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『わりーわりー。ナマエさんがメールであのティアラのこと気にしてたからさ』
「生きた心地がしなかったんだけど」
『悪かったって』

通話口の向こうで謝る快斗の声を聞きながら、ナマエはパーティーでのことを思い出していた。
らしくもないオシャレをして、降谷に髪までセットしてもらって、頭上には時価総額ウン億円の豪奢なティアラ。

「いや、まぁ……」
『ん?』
「嬉しかったけど……」

快斗があのティアラを着ける人として自分を選んでくれたことも、それを降谷が似合うと言ってくれたことも嬉しかった。ただとにかくいろんな意味で心臓に悪かった。それだけだ。

『素直じゃねーな』
「本当にありがとう」
『急に素直』

ぶはっと吹き出した快斗に、ナマエも思わず笑いが漏れる。

『で、一緒にいたのは彼氏?』
「ううん、同居人」
『は!?』

そこまで言って、ナマエは降谷と同じマンションの別の部屋に住んでいる設定だったことを思い出した。

『一緒に住んでんの!?』
「あ、えっと」
『付き合ってねーのに!?』
「あのね」
『なんだその羨ましい関係!』

これだから大人ってヤツは!と快斗はちょっとズレたベクトルで憤慨している。
その勢いに圧されて結局訂正しそびれたナマエだった。




***




その日は雲一つない快晴で、風も穏やかだった。

ナマエは窓から流れ込む心地いい風を感じながら、バチバチと青い光を弾けさせて調理器具の修繕をしていた。
降谷もナマエも道具を綺麗に使う方ではあるが、どうしても経年で劣化する物や摩耗する物はある。
少し曇ったグラスや変色した雪平鍋、小傷のついた陶磁器などを次々と新品同様の姿に戻していく。

(帰ってきたらビックリするかな)

降谷は朝早く、公安の仕事だと言って出て行った。
本も雑誌も読み尽くしてやることがなかったナマエは、久しぶりに錬金術を思う存分使いたいと思い、修繕できそうな物を片っ端から直しているのだ。

そのおかげで和室の畳も青々としているし、部屋のクロスも真っ白だ。

(本当はこんな修繕ばっかりじゃなくて、ちゃんとした研究がしたいけど)

研究書も手帳も全てあちらの世界に置いてきてしまったナマエにとって、いくら全て暗号化するとはいえ、錬金術の存在しないこの世界でそれをまた一から構築するのは躊躇われた。
万一にもそれが組織の人間の目に触れ、降谷が目を付けられるようなことがあってはいけない。

(すっかり便利屋さん状態だなぁ…)

本来科学者であったはずの自分を嘆くようにため息をついたところで、傍らに置いていたスマートフォンに目線が行く。
暗転していたはずのディスプレイには、ニュースアプリの新着通知が表示されていた。

(なんだろう)

どうやら速報のようだ。
ナマエはそれを手に取って詳細を表示し、それから息を呑んだ。

「…サミット会場のエッジ・オブ・オーシャンで、原因不明の大規模な爆発」

エッジ・オブ・オーシャン。
それは今まさに降谷がいるはずの場所だった。




***




「なんか部屋が綺麗になってる気がする」
「そんなことどうでもいいから、早く手当てさせて」

焦げ付いたスーツのジャケットを脱がせながら、ナマエは降谷の呑気なセリフにツッコんだ。

あれから降谷とはすぐに連絡がつき、彼は全身ボロボロの姿で帰宅してナマエを驚かせた。
突如起こった大爆発に危うく巻き込まれかけたらしいが、大きな怪我がないのは不幸中の幸いだろう。

「テロなの?」
「僕はそう見ているが、このままでは事故として処理されるだろうな」

サミット前という不可思議なタイミングで起こった爆発は、テロと決定付けるには動機も証拠も絶対的に不足していた。
サミットそのものを狙うテロなら各国の要人が集まるサミット当日を狙うはずだし、犠牲者が公安警察の捜査官数名というのも、痛ましくはあるがテロの成果としては弱いだろう。

「僕はこの爆発を事件化に持っていくため、仮初の容疑者を仕立て上げるつもりだ」

そう淡々と告げる降谷の表情はいつも通りで、そこに躊躇いは見受けられない。

「軽蔑するか?」

そこでようやく二人の視線が絡み合った。
ナマエは降谷の頬を消毒していた手を止め、ふっと口元を緩めた。

「白いだけじゃ行えない正義もあるよ」

そして正義だ悪だというのはいつも結果論なのだ。それはアメストリスという欺瞞に満ちた国を見てきたナマエにはよくわかっていた。

「……そうか」

降谷は小さく呟いて視線を落とす。
それから彼は、容疑者として毛利小五郎を引っ張るつもりなのだと告げた。コナンに事件を追わせたいらしい。

(コナンくん、やっぱり只者じゃないな)

悪の組織に立ち向かう彼は、怪盗キッドの宿敵でもあり、公安警察のゼロに一目置かれる存在でもあるようだ。

(小学一年生って…もう嘘でしょ)

すっかり感心しきっていたナマエは、それが正解だということにはもちろん気づいていなかった。




***




手当ての痕跡が痛々しい降谷は、それでもいつも通りポアロに出勤した。
ナマエも彼とともにポアロに向かい、いつも通り本を読みながらコーヒーを飲む。
彼があくまでいつも通り過ごすつもりなら、ナマエもそれに倣うだけだ。

夕焼けが差し込む時間帯になると、安室が掃除道具を手に店外へ出る。
ナマエはそれを視線で追っただけだったが、その後少しして、開いたままのドアから「なんでこんなことするんだ!」と叫ぶコナンの悲痛な声が聞こえてきた。
ちらりと視線を走らせるが、店内に自分以外の客はなく、梓もちょうど裏に引っ込んでいて聞いていないようだ。

会話の内容は窺えないが、コナンが何か追及しているのは声の鋭さでわかる。
コナンに自分への疑心を植え付け、代わりに事件を追わせたいという降谷の目的はこれで果たされるのだろう。

(お願いね、コナンくん)

表立って捜査できない降谷は、こうやって周囲を使いながら暗躍するしかないのだ。

それでも彼の本質には、いつも国を思う心と信念がある。愛国心と聞くとちょっと微妙な気持ちになるナマエにとって、それは眩しすぎるほど真っ白な心だった。

(だから零の期待に応えたいと思うんだろうなぁ)

コナンのように事件を追うことはできないが、もし何か頼まれたらナマエも全力でそれに応えるだけだ。
その時がいつ来るかはわからないけど…と思考を巡らせながら、彼女は彼の淹れたコーヒーを口に運んだ。


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