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(あ、この人新しい論文出したんだ)
科学雑誌を読みながら、ナマエはRX-7の助手席で降谷の帰りを待っていた。
先日車の横っ腹に犯人の車をぶつけて止めた件で、彼は改めて事情聴取を受ける羽目になったのだ。
ナマエもちょうど新しい雑誌を調達したばかりなので時間潰しには困らない。
(…この後は組織の仕事だって言ってたけど、間に合うのかな)
スマートフォンを確認すると、彼が車を降りてからすでに一時間が経過していた。
ナマエは降谷に言われた通り、なるべく彼と行動を共にするようにしている。公安や組織の仕事など関われない場面では別行動だが、それ以外の時間はほとんど彼と一緒だ。
図書館や買い物などでその場を離れる時も、徒歩で駆け付けられる程度の範囲を保っていた。
(ただ、協力って言ってもできることは限られてるけど)
言われれば家を一軒建てることも、辺り一帯を氷漬けにすることもできるし、頑張れば街の地形だって変えられる。しかし彼がそんな目立つことをやらせるはずがないし、そもそも必要がない。結局車関係でしか役に立っている実感はなかった。
まぁ何もないに越したことはないか、と考えたところで運転席側のドアが開く。
「あ、おかえり」
「…ただいま」
運転席に乗り込んだ降谷の様子にナマエは目を瞬いた。
トラブルでもあったのだろうか。彼はいつも通りに見えてどこかピリついた雰囲気を纏っている。
「通りで降ろすけどいいか」
「いいよ、気を付けてね」
「ああ。夜は帰れるかわからないから好きにしていてくれ」
「はーい」
大通りに出たところで、組織の仕事に向かう降谷と別れる。
ナマエはそのままタクシーを拾おうとして、ふと足を止めた。思い浮かべるのは、先ほどまでの彼の様子だ。
(…人って、辛いのを隠そうとするとああいう雰囲気になるんだよなぁ)
それは自分にも覚えのある話だった。
ナマエは少し考えてから、客を待つタクシーの列とは反対方向に足を向けた。
***
そろそろ日付も変わるかという頃、ナマエはドアの鍵が開く音で顔を上げた。
帰宅した降谷に駆け寄り、「おかえり」と声をかける。
「ただいま。起きていたのか」
降谷はいつもより疲れた様子で髪をかき上げ、ため息をついた。やはりどこかピリピリとした雰囲気がある。
「本読んでた。零は何か食べてきた?」
「いや」
「お腹は空いてる?」
「…多分」
なぜか自信なさそうに答えた降谷に、「じゃあ用意するね」と返してナマエはキッチンに引っ込んだ。
「あ、お風呂さっき温めなおしたところだから、先入ってきて」
背中を向けたまま声をかけると、一拍置いて「用意がいいな」という呟きが聞こえてきた。そのまま洗面所に入っていったのを音で確認しながら、ナマエは作っておいた料理を温める。
降谷の風呂はとにかく短い。本当に温まってる?というレベルの早さで出てくるので、急いで用意しなくては。
用意が終わるのと同時に、髪が少し湿ったままの降谷が出てくる。
「……豪華だな」
ダイニングテーブルに並ぶ料理を見て、降谷が目を瞬かせた。
「そう?軽めにしたつもりだけど」
「ああ、好きなものばかりだって意味で言ったんだ」
さっぱりしたメニューが中心だが、並んでいるのはどれも降谷が以前褒めた料理ばかりだ。
心なしか表情を明るくした降谷が、テーブルについて「いただきます」と食べ始める。
「うん、うまい」
「よかった」
ガツガツとかき込むように食べる降谷に微笑みかけて、ナマエは読みかけの本に目を落とした。
***
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。…あ、待って」
思い出したように立ち上がったナマエが、冷蔵庫からコンビニのプリンを取り出す。
「抹茶プリン。あげる」
「君のじゃないのか」
「いいのいいの。美味しいよ、これ」
素早くスプーンも用意した彼女に、降谷は少し呆気に取られてから「ありがとう」とそれを受け取った。
「…なんだか今日はやけに甲斐甲斐しいな」
「ん、そう?」
「何かあったか?」
プリンを食べながら降谷が問いかける。
何かあったのは君の方では?と思いつつ、ナマエは「何もないよ」と短く答えた。
「そうか」
それきり何も言わず、降谷はあっという間にプリンも完食した。
「うまかった。ありがとう」
「どういたしまして」
ささっと容器やスプーンをその手から取り上げ、ナマエが片付ける。
それからテーブルに戻ると、降谷が不意に自嘲するような笑みを浮かべた。
「……もしかして、慰めようとしているのか?」
どうやらいつもと違う自覚はあったらしい。
向かいに座ったナマエは、うーん、と小さく首を傾げる。
彼女は「何があったかわからないから、的外れなことしてたらごめん」と前置きをしてから話し始めた。
「ちょっと様子がおかしい気がしたから。…これで相手が部下ならやりようもあるけど、零相手だとどうしたらいいかよくわからなくて。それでとりあえず、自分がされて嬉しいことをしようと思ったんだけど…」
「どれか当たりあった?」とどこか不安そうに聞くナマエに、零がふっと表情を和らげた。
「これも、君がされて嬉しいことか?」
彼が指差したのは、テーブルに飾られていたアームストロング少佐人形だ。相変わらず筋骨隆々としていて、ピシッと着込まれた軍服がはち切れそうになっている。
「うん、和むかなって」
ナマエは自信満々に頷いた。
「ふ、…そうか」
降谷が口元を手で隠すが、下がった目尻で笑っているのがわかる。彼は一度視線を落としてから、その青い目を再びナマエに向けた。
「実は…」
先程までよりは穏やかな表情で、降谷が話し始める。
「……親しかった友人を、亡くしたんだ」
いつもの饒舌ぶりが嘘のように、降谷はぽつりと呟くように言う。
「一年も前に死んでいたのを、今日知った」
そう言って目を伏せる彼は、どこか自分を責めているようにも見えた。
「返せもしないのに、たまに来るメールが楽しみだった。……ずっと消せずにいたそれも、今日消したんだ」
そう話す彼自身が、まるで消えてしまいそうだ。そう思ったナマエは思わず立ち上がり、降谷のもとへ行ってその頭を抱き締める。
「え?」
「よーしよし」
まるで小さな子供にするように、彼の柔らかい金髪をそっと撫でる。
「……何してるんだ?」
呆然とした様子の降谷は、されるがままだ。
「こういう時、私ならどうされたら嬉しいかなって思って」
「それでこれか?」
「うん」
よしよし、とナマエは彼の髪を撫で続ける。
「……」
「よーしよし」
降谷はとりあえず彼女の好きにさせることにしたようだ。
ナマエはふと目を伏せた。
「辛いね、悲しいね…寂しいね」
ありきたりで陳腐な言葉を並び立てる。下手くそで安っぽいそれは、その実、ナマエ自身が言われたい言葉だった。
「我慢しなくていいんだよ、ここは零の居場所なんだから」
柔らかい金髪に頬を寄せたまま、ナマエは呟くように話しかけ続ける。
「一人じゃないよ」
降谷に向けて語りかけながら、ナマエは自分を慰めていた。一人じゃない。そう思いたいのはナマエ自身だ。
上手な慰め方なんてわからない。ナマエはただ自分が欲しいと思う言葉を並べながら、その中のどれかが彼に響けばいいのにと願った。
(……そろそろしつこいか?)
ひとしきり撫で倒したナマエが体を離そうとする。が、腰に強く腕が回っていて離れられなかった。
「? 零?」
「…いや、ちょっとだけ待ってくれ」
「え?」
どうしたのかと覗き込もうとすると、降谷がフイ、と顔を反らす。
「零?」
「……見ないでくれ、頼むから」
その反応にナマエは首を傾げるが、離してくれないのでとりあえず「よーしよしよし」と撫で続ける。
だから彼女は、その腕の中で彼がどんな表情でいるかなんて、知る由もなかった。
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