14
関係者専用通路にはやはりと言うべきかスタッフの姿もあり、身を隠しながら進むしかなかった。しかしこれではいつ上に辿り着けるかわからない。
そこでナマエは吹き抜けとなっている場所まで来ると、両手をパンッと合わせてから足元に触れた。途端に足場が盛り上がり、ワンフロア上まで彼女を運んでくれる。
(謎の柱ができちゃうけど…まぁ余裕があったら後で直しに来よう)
ナマエはそれを繰り返して謎の柱を数本形成しながら、それほど苦労もなく上層へと上がっていった。
「う、わ」
観覧車の上に顔を出すと、ビュウビュウと強い風が長い金髪を弄ぶ。
指定された場所は本当にここで合っているのだろうかとナマエが不安に思ったのも束の間、彼女の視線が信じられないものを捉えた。
(零?…と、誰?)
ナマエを呼び出した本人である降谷が、知らない男と肉弾戦を繰り広げている。話している声はここからは聞こえない。
敵なら加勢すべきかと思ったナマエだったが、降谷が唐突に叫んだ「FBIー!」という単語に動きを止めた。
(FBIって…少なくとも敵ではないよね?手柄の取り合い?え、そんな余裕ある?)
組織より先にNOCリストを回収しなければならない、というわりと切羽詰まった状況ではなかったか。
ナマエには降谷が冷静さを失うような男には思えなかったが、とりあえずここに到着した以上、彼らを止めてでも状況を確認しなければならないだろう。
見るからに只者ではない二人を止めるのは骨が折れそうだ、とナマエは嘆息した。
***
二人が距離を取った瞬間にその間に躍り出たナマエは、再び距離を詰めた二人の攻撃をその身で受け止めた。
「!」
突然現れたナマエに二人が息を呑む。
(…お…っも……!)
ナマエは交差させた両腕のうち左手で降谷の拳を、右手でFBIの男の肘を受け止めながら、両者の攻撃の重さに驚いていた。
(二人してどんな豪腕!?)
少佐のおかげで怪力には耐性があると思っていた彼女だが、今のはちょっと危なかった。
「……ナマエ!?」
拳を受け止めたのがナマエだとわかると、降谷は目を見開いて声を上げる。すぐに拳から力を抜き、後方に跳躍して距離を取った。
それを見たFBIの男も同様に距離を取る。
助かった、と息を吐き、ナマエは両手をぷらぷらと振りながら降谷にじっとりとした視線を向けた。
「指示通り来たんだから、ケンカは後回しにして状況教えて」
なるべく早く合流しろと言ったのは彼だ。
降谷はナマエの言葉に目を瞬かせてから、一拍置いて「ああ、悪かった」と苦笑した。
***
「赤井秀一だ、よろしく」
「ナマエ・ミョウジです」
FBIの男は赤井というらしい。
走りながら簡単に自己紹介し合った赤井とナマエを、降谷はなぜか恐ろしい形相で睨みつけていた。
観覧車内部に下りると、そこにはずいぶん慌てた様子のコナンがいた。
コナンは降谷とナマエがいることに驚くが、すぐに気を取り直して車軸とホイールの間に無数の爆弾が設置されていると告げる。いつ遠隔操作で爆破されるともわからない状況らしい。
起爆装置を解体するという降谷をその場に残し、赤井は時間稼ぎに、コナンはNOCリストを守りにそれぞれその場を離れた。
「私はどうすればいい?赤井さんのところに、」
「ここにいてくれ」
食い気味に遮られ、ナマエは「え?」と動きを止める。それは効率が悪いんじゃ…と思うが、何やら不機嫌な降谷はそれ以上話そうともしない。仕方なく、彼が起爆装置のカバーを外すのを大人しく眺めることにした。
途中、停電して手元が見えなくなるトラブルはあったものの、ナマエがスマートフォンのライトで照らしたことで危なげなく解体を終える。
するとその途端、すさまじい轟音が辺りを襲った。
「え、何!?」
聞いたことのない音に焦るナマエを、降谷が覆いかぶさるようにして伏せさせる。
「攻撃を受けてるんだ。しかしマズイな、急がないと」
「爆弾の回収?」
「ああ、手分けしよう」
「わかった」
サッと体を起こし、別々の方向に走る。
ナマエは脱いだ上着をリュックのような形状に錬成した後、車軸のプラスチック爆弾を外してその中に詰めていく。
(さっきの音、すごかったな…。こんな高所に攻撃を仕掛けてくるなんて、やっぱり空からだよね)
あれは元の世界では聞いたことのない轟音だった。戦闘機やヘリなど知識でしか知らないナマエにとっては、正直未知でしかない。
あっという間に袋がいっぱいになり、彼女はトップスも脱いだ。まだ中にはタンクトップも着ているし問題ないだろう。
先程と同じような形状に錬成し、その中に取り外した爆弾を詰めていく。
不意に「赤井さーん!安室さーん!ナマエさーん!」と三人を呼ぶコナンの声が聞こえた。
何かトラブルがあったのかもしれない。爆弾の入った袋を両肩にかけてその方向に急ぐと、すでに降谷もそこにいた。
「そのライフルは飾りですか?反撃の方法はないのか!FBI!」
降谷が階下の赤井に向かって叫ぶ。
どうやら空を飛ぶ機体に反撃したいようだが、その術がないらしい。赤井がローターの結合部を正確に撃ち抜くためには、機体を照らす必要があった。
しゃがみ込んだ降谷が、おもむろに起爆装置を操作し始める。
「大体の形がわかればいいんだったよな?…よし、見逃すなよ!」
そう言って爆弾入りのバッグを放り投げた先で、起動した装置が大爆発を起こす。
照らされた機体に向かってコナンがサッカーボールを蹴り上げ、大輪の花火が照らしたローターを「堕ちろ」と呟いた赤井のライフルが正確に撃ち抜いた。
「…わ、すご…!」
目が覚めるような連係プレーに、ナマエはただ感動していた。
しかしその感動も長くは続かない。
傾いた機体が最後のあがきとでも言うかのように、嵐のような攻撃を再開させたのだ。
「えっ、ちょ、はぁ!?」
ナマエは両肩のバッグを抱えるようにして走り出した。これに当たったら終わる。人間爆弾になって色々終わる。
そしてなんとか切り抜けたと思った矢先、地響きのような衝撃とともに観覧車が車軸から外れてしまった。観覧車がゆっくりと転がり出すのを感じて彼女は顔を青くした。
(これは…止めないとヤバいやつだよね?)
このまま転がり落ちていけば、一体どれだけの人が巻き添えになるのだろう。
きっと降谷も止めようとするはずだと、両手を塞いでいた爆弾袋を瓦礫に埋め込むようにして固定する。
(これはまた後で回収してもらうとして、とにかく誰かと合流しよう)
「透!赤井さん!コナンくん!」
声を上げながら走っていると、不意に「ここだ!」と腕を引かれる。
「あ、透」
「コナンくんに何か策があるようだ」
言うが早いか、ビィンと何かが張り詰めるような音とともに観覧車が静止した。
「……止まった?」
「いや、まだか……」
動きこそ止まったものの、まだギシギシという嫌な音が聞こえる。コナンが何を使ったのかはわからないが、長くは持ちそうにない。
そして再び転がり始めた観覧車に、降谷がナマエを見た。
「ナマエ」
彼の表情は暗闇でもわかるほどに険しい。
「やれるか?」
その問いかけに、ナマエはふっと笑みを浮かべてみせた。
「後のことはよろしくね」
言い終わると同時に彼女は両手を合わせ、その手のひらを足元に勢いよく当てる。同時に青い閃光がバチバチと辺りを切り裂いたかと思うと、観覧車が次第に減速し、やがてその動きを完全に止めた。
それを確認してゆっくり体を起こしたナマエが、傍らの降谷を見上げていたずらっぽく笑う。
「ちょっと派手にやっちゃった」
***
NOCリストは、警視庁に潜入したという幹部の脳内にあるらしい。
それを聞いたナマエは一瞬理解できなかったが、つまりはリストを持ち出されたのではなく、情報を盗み見た幹部がそれを記憶したということだった。
その幹部の身柄も公安が押さえることとなり、これで降谷の身の安全も確保されたようだ。
「というか、なんて格好をしてるんだ」
「えっ、いまさら?」
上はタンクトップ一枚というナマエの姿を見て、降谷はわかりやすく眉を顰めた。爆弾回収から今まで気づかなかったのか。
「服で袋作って爆弾詰めてあるから、後で回収してね」
今頃観覧車内部のどこかに埋まっているはずだ。
それを聞いた降谷はため息混じりに了承し、それから目の前の観覧車を見上げた。
「確かに、派手にやったな」
観覧車からは進行方向に向かって太く長いトゲのようなものが数本生え、それが地中に埋まる形で杭の役割を果たしている。埋まりきらなかったトゲもあり、丸い観覧車がやたらと凶悪な見た目になってしまっていた。
「やりすぎた?」
「いや、助かった。ここからの処理は公安の仕事だ」
「どうやって誤魔化すの?」
「………」
ナマエの問いかけに降谷からの答えが返ってくることはなかった。……えっ、無策?
prev|
next
back