それから改めて快斗と別れたナマエは、再び炎天下の道を歩いて自宅へと向かった。
腕に抱えた二つの箱に心なしか上機嫌な彼女は、突然の着信にも嫌な顔一つしない。

「もしもし、ジン?」
『……あ?やけに機嫌がいいな』
「ふふ、別に。なんの用でした?」

そういえばここにもキャラクターと同じ名前の男がいたな。
ナマエはつい吹き出しそうになるのを堪えて、ジンの話に相槌を打った。


prevnext

back