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「……あ」
「ん?」

鼻先までかぶった布団の中で、ネットニュースを読んでいたナマエが思わず呟いた。

「怪盗キッドがまた予告状出したんだって」
「へえ」

隣のローベッドに横になっていた降谷がベッドの縁から顔を出す。

「今度は何に?」
「賢者の石」
「ああ、あの…」

ここのところ世間は石のニュースで持ちきりだ。降谷も当然知っているようだ。

「予告の日はいつなんだ?」

記事に載っている予告状の日付を答えると、降谷が一瞬考え込む。

「その日は…僕は組織の関係で一日いないな。気になるか?怪盗キッド」
「え?んーん、別に。こないだのティアラは特別」
「そうか」

短く返して、降谷はまた寝る体勢に戻った。

「……ねぇ、零」
「ん?」

顔が見えなくなった降谷に、ナマエが再び話しかける。

「バーボンとスコッチ、また飲みたいな」
「いいけど…気に入ったのか」
「うん」
「じゃあ明日、何も予定が入らなかったら晩酌しようか」
「やった、ありがとう」

布団の中で、ナマエは目を細めて嬉しそうに笑った。




***




グラスにストレートで注がれた琥珀色の液体を、ちびちびと舐めるように口に運ぶ。

「んんー、美味しいー」

やっぱりナマエが好きなのはバーボンだった。野性味がありつつも、華やかな風味がクセになる。

「甘めのチョコが合うねぇ」
「ドライフルーツも合うぞ」

今日はつまみ有りの本格的な晩酌だ。
二回目とはいえ、まだまだ飲み慣れない酒にナマエの頬はすっかり紅潮している。

「あっほんとだ、ドライフルーツも合う。美味しい」
「だろ?」

口の中で合わせると、バーボンの香りが強調されていっそう華やぐように感じる。
ドライフルーツのフルーティーな風味でさらに飲みやすくなり、ついペースが上がった。

「おい、飲みすぎるなよ」
「零が一緒だから安心です」
「あのな……」

呆れたような表情を浮かべる彼に、完全に酔っ払ったナマエがへへへと笑う。

「あぁー、幸せ…」
「安い幸せだな」

降谷のツッコミに、「そんなことない」と半目で睨み付ける。それからビシッと彼を指差した。

「こういう何気ない日常が一番幸せなんだからなー、覚えとけよー!」
「はいはい」

どんな捨て台詞だ、と受け流しながら、空になった皿を持って降谷がキッチンに立つ。
そこにドンッと衝撃が走り、降谷は背後から抱き着いているナマエを視線だけで振り返った。

「ナマエ?どうした?」
「……年上扱いしてるだけなんで、お気になさらず!」
「はぁ…? なんだ、こないだ年下扱いとか言ってたやつの仕返しか?」

からかうように聞くがナマエは無言だ。
これだから酔っ払いは、と一つため息をつき、降谷は腰に回った腕にポンポンと触れた。




***




キッドが予告した日は、いつかのような満月の日だった。

雲一つない夜空に丸い月が浮かぶ中、ナマエは快斗と初めて出会った公園でその時を待つ。
あの日の彼と同じように、彼女もまた月明りから隠れるようにして木の陰に立っていた。

(快斗くん、どうなったかな)

彼女にそれを確かめる術はない。
ただ待つことしかできないというのは、こんなにも不安なものなのか。ナマエは自分を抱き締めるように腕を組んだ。

(…怪我、してなきゃいいけど)

賢者の石がパンドラかもしれないという思惑があったとしても、彼を巻き込んだのは他でもない自分だ。
どうか無事で、と祈るように目を伏せた時、「ナマエさん」と小さく囁くような声が聞こえた。

「!」
「こっちこっち」

バッと顔を上げたナマエの視界に飛び込んできたのは、別の木の陰から手招きをする黒ずくめの男の姿だった。
黒い服に黒いキャップをかぶったその男は、素顔の快斗だ。

ナマエがそちらに駆け寄ると、一瞬だけ月明かりに照らされた彼女の姿を見て快斗が目を見開いたように見えた。

「…こっちに車待たせてるから」
「わかった」

快斗の誘導で向かった先には、一台の車が停まっていた。運転席に座るのは老人だ。快斗の協力者だという寺井だろう。

「乗って」
「うん。……寺井さん、すみません。お世話になります」
「いえ、とんでもない。ぼっちゃまのご友人ですので」

二人が後部座席に乗り込むと、寺井がすぐに車を発進させる。

「快斗くん、怪我はない?」
「おー、ちょっとヤバかったけどな。無事無事」
「よかった」

ホッと息をついたナマエに、今度は快斗が問いかける。

「ナマエさん、そのカッコは?」
「ああ、これ?正装…かなぁ」

ナマエが着ているのはアメストリスの青い軍服だ。黒い外套を羽織り、軍用のブーツも履いている。もちろんポケットには国家錬金術師の証である銀時計も入っている。拳銃は降谷が押収してしまったので、さすがに持っていないが。

「こうして見ると本当に軍人だな」
「本当に軍人だからね」

ふふ、とナマエが笑う。

「この格好でこっちに来たから、なんとなくね」

そう答えるナマエを、快斗は神妙な面持ちで見つめていた。

「……ナマエさんさぁ」
「うん?」
「無茶、しようとしてるよな?」

言いにくそうに言う快斗に、ナマエはプッと吹き出した。

「そりゃねぇ、正解のわからないことをやりに行くわけだし」
「失敗した時のリスクは?」
「そりゃあるよね」

カラカラと笑うナマエとは反対に、快斗の表情は曇っていく。そして彼はおもむろに小さなアルミケースを取り出した。

「…はい、これ。やっぱりパンドラじゃなかったわ」
「そっか、ありがとう」

礼を言って受け取ったナマエが、それを開ける。そこに鎮座するのは、紛れもなく本物の賢者の石だ。

「うん、確かに」
「……それさ」
「ん?」
「壊さずに封印、とかできねーの?」

その質問に、ナマエは「うーん」と考え込む。

「基本的に賢者の石って単なる高エネルギー体だから、錬金術に使わなければ理論上は無害なの」
「なら……」
「それでも、これだけ科学技術の進んだ世界なら、錬金術以外にエネルギーの抽出方法が発見されてしまうかもしれない。石の秘密を暴こうとする人も、石を作ろうとする人も出てくるかもしれない」
「……」
「同居人にリスクを負わせたくないし、私がずっと隠し持ってるっていうのも難しいかなぁ」

そう言って苦笑したナマエに、快斗は諦めたように体の力を抜いた。

「やっぱ壊すしかねーかぁ」

どうやらナマエの身を案じてくれていたらしい。ナマエが「ありがとう」と言うと、快斗は照れ臭そうに窓の外に視線を移した。

「お二人とも、着きましたよ」

寺井がそう言いながら車を停める。

「ありがとうございました。寺井さん」
「いえいえ、礼には及びません」
「ナマエさん、本当にここでいいの?」

快斗が窓の外を見ながら言う。

「うん、落ちてきたのもここだし、ここなら人通りも少ないしね」

車が停まったのは、ナマエが降谷の車に落ちてきたあの場所だ。
峠道の途中の開けた場所で、幅の広い路側帯がある。あの日のように月明かりが照らすその場所は、車のエンジン音がなければきっととても静かだろう。

「あ、そうだ快斗くん。最後にもう一つだけ頼まれてくれる?」

ナマエは快斗に最後のお願いをし、彼らの乗った車がその場を離れるのを見送る。完全に麓に下りるまで、月を眺めながらしばらく待った。

「…さて」

小さく呟きながら、手に持った賢者の石を満月にかざす。
見ているだけで寒気がするような異様な存在感は、あちらの世界で見たそれとよく似ていた。

この小さな石一つに何人、何十人、何百人使われたのかはわからないが、これは確かに生きた人間の魂でできている。

「どうしてここに存在しているのかはわからないけど…」

ナマエは石と対話するかのように語りかけた。

「…ごめんなさい。私はこれから、あなたたちを殺します」


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