番外編
※2021年三が日連続更新企画二本目
※過去話(付き合う前)


冬の冷たく冴えた空気と、人混み特有のガヤガヤと賑やかな空気が混ざり合う。
そんな中、名前は長身の男前二人を前に、わかりやすく絶望した表情を浮かべていた。

松田も萩原もそれぞれセンスのいい服に身を包んでいるが、つまり私服だ。
防寒もバッチリで、松田のモッズコートも萩原のPコートも彼らのイメージによく合っている。
道行く女性たちがチラチラと二人に視線を向けるのが名前にもわかったが、何度でも言おう―――私服なのだ。

「…ちょっと、萩原くん」

萩原を手招きすると、彼は笑みを浮かべたまま「なになに」と近寄ってきた。
名前は内緒話をするように口元に手を添え、萩原にだけ聞こえるよう小声で話しかける。

「なんで私服なの?二人とも初詣は毎年和装だって言ってたじゃん」
「えー俺そんなこと言った?つーか名前ちゃんの着物姿かわいーね」
「いや、え?」

萩原の返しに、名前は思わず言葉を失った。
ちなみに彼女が反応したのは前半部分で、後半の褒め言葉はもはや耳に届いていない。

そう、三人は初詣のために市内で一番大きな神社で待ち合わせをしていて―――名前は着物姿なのだ。
訪問着や振袖のような礼装ではなくカジュアルな小紋だが、それでも着物は着物。
私服姿のイケメン二人に挟まれていたら、一人だけ気合いの入れ方を間違った勘違い女のように見えはしないだろうか。

「俺らも着るから着物で来てよって、言ったよね…?」

信じられないという表情で問いかける名前に、萩原は無情にもニッコリと笑った。

「さあ、どうだったかな」
「…嘘でしょ……」
「おい、さみーんだけど」

名前が絶望を深めたところで、一人取り残されていた松田が不満げな声を上げる。
「わりーわりー」と背後を振り返った萩原が、前触れなく更なる爆弾を落とした。

「そういや俺、知り合いの子達に誘われたからそっち行くわ」

は?と間の抜けた声が出た名前に対し、松田は「またかよ」とでも言わんばかりに呆れた表情を浮かべている。

「さっきメール来てさー、その子らもここ来てんだって。挨拶してくるから後でまた合流しよーぜ」
「あっそ。とっとと行けや」

シッシッと追い払うような仕草をする松田に、萩原は「連絡するなー」と手を振ってあっさり人混みに消えてしまった。
自由か?と名前は思わず目を白黒させる。

「え、いいの?あれ」
「今に始まったことじゃねーし。つーか立ち止まってると寒ぃ。さっさと行こうぜ」

両手をコートのポケットに突っ込んだまま、寒さに肩を竦めた松田が先に歩き出す。
名前がそれを慌てて追いかけると、参道の中程で松田が思い出したように歩調を緩めた。

「歩きにくくねぇの、そのカッコ」
「歩幅は狭いけど、慣れればわりと平気」

そう答えれば、松田は大して興味もなさそうに「ふーん」と呟く。

「…どっか掴んでてもいいけど」
「え?」
「転ばれても困るし」
「大丈夫だよ、普通に歩けるから」
「…………そーかよ」

松田の声が少し低くなった気がして様子を窺えば、不機嫌そうな目がこちらをじっとりと睨みつけていた。
服にシワができてはいけないと遠慮しただけなのに、なぜ。

そのまま参道を進んで手水舎で手と口を清めると、そこから拝殿までは長い行列が続いていた。

「ゲッ、時間かかんなコレ」
「ここ有名だしね」

素直に並び、人の波に合わせて少しずつ前に進んでいく。
私服のイケメン二人に挟まれるのは気まずいと思っていた名前だが、松田一人ならそう恥ずかしくもない。
周囲を見渡せば振袖と私服のカップルもざらにいて、ホッと胸を撫で下ろした。

(……って、カップルじゃないし)

自分で自分の思考に照れて小さく頭を振ると、隣から「大丈夫か?頭」と失礼すぎるツッコミが入った。

なんとか時間をかけて拝殿まで辿り着き、無事にお参りを済ませた二人は、そのまま人の流れに沿って授与所へと向かう。
特に目的はなくとも、なんとなく何かしらのお守りが欲しいと思ってしまうのが人の性である。

(どれにしようかな)

名前の視線が真っ先に捉えたのはピンク色の可愛らしい恋愛成就守りだったが、それを松田の前で選ぶ勇気はない。
結局彼女が選んだのは朱色の学業守りだった。

「んなもん要るか?」
「学年ツートップと一緒にしないで」
「さっきあっちのピンクの見てただろ。ホントに欲しいのはあっちなんじゃねーの」

バレてる。
それがなんのお守りか気付いているのかまでは定かでないが、普通にバレてる。

「い…いいの、これで」

なんとか取り繕った名前に、松田は相変わらず興味の欠片もなさそうな顔で「あっそ」と返した。

参道に戻ると、行列に並んでいる時は気付かなかったが、特設のテントで甘酒が振る舞われているのが目に留まる。
これで体を温められると思い、名前は松田のコートをくいっと引いた。

「ね、あそこで甘酒もらえるよ」
「マジか、飲みてぇ」

よっぽど寒かったのか、松田が珍しく目を輝かせる。
早速テントに向かって甘酒の入った紙コップを受け取ると、手のひらにじんわりと熱が伝わってきた。

「あー、あったかい……そしていい匂い…」

湯気とともに米麴特有の甘い香りがふんわりと漂い、思わず頬が緩む。
隣の松田は早々に甘酒を飲み干し、「生き返った」と万感こもった呟きを零している。
ここでのんびり立ち止まっていたら、また寒いだの冷えただのと文句を言われそうだ。名前も彼に倣って甘酒を飲み干し、紙コップを捨てて再び参道を戻り始めた。

「そういえば、苗字さぁ」

大鳥居が遠くに見えてきたところで、松田がふいに口を開く。

「ん?」
「…着物、似合ってる」
「えっ」
「……まあまあ可愛い、と思う」

思いもよらない言葉にバッと右隣を見上げた名前の目に、頬をほんのり赤く染めた松田が映る。
いや、これは誰だ。

「……あ、あの…もしかして、甘酒で酔っ払った?」
「はぁ?あれで酔うわけねーだろアホかっ」
「え、でも顔赤いし」
「見んなボケ」
「シンプルに口が悪い」

よかった通常運転だ、と名前は人知れず安堵する。
少し間を置いて隣を窺えば、赤かったように見えた頬もすっかり元通りだ。さっきのはきっと何かの見間違いだったのだろう。

「つーかそのカッコ、寒くねーの?」
「中に色々重ねてるし意外とあったかいよ」
「ふーん」

特にお腹周りは鉄壁だ。
ただし、むき出しの顔や手はどうしても冷えるが。

名前が冷えた両手をすり合わせてハーッと息を吹きかけていると、それを横からガシッと掴まれた。

「うっわ、冷た」
「まあ、そりゃ手はね。着物に合う手袋なんて持ってないし」

着物に合わせられるような女性物の手袋は、残念ながら名前には少し短いのだ。

「松田くんの手はあったかいね」
「鍛えてるしな」
「筋肉があると体温も高いんだっけ」
「おう」
「子供体温って言わなくてよかった」
「言ってんじゃねーかテメー」

半目で睨みつけられ、思わず「ふはっ」と吹き出してしまう。
すると不機嫌そうに眉根を寄せていた松田が、名前の右手を掴んだままコートのポケットにズボッと手を突っ込んだ。

「えっ、あの」
「…片手でもちったぁマシだろ」
「う、うん、あったかいけど……」
「仕方ねぇから貸してやるわ」

ぶっきらぼうだが優しい物言いに、名前は思わず口を噤む。

二人の手の大きさにさほど差はないが、松田の手はゴツゴツと節くれだっていて男らしい。
ポケットの中で握られた手がじわじわと熱を取り戻し、名前は赤くなる顔を誤魔化すように反対の手で口元を隠した。

松田も先程までより口数が減り、二人の間になんとも言えない沈黙が流れる。

「………一通り回ったし、帰るか」
「…は、萩原くんは、置いてっていいの?」
「連絡来ねーし、どうせまだ女に囲まれてんだろ」
「あー、うん…そんな気もする……」

ぽつぽつと言葉を交わしているうちに、来た時にも通った大鳥居を通り抜けた。

どうしてだか、会話が上手く続けられない。さっきまでどうやって話してたんだっけ。
足元に視線を落としたまま歩いていると、隣り合って歩いていても全く苦じゃないことに今更ながら気が付いた。

(…合わせてくれてるんだ)

彼のように足の長い男が着物の女に歩調を合わせるというのは、かなり大変なのではないだろうか。
隣の松田をちらりと見上げると、いつも通りの無愛想な横顔が見える。

(優しいんだよなぁ)

目付きも口もガラも悪いが、やっぱり優しい男だと名前は再認識した。

「……何見てんだよ」
「あ、ごめん」

前を見たままの松田にツッコまれ、名前は慌てて視線を落とした。

ふと松田が足を止め、名前もそれにつられて立ち止まった。
そしてポケットから手が引き抜かれ、すっかり温まった手がひんやりした外気に触れる。

(あ……)

松田はそのまま手を離した。
名前にはそれが無性に寂しく感じてしまい、それを誤魔化すようにまた両手をすり合わせた。

「ん」

すると目の前に手のひらが差し出され、「え?」とそれを見つめる。

「…反対の手よこせ。場所も交代な」

その言葉に思わず見上げるが、顔を逸らした松田とは視線が合わない。
しかしその目尻が少し赤く染まっているようにも見えて、名前は目を丸くした。

「……いいの?」
「さっさとしろや。冷えんだろ」
「う、うん」

冷えきった手が、また温かな手に包まれる。
じわじわと熱を取り戻していく手に、名前は再び頬が緩むのを感じた。

(これは萩原くんに感謝すべき…なのかな)

松田に着物姿を褒めてもらえたのも、こうして触れ合えるのも。名前にとってはピンクのお守りを諦めたことも吹き飛んでしまうほどの出来事だ。
萩原の嘘に感謝するなんて、きっと後にも先にもこの時だけだろう。

それから駅に着いて手を離すまで、二人の頬の熱が引くことはなかった。


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