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鈴木次郎吉の挨拶と乾杯が済み、ナマエはシャンパン一杯ですっかり上機嫌になっていた。

「あ、ねぇ透、ワイン飲んでもいい?ワインならあっちでも飲んでたし」

飲み慣れているから大丈夫だというアピールをするナマエに、安室が苦笑する。

「さっき、ほどほどにと言ったばっかりですけど…」
「ほどほどにする」
「ほどほどの意味わかってます?」
「度を越さない程度、ちょうどよい程度」

わかってるならいいです、というため息混じりの呟きが聞こえて、ナマエは早速スタッフにグラスワインをオーダーした。

「ティアラはもういいんですか?」
「スクリーンに大きく映ってるからいつでも視界に入るし、見えてれば幸せ」
「…そうですか」

ふと周囲を見渡すと、わりと近いところに園子と蘭が見えた。しかしその周辺にコナンの姿はない。

「あれ?コナンくんがいない…」
「ああ、彼はキッドキラーですから…どこかでもう動き始めてるんでしょう」
「キッドキラー」

そういえば新聞で読んだ気もするな、とナマエは記憶を掘り返す。

「彼とキッドは宿敵同士らしいので」

犯罪組織に敵対する立場でもあり、怪盗キッドの宿敵でもある。知れば知るほど小学一年生らしさの欠片もない少年だとナマエは思った。

「キッドが現れたら透はどうするの?」
「どうもしないですけど」
「そうなんだ」

スタッフがグラスワインを二つ持ってきたので、それを受け取って片方を安室に渡す。

「怪盗は管轄外ですし、キッドキラーの彼に任せますよ」

グラスを口に運ぶ彼を見ながら、ナマエはふと思いついた。

「……何してるんですか?」

頬を引っ張られ、安室が目を丸くする。

「ネットニュースで見たの。キッドの見分け方」
「僕が彼の変装だとでも?」
「ごめん、やってみたかっただけ」

へへへ、と笑うナマエに、安室が小さく「この酔っ払いが」と呟く。そっちこそ降谷が出てる。

「じゃあ僕も」
「いてててて」
「大丈夫そうですね」
「だいぶ強くなかった?今」




***




ナマエがそれに気づいたのは、何杯目かのワインを空にした時のことだった。

「……んん?」
「どうしました?」
「なんか今……」

酔いのせいか若干据わった目をさらに細めながら、ナマエはスクリーンを睨みつけた。

「なんか今、スクリーンの映像に違和感が、」

彼女が言い切るより先に、プシューッという噴射音とともに会場内に白い煙が充満し始めた。

「奴だ!」
「警戒を怠るな!」

ショーケースの周りに控えていた警察官たちが口々に叫ぶ。
ナマエも安室も煙を吸い込まないよう口元をハンカチで押さえていたが、どうやらただの煙幕のようだ。

視界が白く染まる寸前、「キッドよー!」という女性の叫びが聞こえた。
会場のシャンデリアの上に立っているのは、確かに白い衣装に身を包んだ怪盗キッドだ。
警察官たちがにわかに騒がしくなるが、キッドはその場から動かない。そうこうしているうちに、噴射し続ける煙幕で視界がゼロになった。

「透、いる?」
「いますよ」
「手でも繋ぐ?」

その言葉にプッと吹き出すのが聞こえる。笑ったおかげで空気が震え、彼の位置がよくわかった。

「場所わかったからいいや」
「おや、それは残念です」

警察官たちが慌てて換気したのか、煙幕が少しずつ薄れていく。

「あーーっ!」

誰かが叫ぶ。ショーケースの中からティアラが姿を消したらしい。

(まぁ、そうなるよね)

そして今頃、どこかでコナンとキッドの攻防が繰り広げられているのだろう。

「シャンデリアの上にいたキッド、あれはダミーでしょうね」

安室の言葉に彼を見上げる。

「そうなの?」
「協力者か人形か…その辺りはわかりませんが」
「へえ」

人の視線を上に向けている間にショーケースを狙ったのか。なるほど、マジシャンらしい手口だな、とナマエは感心した。

「捕まえられるかなぁ、コナンくん」

本音を言えば、友人である快斗には逃げ切ってほしいところだ。彼が捕まるところは見たくない。

「あっ、安室さん!ナマエさん!」

そこへ蘭と園子が駆け寄ってきた。

「二人とも、さっきは大丈夫でしたか?」
「周りが混乱してぶつかったりはありましたけど、なんとか」

蘭が苦笑いで答える一方で、園子はずいぶん嬉しそうだ。

「二人とも、見た!?キッド様!」

どうやらシャンデリアの上に現れたキッドに興奮しているらしい。口元で両手を組み、すっかり目をハートにしている。

「クールな立ち姿、たまんないわぁー!」

ナマエは安室からそれがダミーだろうと聞かされたばかりだったので、思わず苦笑する。隣の安室を見上げると、口元に「シー」と指を立てた彼はどこか楽しげに笑っていた。




***




ティアラが姿を消してしばらくして、コナンとキッドの決着がついたのだろう、館内放送からキッドの声が聞こえた。

『今回のティアラは残念ながら目当ての物ではありませんでしたので、これが一番似合う方のもとにお返しします』

そしてその放送がプツリと切れると同時に、再び煙幕が噴射される。

「きゃっ、私のところに来たらどうしよー!」
「そ、園子!はぐれたら危ないからもっと近くにいて!」

騒ぐ女子高生組をよそに、安室とナマエは今回も落ち着いていた。警察官による換気が続いていたためか煙幕は充満し切らず、ぼんやりとお互いの姿が見える。

ふと、左側を何かが通り過ぎる気配があり、彼女は身を固くした。

「似合ってるぜ、ナマエさん」

ナマエにしか聞こえないほど小さな声で呟かれたそれに、彼女はハッと頭に手をやった。

(……ある)

時価総額ウン億円というそれが、今自分の頭上にある。ナマエは触れているのも怖くなり手を離した。

(いや、何してくれてるの快斗くん…?)

次第に晴れていく煙幕に、ナマエの心には反対に暗雲が立ち込める。これ絶対注目を浴びるやつだ。絶対園子が叫ぶやつだ。

「あーー!?」

ヒッとナマエは体を強張らせた。予想通り、園子が指差しているのはナマエの頭上だ。隣の蘭は口元に手を当て、頬を紅潮させて「わぁ…!」と感動している。

「ナマエさん、すっごく素敵です…!」

すっかり乙女な顔をした蘭に、ナマエは口の端を引き攣らせた。落ち着いたのか園子も「悔しいけど似合うわ」と同意している。

というか二人だけじゃない。二人が早々に騒いだおかげで、彼女は会場中の注目を集めていた。
ナマエは助けを求めるように右隣の安室を見上げる。

「ど、どうしよう透」

取りたいけど触りたくない、触るの怖い、とブツブツ呟きながら手を頭上の辺りで彷徨わせていると、その手首を安室の大きな手が掴んだ。

「…よく見せて」
「え?」

その静かな声に、ナマエはあっさりパニックを収めて目を瞬かせる。
彼女の視線の先で、安室は目を柔らかく細めてナマエを見つめていた。

「うん、本当だ。ナマエによく似合ってます」

ふ、と眦を下げて安室が微笑む。
その様子に、一拍置いて女子高生組が「キャー!?」と悲鳴を上げた。その声量にナマエの肩がビクッと跳ねる。

結局駆け付けた警察官がそっとティアラを外すまで、誰もそれを取ってはくれなかった。


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