22
ポアロのシフトを終えて出てきた安室を、ナマエは店の前で出迎えた。
「お疲れ様、透」
「ナマエ」
安室は一瞬きょとんとしてから、「ここで待ってたんですか?」と首を傾げる。
「ううん、あちこちウロウロしてたよ」
車に向かって歩き出しながら、どこに行った、あれを見てきた、と簡単に報告する。
「最近、ポアロに顔を出す回数が減りましたね」
「元来好奇心旺盛なもので。あ、でもちゃんと徒歩圏内にはいるよ」
「それは何より」
駐車場に着き、助手席に乗り込む。
「…それで?何かいいことでもあったか?」
「え?」
「ずいぶん嬉しそうだ」
指摘されて、ふふ、と笑う。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「おっと、それはめんどくさいな」
呆れたように笑いながら、降谷が車を発進させた。
(嬉しそう…。悩みがなくなるとそう見えるのか)
快斗は賢者の石を盗み出すことを了承してくれた。そしてそれをナマエが破壊することも。
目当ての物以外は返すという彼の信条には反してしまうが、彼は石の材料を知って壊すことに賛成してくれた。
おかげでナマエはずいぶん気が楽になった。
彼が予告状を出し、そして盗み出すまで、ナマエにもうできることはない。
(やるべきことが見えてくると、覚悟も勝手に決まるものなんだな)
人間の魂の分解なんて見当もつかないが、できる可能性があるのはナマエだけだ。石を作っていたティム・マルコーにならできるのかしれないが、いない人間は頼れない。
(上手くいくかな)
ナマエは自分の両手を見つめる。
やり方を間違えた時、ただ錬金術が発動しないだけならいい。怖いのはリバウンドだ。
対価に見合わない錬金術は、時としてリバウンドと呼ばれる現象を引き起こす。錬金術に使ったエネルギーが術者の体に跳ね返ってしまうのだ。
賢者の石を壊そうという程の力が逆流したら、自分は一体どうなるのだろう。
(……死ぬかもなぁ)
それでももう、やめるという選択肢はない。
***
「ナマエお姉さん、シュートシュート!」
「よしきた!」
ナマエの蹴り上げたサッカーボールが、元太の横を通り抜けてゴールネットを揺らした。
「やった!入ったー!」
「すごいです!」
「ナマエお姉さんおめでとうー!」
ナマエは体を屈めて光彦と歩美とハイタッチを交わした。
「くっそー、姉ちゃん上手くなったなぁ」
止められなかったキーパーの元太は悔しそうだ。
「ふふ、遠近感さえ克服すればこっちのものよ」
「…どっちが子供かわからないわね」
「まぁ言ってやるなよ…。片目に慣れてきて嬉しいんだろ」
不敵に笑うナマエの悪役顔に、コナンと哀はすっかり呆れた表情を浮かべている。
今回のチーム分けは歩美・光彦・ナマエのチーム対、コナン・哀・元太のチームだ。珍しくコナンチームにハンデがないが、遠近感を克服したナマエが持ち前の身体能力で競り合っていた。
「あー、久々に運動した!」
結局スコアではコナンチームに軍配が上がったが、まともにサッカーができたナマエは嬉しそうだ。
「ナマエさん、本当に上手くなったね」
「ありがとうコナンくん。でも君には勝てなかったなぁ」
「またやろうよ」
コナンが何気なく言った次回の誘いに、ナマエは一拍置いて「…そうだね」と小さく微笑んだ。
「…? あ、そういえば新一兄ちゃんの家にはもう行かないの?」
「調べものは終わったんだけど、コナンくんと沖矢さんにお礼はしたいな。明日土曜日だし、お昼頃行っていい?」
「いいけど…別にお礼なんていいのに」
「お世話になったならお礼は必要だよ」
そう言ってナマエは楽しそうに笑う。特に固辞する理由もないので、コナンは「わかった、明日だね」と笑い返した。
***
「お礼って、まさかの手料理…」
翌日のお昼時、工藤邸のダイニングテーブルに広げられた料理の数々に、コナンは目を丸くした。
ナマエは空になったタッパーを洗いながら、「意外だった?」と問いかける。
「意外だよ…ナマエさん料理できたんだね」
「どれも美味しそうですね。おや、ナマエさん。これは?」
「ん?ああ、それは鯛のアラとごぼうを炊いたやつです。安かったので」
「ホォー…」
沖矢は興味津々だ。聞くと彼もなかなかの料理男子らしい。
「あっ、美味しい!」
テーブルについて食べ始めると、コナンがすぐに感嘆の声を上げた。
「ナマエさん、美味しいよ」
「やった、ありがとう」
「出汁巻き卵もいい塩梅ですね」
口々に褒められ、ナマエは嬉しそうに口元を緩ませる。
「安室さんにも作ったりするの?」
「するよー。でも透も上手いし、作れるときに作れる人がっていう感じで」
「へー。結構行き来してるんだ」
おっとそうだった、違う部屋の設定だった。ナマエは焦りを顔に出さないよう笑顔を貼り付けた。
「まぁね。私が結構寂しがりだから。あ、でももし透に恋人ができたらやめるよ」
「ふーん」
「彼に恋人とは…想像できませんね」
顎に手をやった沖矢が真剣な表情で言うので、ナマエは思わず笑ってしまった。
「確かに。みんなの安室透って感じ」
ナマエの脳裏に、JKに囲まれて困ったように笑う安室の姿が浮かぶ。
「でもナマエさんのことは特別扱いしてる気がするけどね」
いんげんの胡麻和えを食べながら言うコナンに、ナマエは思わず目を瞬かせた。
ナマエが常々「只者ではない」と評価しているコナンに言われると、どこか説得力があるから困ったものだ。結局彼女は「親戚だからね」と短く答えた。
***
翌日の日曜日。ナマエはバッタリ会った蘭と園子に連れられて杯戸ショッピングモールに来ていた。
ポアロの徒歩圏内を外れてしまったので、念のため降谷にはメールを入れておく。
「ねーナマエさん、結局ナマエさんって安室さんとどーなの?」
ケーキバイキングで全種類制覇だと意気込んでいた園子が、小さくカットされたケーキを口に運びながら聞いてきた。
「どうって?」
「とぼけんじゃないわよー!ティアラのお披露目パーティーの時、いい感じだったじゃない!」
その隣では蘭もまたうんうんと頷いている。
「いい感じって…うーん」
「さぁ、吐いちゃいなさいよ」
園子がフォークをビシッと突きつけてくる。令嬢とは思えない行儀の悪さだ。
「からかわれたりとかはあるけど、そこからどうなるわけでもないよ」
「えー、嘘だぁ!」
「実際何も変わってないし…」
「じゃあナマエさん、好きな人はいないんですか?」
どこか期待感を滲ませた表情で、蘭が問いかける。
「好きな人…」
一瞬脳裏に浮かびかけて、ナマエはぶんぶんと頭を振った。
「え、何?いるの?」
「いるんですか!?」
ナマエは慌ててトレイを持って立ち上がり、「おかわり取ってくる!」とその場を去る。
背後から聞こえる「ヤツめ、逃げたな!」という令嬢らしからぬ声は、今だけは聞こえなかったことにした。
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