16
キッドが予告した日を三日後に控えたその日の夕方、体調もすっかり回復したナマエはポアロでソワソワしていた。
手元に開いた本もなかなかページが進まず、コーヒーばかり口に運んでいる。
「あー愛しのキッド様!早く会いたーい」
「予告の日って、あのティアラのお披露目パーティーだよね?」
「そうそう!そのパーティーで待ってるっておじ様が挑発したのよ」
カウンターに座る彼女の背後から聞こえてくるのは、蘭とその友人、鈴木園子の会話だ。コナンもいるが彼は傍観態勢で、もっぱら園子がキッド様キッド様と騒いでいた。
園子が鈴木財閥の令嬢であることは、ナマエも知っていた。蘭に紹介されて何度か話したこともある。
(お披露目パーティー…いいなぁ)
あの綺麗なティアラを間近で眺められたりするのだろうか。
女性らしい趣味もオシャレへの興味もないナマエだったが、なぜかあのティアラのことだけは頭から離れない。うっかり快斗にもそれをメールしてしまったほどだ。
「蘭たちも来るでしょ?」
「いいの?私たちまで」
「いいのいいの!おじ様も「衆人環視の中で正々堂々きゃつに勝つ!」って張り切っちゃってるし、ギャラリーが多いほど喜ぶわよー」
そこに飲み物を運んできた安室に、園子が「あっ」と声を上げる。
「そーだ安室さんも来ない?キッド様が予告状を出した、ティアラのお披露目パーティー!」
「えっ、僕ですか?」
その誘いに、思わずナマエはそちらを窺った。
ちなみにテーブルにいるコナンは、半目で「(来ねーだろ、キッドは公安の管轄外だしな)」という顔をしている。
誘われた安室は、いつも通り爽やかな笑みを浮かべて答えた。
「いいんですか?ぜひ行きたいです」
え、とナマエが目を瞬かせるのと同時に、コナンもまた目を丸くして安室を見る。
「ほんと!?やったー!当日はインフォーマルだからスーツよ!安室さん意外に似合うと思うのよねー」
「はは、光栄です」
意外どころか、着慣れている。
「あ、それで…よかったら彼女も一緒にいいですか?」
そう言って安室が手のひらで指し示したのは、ナマエだ。
「……え?」
「そっか、ナマエさんって安室さんの親戚なんだっけ。大歓迎よー!金髪碧眼の美男美女、絶対映えるわ!」
ありがとうございます、と話す安室の姿を、ナマエは呆気に取られた様子で見つめていた。
***
「透って、キッドに興味あったの?」
ナマエは、目の前でパーティードレスを選ぶ安室に話しかけた。
「いえ、そういうわけではありませんが…。ナマエが行きたがっていたので」
バレてたか、とナマエは居心地悪そうに口を噤んだ。
「あれだけソワソワしていればさすがにわかりますよ。気になるのはキッドですか?それともティアラ?」
ナマエの脳裏に、純白の衣装を纏った友人の姿が浮かぶ。彼がどんな立ち回りを見せるかは、もちろん気になるが。
「……ティアラ」
「へえ、意外ですね」
「ティアラそのものっていうか、使われてる宝石が気になって」
「アウイナイト、でしたか」
そう、とナマエは頷く。
「…ロイがよく、私の目のことをそう呼んでたから」
俯きがちに続けた言葉に、安室がドレスを選ぶ手を止めた。
「……なるほど。なかなか洒落たことを言いますね」
「まぁ…ちょっと気障ったらしいところはあったよ」
言われた言葉の数々を思い出して、思わず苦笑する。
不意に、くいっと顎を持たれて顔を上げさせられる。思わず目を丸くしたナマエを安室が至近距離で見つめていた。
「…ああ、確かに似ている気がします」
「そう?」
「色はもちろんですが…、虹彩に少しグラデーションがあるのも、カットされた宝石の陰影を思わせますね」
こんなにまじまじと目を観察されたのは初めてだ。照れ臭くなって視線を逸らしたナマエに、安室は小さく笑って手を離した。
「ドレス、こういうのはどうですか?」
そう言って安室が見せてきたのは、深みのある色合いの青いノースリーブドレスだ。全体に繊細な刺繍が施されていて、肩からデコルテまでは透け感がある。裾はフィッシュテールで後ろが長めなので、短いスカートを履き慣れないナマエでも違和感なく着られそうだ。
「わ、綺麗」
「着てみましょうか」
さぁさぁと試着室に押し込まれ、ナマエはそれに袖を通した。慣れないスカートが少し気になるが、鏡に映る自分がまるで別人のようで悪い気はしなかった。
試着室のカーテンを開けると、安室がナマエの姿を見て柔らかく笑う。
「うん、よく似合ってます」
それにナマエもへらっと笑い返し、露わになった二の腕をさする。
「でもあちこち古傷だらけだし、恥ずかしいな」
蘭や園子のように、可憐な少女時代を過ごした記憶はナマエにはない。こういう綺麗な格好に憧れがなかったわけではないが、いざ着てみるとあまりに女らしくない体が少し気恥ずかしい気もした。
すると顎に手をやって少し考え込んだ安室が、近くの棚からアイボリーのショールを持ってきた。それをナマエの肩にそっと掛ける。
「大丈夫。自信を持って」
その笑顔がいつも以上に優しく見えて、ナマエはショールを握り締めながら「うん」と笑い返した。
***
「わぁっ、ナマエさんすっごく綺麗です!」
「スーツ姿の安室さんも素敵ー!」
女子高生たちのストレートな褒め言葉に、ナマエと安室は苦笑いを返した。彼女たちの足元では、コナンもまた半笑いを浮かべている。
「ナマエさんが髪をアップにしてるの初めて見ました」
「あ、これは透が」
「えっ、安室さんが?」
ナマエの髪は今、全体を巻いてから少し後れ毛を残したアップスタイルにアレンジされている。
髪のことなんて全く考えていなかったが、降谷がスタイリング動画を見ながら「やってみよう」と言うので任せたのだ。初めてでこれは器用すぎる。
ちなみに隣の男は、ベーシックなネイビーのスリーピーススーツが恐ろしいほどに似合っていて、先程から主に女性の注目の的だ。
園子いわく、軽く後ろに流した髪型もたまらないらしい。
園子たちと別れて会場に入ると、その中央にティアラの入ったショーケースが設置されているのが見えた。
「あ、普通に飾ってあるんだ」
「なかなか強気ですね」
ショーケースの周りは赤いロープで囲まれていて、その近くまでは立ち入れない。その代わりにショーケース内に設置されているという小型カメラがティアラを間近で撮影し、正面の巨大スクリーンに映し出していた。
(やっぱり綺麗だなぁ)
それを眺めていたナマエが視線を感じて隣を見上げると、安室が優しげな表情を浮かべてこちらを見ていた。
「嬉しそうですね」
「うん、満足」
もうですか、と安室が笑う。
「あ、透。右側にいてくれない?」
左に立っていた彼にそうお願いすると、一瞬きょとんとした後ナマエの右側に移動してくれる。
「ありがとう。右に壁があると安心するの」
「僕は壁ですか」
「高さもちょうどいい」
「それはよかった」
人混みで右側が空いているとつい気を張ってしまうので、そこに安室がいてくれるとかなり安心感がある。
しばらくすると乾杯用のシャンパンが配られた。
「ナマエ、大丈夫ですか?」
「シャンパン…飲んだことない」
くんくんと匂いを嗅ぐと、フルーティーで爽やかな香りがする。
「美味しそう」
思わず頬を緩めたナマエに、安室が「ほどほどに」と苦笑した。
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