後日談
※山田(モブ)視点
今回の語り部となるのは、二度目の登場となるこの男―――山田である。
一度はベストセラー作家の名をほしいままにしたこの男、すっかり一発屋扱いされるようになって数年が経つ。
降谷ナマエから得た着想をもとに新作の構想を練り始めてはいるが、残念ながらまだ形にはなっていなかった。
そんな中、外で働く妻を労うために年末年始の家族旅行を計画した山田は、某人気避暑地の貸別荘で年越しをすることにした。
シーズンオフのため予約も取りやすく、周辺施設でウィンタースポーツが楽しめたり、大型のアウトレットモールの初売りに参戦できたりと冬の楽しみ方も色々だ。
貸別荘に到着してすぐ買い物に出掛けたがった妻を見送って、山田と息子は別荘の庭で雪遊びを楽しむことにした。
「あっ」
息子が声を上げたのは、小さな雪だるまが三つ目を数えた時のことだ。
その視線を追いかけると、別荘前の道を歩いていく小さな姿が見える
「お父さん。透くんだよ」
「本当だ」
雪に足跡を残しながら一歩一歩踏みしめるように歩くのは、確かに息子と同じ幼稚園に通う降谷透だった。
品のいいダッフルコートとマフラーでバッチリ防寒した姿は、整った容姿も相まってキッズモデルのようだ。
「透くん!」
嬉しそうに駆け寄る息子を山田もまた追いかける。
こちらに気づいた透は、山田の息子の名を呼んでふわりと笑った。
「こんにちは、透くん」
「こんにちは」
山田にも行儀よくお辞儀をする姿は、やはり理知的というか育ちのよさを滲ませている。
「お母さんと来たのかい?」
「お母さんと、お父さんと来ました」
「! へえ」
その言葉に山田は目を丸くして驚いた。
幼稚園の保護者も先生も見たことがないという、透の父。姿だけでなく職業もいまいち謎で、子供たちが年長となった今はもはや幻の存在と言っても過言ではないという。
「近くに泊まってるの?」
「このお隣です」
なんだって、と驚いた山田が隣の建物を窺うより早く、ザリッと雪道を踏みしめる音がした。
「こんにちは」
耳に届いた低く柔らかい声に、山田はハッと顔を上げる。
そこにいたのは真っ白な雪景色によく映える、なんとも存在感のある男前だった。
「こ、こんにちは……」
「透の父です。息子のお友達でしたか」
「はっ、はい。同じ幼稚園でして」
「それは奇遇ですね」
男前、もとい降谷が穏やかに微笑むと、灰色がかった青い瞳が柔らかく細まる。
金髪と褐色の肌は透と同じ色彩だが、眦は透のそれより柔らかく下がっていて、精悍な顔つきながらにエキゾチックな色気が漂っている。
背もかなり高く、隣に立つと山田より10cm近く上に目線が来る。
その上悲しいかな、腰の高さの違いは10cmどころではない。すらりと長い脚は例えランウェイを歩いたとしても見劣りしなそうだ。
(………どっ、どえらい男前だ……)
山田は思わず無遠慮にその容貌を観察しかけて、まだ名乗っていないことを思い出してハッとした。
「あ、すみません。僕、山田といいます」
「ああ、山田さんでしたか。妻からお噂はかねがね」
小説も当時興味深く拝読しました、と降谷が手を差し出してくる。
どうやら山田が物書きであることも、そのペンネームも伝わっているらしい。山田は恐縮しながらその手を取って握手した。
ちなみに子供たちは道の端で小さな雪だるまを量産しているようだ。
「その節は本当に、奥様にはお世話になりました」
「え?ああ…すみません。僕はお茶をしたとしか聞いていなくて。彼女が何か?」
そう言って小首を傾げた降谷―――そんな仕草すらおそろしく様になっている―――に、山田はナマエにスリから助けられたこと、それから彼女から聞いた夢の話がスランプ脱出のきっかけになりそうだということを話した。
「夢の話ですか」
「ええ、それが一本の映画のような物語で」
山田はナマエから聞いた夢の話をかいつまんで降谷に話す。
漫画の世界から飛び出してしまった暗殺者が公安の潜入捜査官と恋に落ちる、涙なしには語れない恋愛物語だ。
話し終わって目尻に浮かんだ涙を拭った山田は、降谷の反応を窺って目を丸くした。
「……そうですか。彼女がそんなことを」
それは男の山田ですら見惚れそうになるほど、穏やかで優しい微笑みだった。
「それがきっかけでスランプ脱出ということは、次回作はその設定で?」
降谷の問いかけにハッと我に返る。
「えっ、あ、はい、そのつもりで。ただ登場人物は少しいじろうと思うんですが」
「へえ。例えばどんな風に?」
「公安だと若い読者層はピンとこないかもしれないので、FBIに」
「え?」
ピン、と空気が張り詰めると同時に気温がグンと下がったような気がして、山田はぶるりと体を震わせた。
(えっ?)
今猛烈な寒気でも通り抜けただろうか?とキョロキョロ辺りを見渡すが、道の端で二桁にも及ぶミニ雪だるまを量産しながらも子供たちは平然としている。
「FBI、ですか」
地を這うような呟きに、山田はおそるおそる隣の男を見上げた。
視線を向けた先では、微笑んだままの降谷から山田にもわかるほどの威圧感が発されている。まさか先程の寒気の正体は、
「舞台がアメリカとなると、それこそ若年層には刺さりにくいのでは?」
「え」
「いっそ架空の組織でファンタジーに徹するか、日本を舞台にしてリアリティを追及するか……どちらかにした方がいいような気もしますが」
突然の提案に、山田は言葉もなく降谷を見つめる。
「それに近年は警察内部の諜報機関を創作したドラマも多いですし、公安だからイメージしにくいということはないかと」
「は、はあ……」
「おっと、失礼しました。差し出がましいことを」
頬を掻いて苦笑する降谷に、山田は「とんでもない」と首を振った。
「しばらく執筆から離れていたこともあって、その辺りの肌感覚が世間とズレていたかもしれません。参考になりました」
「そうですか。それはよかった」
山田が「ちょっと自信なかったしなぁ、もう一回練り直そう」とため息混じりに呟くのを見て、降谷は満足そうに頷いていた。
そこにミニ雪だるまの量産に飽きたらしい子供二人が駆け寄ってくる。
「お父さん、おやつ食べたい」
降谷のコートの裾を掴みながら透が言う。
「ああ、そろそろお母さんの準備も終わる頃だな。戻ろうか」
「うん」
どうやら二人が外にいたのは、ナマエがおやつを準備する間の時間潰しだったらしい。
ふと顔を上げた降谷が山田親子に向かって笑いかける。
「よければお二人も一緒にいかがですか」
「えっ、いいんですか?」
思わず聞き返した山田のズボンを掴んで、息子も「行きたい!」と目を輝かせている。
「ええ、どうぞ。お友達と一緒の方が透も嬉しいでしょうから」
そう言って微笑む降谷はやはりぐうの音も出ないほどの男前である。
山田は慌てて買い物中の妻にメールをし、降谷たちと連れ立って隣の貸別荘へと向かった。
***
「あ、山田さん。こんにちは」
「こんにちは、ナマエさん」
お邪魔します、と親子で会釈をして足を踏み入れると、同じ区画ということもあって別荘内は全く同じ間取りだった。
ダイニングでコーヒーと茶菓子をいただいた後、子供たちは早速二人で遊び始める。広い別荘は探検や追いかけっこには最適だろう。
山田はスマートフォンでそんな子供たちの様子を写真に収めつつ、たまにちらりと降谷夫妻の様子を窺っていた。
(いやあ……絵になる夫婦だなあ)
長身の二人は立っているだけで雑誌の撮影風景か何かのようだし、座って和やかに談笑する姿もCMやドラマのワンシーンに見える。
「山田さん、よかったら夕食もご一緒にいかがですか」
「えっ!?」
まさかの誘いをしてくれたのは夫の方の降谷だ。しかも夕食はなんと彼自身が腕を振るうらしい。
一も二もなく山田は頷き、そして間もなく山田の妻も合流した。
彼女はまず降谷を見てそのあまりの男前ぶりに目をかっぴらき、続いてナマエを見て納得したように深く頷いた。夫婦揃って似たようなリアクションで若干恥ずかしくなったのは内緒である。
そして提供された夕食は純和食で、味も見た目も完璧で文句のつけようがなかった。
天が彼に与えたのは二物や三物ではきかないのではないかとさえ山田は思う。
これはもう、同じ男としては相当な音痴か水虫持ちでもなければ納得できないレベルだが、彼のことだからどうせ歌も上手いのだろうし水虫でもないのだろう。
(……あれ?)
食後のコーヒーを飲みながら、スマートフォンのカメラロールを確認していた山田が首を傾げる。
子供たちを中心に幾度となくシャッターを切った山田のそれには、今日だけで何十枚もの画像が収まっている。
子供二人に挟まれてカメラに笑顔を向けるナマエや、談笑する妻とナマエ、そしてナマエに撮ってもらった山田親子―――そのどれにも、招いてくれた本人である降谷は写っていない。
なんでだろう、と試しに子供たちとパズルをしている降谷にスマホカメラを向けてみるが、彼はこちらをちらりとも見ていないのにさりげなく画角から外れてしまった。
(あんなに男前なのにカメラ嫌い、とか?)
そうであればなんともったいないのだろう、と完全に余計なお世話なことを考える。
するとカメラのフレームから外れた降谷が、今度はキッチンに立つナマエのもとに行ったのが見えた。洗い終わった大量の皿を拭く手伝いをするらしい。
後ろ姿なら、と山田が静かにスマホカメラを向けた瞬間、手元に軽い振動が走ってスマートフォンが揺れる。
えっ?と目を瞬かせた山田だったが、キッチンに立つ二人がこちらを見ていることに気付いてピシリと硬直した。
薄く微笑むナマエも笑みのない降谷も、どちらも決して怒った表情はしていないのに言い表しようのない迫力がある。
「あ、あのっ…す、すみません……つい……絵になるなぁ、と…」
消え入りそうな声で弁解する山田に、二人は小さく笑いかけてまた背を向けた。
(こっ、怖……っ)
好奇心で身を滅ぼしかけたと震える山田には、「何を飛ばしたんだ?」「一円玉」という二人の会話は届かなかった。
その後山田夫妻も片付けを手伝い、そろそろ子供が寝る時間だからと帰り支度を始めた。とはいえ、帰る先はすぐ隣の貸別荘だ。
別荘の玄関先で、山田一家は見送りに出た降谷たちに向けて会釈をする。
「今日はありがとうございました。降谷さんたちもこちらで年越しですか?」
「いえ、僕らは一泊です。なかなかまとまった休みは取れないんですが、今回は妻のおかげもあって」
「? へえ、そうなんですか」
よくわからず相槌を打つ山田だが、妻の頑張りが夫の休暇取得に影響するとはどんな状況だろうか。
降谷の隣では、ナマエが「なんの話?」と彼に向けて微笑みながら首を傾げている。
山田にはそのやりとりの意味こそわからなかったものの、やはり何度見ても絵になる夫婦である。
まだまだ謎の多い降谷夫妻だが、とりあえず夫はカメラNG、と山田は強く心に刻んだ。
prev|
next
back