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『無事、東京湾に着水し、回収された探査機「はくちょう」のカプセルの中からは火星由来の物質が含まれており、宇宙の謎の解明に大きな期待を持てそうだと発表されました』

シチューが焦げ付かないようたまに混ぜながら、ナマエはスマートフォンでそのニュースを見ていた。
画像に映ったはくちょうのカプセルは端が少し歪んで焦げも目立つが、幸いカプセルも中身も無事に回収できたらしい。

「はくちょうのニュースか」

左側から、降谷がひょこっと覗き込んでくる。

「うん。砲弾、上手いこと端に当たってくれてよかった」

万一にも真ん中にぶち当たっていたら、カプセルは壊れないにしても中身が損壊していたかもしれない。
あの時は必死だったから考えが至らなかったが、結果的に科学の未来を潰さずに済んで本当によかった。

「ああ、よくやってくれた」
「いや…零には言われたくないよ」
「そうか?」
「零たちのやったことに比べたらね…」

あれからやっとの思いで合流した降谷は左腕から大量に出血していて、ビルから飛び出したという愛車はぺしゃんこになって発見された。つまりナマエの心臓は二回止まりかけたわけだ。

「…本当に、生きててよかったよ」

そう言いながら降谷を見上げると、彼は気まずそうに頬を搔き、「お互いにな」とナマエの頭を撫でた。

「…ねえ、私が同い年だって覚えてる?」
「僕が忘れると思うか?」
「だってなんか……」

口ごもるナマエを、降谷が覗き込む。

「どうした?」
「いや…なんか」
「うん」
「…最近、年下扱いしてない?」

頭撫でたり、頭撫でたり。
窺うように見上げるナマエに、降谷は一瞬きょとんとしてから意地の悪い笑みを浮かべた。

「さぁ…どう思う?」

これはからかわれてるな、と判断したナマエが半目で「もういいです」と返す。

「そういえば電話くれた時、コナンくんと一緒だったの?」
「ああ」
「電話の相手のこと聞かれなかった?」
「聞かれたさ」

その時のことを思い出しているのか、降谷が小さく笑う。

「僕の協力者と言って押し通したが…彼ならそのうち君に辿り着くかもしれないな」

そう言う彼はコナンのことをすっかり気に入ったらしい。
楽しんでいるような降谷の表情に、ナマエは口元を引き攣らせた。




***




ある日曜日、ナマエは一人で家電量販店を訪れていた。
降谷は公安の仕事らしく、暇なら新しいコーヒーサーバーを買ってきてくれと頼まれたのだ。
以前のものが壊れたわけではないが、どうも気になる機種があるらしい。

(家電量販店…!)

ナマエがここを訪れるのはスマートフォンを買ってもらった時以来だ。日曜日ということで人も多く、以前より活気づいて見える。

(うわぁすごい!スマートウォッチかっこいい…!えっ、カップ焼きそば専用のホットプレートって何?しかも〇ヤング限定…なぜ…?)

目的のコーヒーサーバーに至るのに何時間かかるのかというほど、ナマエは辺りをキョロキョロしては立ち止まっていた。

そして気付くと、彼女はテレビ売り場にやってきていた。

(うち、テレビないもんなぁ…。でもなきゃ困るってわけでもないし)

ニュースはサイトやアプリで速報が見れるし、バラエティやドラマも別に見ないし…何より部屋が狭くなるのも困る。とナマエがブツブツ呟いていると目の前の大型テレビから電子音が鳴った。
画面上部に速報のテロップが表示される。

(おっ、なになに……)

そこに流れた文字を読んだナマエは、え、と思わず呟いた。

それから急速に全身の血の気が引き、手足が氷のように体温を失っていくのを感じる。カチカチと奥歯が震え、見開かれた瞼は瞬きを忘れたように動きを止めていた。

(どういうこと……?)

そんなこと、ありえるはずが―――



『――の採掘チームが新種の鉱石を発見。構成元素特定できず。暫定的に“賢者の石”と命名』



「ありえない」なんて事は、ありえない。耳元でそう笑う男の声が聞こえた気がした。




***




「お久しぶりですね、ナマエさん」

そう言って彼女を迎え入れるのはシャーロキアン仲間の沖矢だ。

「…すみません、急に」
「いえ、とんでもない。どうぞお入りください」

あれからナマエは、しばらく大型テレビの前に立ち尽くしていた。
すると放送中のワイドショーが速報のニュースに切り替わり、そこには発見されたばかりだという新種の鉱石が映し出されたのだ。

謎の元素で構成された赤い鉱石。さまざまな伝承や伝説になぞらえて、採掘チームは暫定的にそれを賢者の石と命名した。

(あれは……本物だ)

イシュヴァール殲滅戦で軍に貸与されたそれを同僚の男が嬉しそうに見せてきた時も、ホムンクルスが自身の胸元を切り開いて体内のそれを見せてきた時も、形状は違ったが「これは本物だ」と一目で確信できるだけのおぞましい存在感があった。

そしてそれは、画面越しのそれも同様だった。石の成り立ちと作り方を知る彼女には、それが放つ異様な雰囲気がよくわかった。

「僕は適当にこの辺りにいますので」
「…ありがとうございます」

ソファに腰掛ける沖矢に軽く頭を下げ、ナマエは工藤邸の書斎に並ぶ数多の書籍を見上げた。

(当たり前だけど杯戸町の図書館にも、米花図書館にも賢者の石にまつわる情報はなかった。後はもうここしか…)

ナマエは手当たり次第に本を取り、その場に積み上げて読み始める。
そもそもあの石は、新種の鉱石として地中から発掘されるような代物ではないはずだ。

(過去に誰かが作ったか、私のようにあちらから来たか)

もしそうなら、どこかに記録が残っている可能性もある。
それを辿ることができれば、鉱石なんかではないと訴えかけることもできるかもしれない。
全くもって雲を掴むような話だが、ここではなんの権力も持たないナマエには他に方法もなかった。

(これも…これも違う…)

ナマエの思考は文字の海に沈んでいった。




***




「ナマエさん」

沖矢が話しかけるが、ナマエの反応はない。

「無駄かも、沖矢さん」

沖矢から連絡をもらい、先ほど合流したコナンが呆れたように呟く。

「前も図書館で見かけたけど、すごい集中力なんだよ…。これは本人が気付くのを待つしかないかもね」

ナマエがここを訪れたのは昼間だったが、辺りはすっかり暗くなっていた。

「ふむ。…では、少し強引ですが」

え?とコナンが聞き返す間もなく、沖矢がナマエの右肩を左手で掴んだ。

「ナマエさ……」

その途端、ナマエが右手を振り上げて沖矢の肘を挟むように下ろし、そのまま手首を持ち上げて沖矢の肘を捻るようにして肩から外した。

「…あ」

少し背中を反らした体勢のまま、ナマエが沖矢を見てぱちりと目を瞬かせる。

「ごっ、ごめんなさい!」

すぐさま手を離して飛び退いたナマエに、沖矢は自身の肘をさすりながら感嘆したような声を漏らした。

「ホォー…今のはクラヴマガですか」
「いや、あの、本当にごめんなさい」

死角から来られるとつい…、と頭を掻くナマエに、コナンが「マジかよ…」と顔を青くして呟く。俺も気をつけよう。

「あれっ、コナンくん。いつの間に」
「あ、さっき来たんだけど…もう外真っ暗だよ?ナマエさん時間大丈夫?」
「げ」

焦ったような声を上げ、ナマエがスマートフォンを確認する。

「すみません、今日は帰ります。また明日来てもいいですか?」
「構いませんよ」
「僕も学校終わったら来よっと」

そしてナマエは二人に見送られながら工藤邸を後にする。
道中で拾ったタクシーに揺られながら、ここにはしばらく通うことになるな、とナマエは考えた。

(こんなこと零に相談するわけにもいかないし…まぁポアロまでは徒歩圏内だからいいよね)

それからナマエは一週間工藤邸に通い、めぼしい本は全て読み尽くした。

それでも当初予想した通り、賢者の石にまつわる情報を得ることはできなかった。


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