※後日談
「ッしゃあー!非番よ!買い物よ!」
「二人で出掛けるのも久しぶりね」
昼下がりの東都デパート。拳を高々と突き上げる由美の隣で、美和子は腕時計を見て現在時刻を確認した。非番とはいえ午前中は溜まった仕事を片付けていたし明日も早い。自由に動けるのはせいぜい半日くらいだろう。
「服とコスメとー、あっ私バッグも見たいのよね」
「私はスーツと靴ね」
「ちょっと、それ両方仕事用よね?さすがに色気なさすぎ」
「いいじゃない。必要なんだから」
「だからってアンタねぇ―――」
由美の言葉が不自然に途切れ、その足もピタリと止まる。そのまま数歩進んだ美和子だったが、釣られて止まると何やら驚いた様子の彼女を振り返った。
「由美?」
「ちょっ……ちょっとこっち!」
「えっ」
グイグイと腕を引かれ、無理矢理押し込まれたのは化粧室に繋がる通路の陰だ。
「何よ、どうしたの?」
「いいから見てほらっ、あれ!」
そう小声で言いながら由美が前方を指し示す。その先に視線を向けた美和子は、そこに思いがけない人物を見つけて瞠目した。
「え、あれって……」
「松田君よ松田君!」
同じく非番なのだろうか。米花中央病院の爆破を未然に防いだ後、再び爆処に戻った彼を見かけるのは随分と久しぶりのことだった。
モノトーンのシンプルな私服に身を包みながらも、その肩に掛けられた女性物のトートバッグがやけに存在を主張している。彼女の荷物を持ってあげているのだろう。松田の隣には見覚えのある女性が佇んでいた。
「隣は噂の彼女かしら」
「そうね、米花中央病院にいた人だわ。確か……苗字名前さんよ」
事件後、松田に彼女ができたと一部の部署がざわついたのは記憶に新しい。傍若無人で扱いにくい男として知られるあの松田陣平と付き合うなんて、一体どんな女性なのかと捜一でも話題になったものだ。
「......ふっふっふっ」
隣から不穏な笑い声が聞こえる。正直嫌な予感しかしない。
「由美、あのね......」
「決めた!」
その目は獲物を見つけたとでも言わんばかりに爛々と輝いていて、美和子は溜息とともに説得を諦める。
そして由美が意気揚々と続けた言葉は、美和子が予想したそれと一言一句違わないものだった―――
***
「......ねえ、あれ本当に松田君なの?」
買ったばかりのヘアアクセサリーで簡単なアレンジをし、同じく買ったばかりのサングラスで目元を隠した由美が訝しげに言う。
ちなみに美和子は雑貨屋で買った伊達眼鏡をかけ、前髪の分け目を変えている。サングラスの二人組はさすがに目立ちすぎるので却下した。
「双子の片割れってオチはないわよね」
由美がそう言いたくなるのも無理はない。そのくらい、松田陣平のデート模様は予想の斜め上を行くものだったのだ。
荷物を持ってあげるのなんて序の口だった、というのは尾行を始めてすぐにわかった。買った物は片っ端から松田が奪い、名前の買い物なのに財布すら出させないこともあった。名前がガチャガチャをやれば何も言わずにカプセルを奪って開けてやり、エスカレーターでは必ず自分が下側へ。エレベーターの昇降ボタンすら名前には押させない。
「まあ、確かに意外ではあるけど......」
由美の反応に苦笑しながらも、美和子はそれほど驚いてはいなかった。
――― 一番大事にしてぇ女
あの日、名前に向かってそう微笑んでみせた松田。その姿を間近で見たからこそ、その過保護ぶりもあまり意外に思わないのかもしれない。
「意外すぎてもう別人よ。好きな女には尽くすタイプなの?ギャップえぐすぎない?私今夢でも見てんのかしら」
言いたい放題である。
そしてぷらぷらと買い物を楽しんだ二人が次に向かったのは、なんと明るい色彩に溢れた子供用品店だった。
「!?」
これには由美はもちろん、一歩引いたところから見守っていた美和子も浮き足立つ。まさか妊娠しているのか、あの松田が父親に?とソワソワしたのはほんの一瞬、次の瞬間には職務中さながらの俊敏な動きで尾行を再開した。
そして松田たちが見ている商品棚の裏側という、なんとも大胆な場所に位置取りする。二人と二人を隔てているのは壁ですらない。そのおかげで松田と名前の会話もよく聞こえてきて、どうやら名前の友人の子供に向けたプレゼント選びらしいとわかってあっという間に勢いが萎んでしまった。
「なーんだ、そういうこと」
落胆した様子の由美に「シーッ」と指を立てる。予想が外れたとはいえ、二人はまだそこにいるのだ。
由美が慌てて口を押さえたところで、再び二人の会話が聞こえてくる。
「あれぐらいの歳の子ってどういうのが嬉しいんだろ」
「知るかよ。親に聞いとけ」
「あ、確かに」
納得したようにそう言った後、名前がふふっと小さく笑うのがわかった。そんな名前に松田は「なんだよ」と不機嫌そうに返す。
「陣平って適当そうに見えて、いつもちゃんと的確な答えくれるなーって」
「普通だろ」
「なのに誤解されやすいのが陣平らしいっていうか」
「あ?」
「ね、あれ覚えてる?高校生の頃、萩原くんと三人で行った花火大会で迷子の子のお母さん探したやつ」
「……んなこともあったか」
萩原とは元機動隊隊員で、四年前の事件で殉職したという萩原研二隊員のことだろうか。三人揃って学生時代からの付き合いだったとは、と思わぬ繋がりに顔を見合わせる。
「萩原くんは泣いてるその子をずっと抱っこしてて、陣平は「このクソガキさっさと黙らせる」って誰より走り回って。結局お母さん見つけてきたのも陣平なのに、最後までその子陣平に懐かなかったの」
「.........」
「思い出した?」
「思い出したら腹立ってきたわ」
忌々しげな呟きに、名前がまた笑う。
「陣平励ますために私と萩原くんで食べ物いっぱい買ってきたんだよね」
「ハギのりんご飴は確実に嫌がらせだったけどな」
「結局私が食べたやつね。萩原くん、他にもトッピング盛り盛りのクレープとか買ってきてなかった?あれ笑ったなぁ」
「行くか?」
「ん?」
聞き返す名前に、松田は「花火大会」と付け足した。
「夜なら外でも日焼けしねぇだろ」
「いいの?人多いよ?」
「よくなきゃ誘わねーよ」
「え、嬉しい。行く行く」
名前の声が嬉しそうに弾む。それに「喜びすぎ」と返す松田の声色も柔らかかった。
あまりに平和なカップルぶりに、盗み聞きしている罪悪感が今更ながらに湧いてくる。由美も満足しただろうし、そろそろこの場を離れよう。そう美和子が考えたところで、名前が「電話してきていい?」と問いかけた。友人に子供の好みを聞きたいらしい。「じゃあ俺便所」と松田が返し、二人の足音が遠ざかっていく。
「……行ったわね」
「あー腰ヤバッ」
詰めていた息を思いきり吐き出し、中腰になっていた体勢を戻してパキパキと骨を鳴らす。ついでに伸びもしておこうと体の前で手を組んだ時だった。
「で、何してんだテメーら」
「!」
二人同時にギクリと肩が跳ねる。ゆっくり振り向けば、そこに立っていたのは呆れたように眉根を寄せる松田陣平その人で。
「下手くそかよ。仮にも現職の刑事がよ」
「......気付いてたのね」
「バレバレだっつーの」
吐き捨てるように言うが、肩に掛けたトートバッグと大量のショッパーのせいかあまり圧を感じない。
「ごめんごめん、つい野次馬根性で……」
変装用のサングラスを外しつつ、由美がてへっと舌を出す。美和子もまた伊達眼鏡を外し、「私もごめんなさい」とそれに続いた。
「にしても、彼女のことすっごく大事にしてるじゃない。松田君って尽くすタイプだったのねー」
意外だわ、と由美が率直な感想を述べれば、松田は「あ?」と片眉を上げる。
「大事なモン大事にして何が悪ィんだよ」
―――ほんの数秒、二人は言葉を失った。店のBGMが先程までより鮮明に聞こえる。それが途轍もなく破壊力のあるセリフに感じるのは、普段の松田陣平という男を知っているからこそだろうか。
三人がいる通路に名前がひょっこり顔を出したのはその時だった。
「あ、陣平いた」
「おう」
「あれ?」
二人の存在に気付いた名前が目を瞬かせる。そして美和子を見て「あっ」と声を上げた。
「佐藤さん……でしたっけ。米花中央病院ではお世話になりました」
「いえ、こちらこそご協力ありがとうございました」
実際問題、あの事件は名前が爆弾を見つけてくれたおかげで防げたようなものだ。美和子は改めて名乗ると、隣の由美を同僚だと紹介した。
「どーも!警視庁交通部交通執行課、宮本由美です」
「苗字名前です。松田がいつもお世話になってます」
「母ちゃんかよ、お前は」
女三人のやりとりに松田は居心地悪そうに顔を歪めている。名前は気にせず続けた。
「職場でどう振る舞ってるかは大体想像つきますけど」
「おい」
「これからもよろしくお願いします」
「聞けよ」
ある意味息の合った会話に思わず吹き出しそうになる。松田は同僚二人に尾行されていたことを名前には言わず、「さっさと買うぞ」と彼女を促した。
一言二言交わして松田達と別れた後、店を出た由美と美和子はなんとなく同時に後ろを振り返る。
「この後陣平の買い物もしようよ」
「いらねー」
「煙草は?下に喫煙所あったけど」
「今日は吸わねぇ」
「気を遣わなくてもいいのに」
「遣ってねーっつの、しつけぇな」
「痛っ」
小突かれたところを押さえる名前と、可笑しそうに笑う松田の横顔が見える。
「……ふっつーにいいカップルじゃない」
「そうね」
強行犯三係に異動してきた頃、松田にはもっと刺々しく危うい雰囲気があったはずだ。もしかしたら彼女が松田の精神安定剤代わりなのかもしれない、と二人の姿を見ながら美和子は思う。
現在時刻を確認すれば、非番を満喫できるのもあと数時間。スーツも靴もあまりじっくりとは見て回れそうにない。それなのに、それを残念に思う気持ちは微塵も湧いてこなかった。
prev|
next
back