好きな人の好きなもの

「……みょうじさん、おはよう」
「!!お、おはよう!」
「傘、ありがとう」
「いいえっ」

翌日の朝練後。昇降口でローファーを脱いでいたら背後から孤爪くんに声をかけられた。彼の手には昨日貸した傘が握られていてお礼を伝えた後、「ここに入れといて大丈夫?」と傘立てに入れようとしてくれる。

「うん、大丈夫」

ちゃんと、話せている気がする。昨日のかっこいいと折りたたみ傘の発言のことは引きずらないで話せている気がする。大丈夫。きっと、大丈夫。


「あれ?話せるようになってる?」

孤爪くん達よりも先にシューズに履き替え教室へ向かっていると、隣で眠そうに欠伸をしボーッとしていたトモちゃんが思い出したかのように声を少しだけ張って言った。

「うん、少し話せるようになったの」
「急な進展に驚いてる」
「昨日たまたま一緒に帰れて、それでちょっとだけ前より話せるようになったんだ」
「おお、良かったじゃん」
「うん」

中二から止まってしまった孤爪くんとのお友達関係が動き出した気がして自分でも嬉しい。前よりももっと仲良くなれたらいいな。謝罪が出来たことで気持ちが前向きになれた。





学級委員の集まりがあった昼休み。教室へ戻る途中、人通りの少ない場所の校舎の外壁へ背を預けそのまま地面におしりはつかせずしゃがみ込んでいた。

「わ、結婚できた」

スマホを横にして画面上に人差し指を器用に動かす。私が今やっているのはスマホゲーム。キャラクター達が作物やご飯を作りオーダーに応えるというもの。その中でキャラクター達は歳を取ったり、結婚したり、子供を産んだりとなかなか現実味のあるゲームなのだ。

もともとあまりゲームをするタイプの人間ではなかったけど、やっぱり好きな人の好きなものには興味がある。私もゲームをしたら話しかけることが出来るかな?という期待から色々探していたら、これに出会いすっかり自分がハマってしまった。孤爪くんがやってるのはこういうタイプのじゃないと思うけど。

このゲーム。実は結婚するのが難しい。普通に振られることの方が多い。でも子孫を増やさないと作業人数も減っちゃうし、なにより親と顔が似るからどんな子が産まれるか楽しみなところもある。だからさっき声に出して結婚できたと喜んでしまったんだけど、もう一人の子は。

「振られちゃった……」

もうこの子二十回お見合い申し込んでるんだけど。どうしても振られてしまう。面白い顔してるんだけどな。やっぱり能力が低いからなのか。もう一回お見合い申し込んでおこう。スマホを操作してから、ふぅ…と脱力するように息を吐き、膝を抱えそこに顔を埋めたその時。

「え」

高い位置から、最近聞くことが多くなった声が降ってきた。

「え?」

声だけで分かる。好きな人の声。ゆっくり聞こえた方へ視線を移せば、驚愕し固まっている孤爪くんの姿がそこにあった。

「っあ…、ご、めん」
「え?うん…?」

目が会った瞬間。急に謝罪をされ、首を傾げる。私何か孤爪くんに謝られるようなことしちゃってた?ど、どうしよう。折角、仲直り出来たのに。また前みたいに気まずくなっちゃうのかな。そう思ったら急に悲しくなってきてその場に立ち上がり眉を微かに下げてしまった。

「え…」
「?」

今度は私の顔を見て目を見開く孤爪くんは慌ただしくポケットの中に手を入れ何かを探し出した。しかし、探し物は見つからず、そうしてる間に人の声が遠くから聞こえてきた。今日はよく人が通るな、なんて呑気に考えていると、孤爪くんがこちらに早足でやって来て、背を私の方へ向けた。どうしたんだろう…?その彼の行動と共に先程聞こえていた声の主達は近くを通り去ったんだけど……。私はただ孤爪くんの行動に頭に疑問符を浮かべるだけ。

「えっと…、孤爪くん…?」

名前を呼んでもこっちを見ようとしない。ただ俯いて背を向けるだけ。こういうことをする人だった?何か意図があってやっているのは分かるから、後ろから上体だけを前に動かし、下から覗き込むようにしてもう一度呼んでみた。

「孤爪くん?」
「!?」
「!!」

距離感を間違えた。意外と近くに顔を寄せてしまったため、俯き下に流れる金色の毛先が頬に触れるくらい近づいてしまった。それに驚き、後ろへ避ける孤爪くん。思ったより近くにあった顔に驚き横に避ける私。いきなり人の顔が目の前に現れたらびっくりするだろうと勢いよく謝った。

「近かったね、ごめん!」
「いやっ、」

ああ、もうなにやってんだろう。私がこんなんだから毎回孤爪くんに迷惑をかけるんだ。また自己嫌悪に襲われていると、視界にスマホ画面が映った。

「あー!結婚できた」
「え……」

スマホを両手に抱え、嬉しさのあまり腕を高く上げて一人で喜んでいれば孤爪くんが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気が付く。

「これ、ゲームなんだけど。この子がずっと結婚出来なくて振られてたのね。さっきも振られちゃったんだけど。それで、またお見合いを申し込んだら今度は結婚成立したのー!!」
「……」
「このマークがつくと結婚成立なんだけど。ついてるでしょう?ね?」
「……ついてるね」

良かった、と安堵の息を吐くと同じように孤爪くんも息を吐き「ゲームの話…」と目の光が一瞬だけ消えた気がした。

「みょうじさんって、ゲームするんだ」
「えっ、う、うん。これはハマってるんだあ〜」

孤爪くんが好きだからやりました、なんて絶対言えない。気持ち悪がられる。でも、ゲームの系統が違うからやり始めた理由がバレるなんてことは絶対にないと思う。思いたい。

「面白そうだね」
「面白いよ!孤爪くんもやってみる?」
「うん、やってみよう、かな」
「!!」

孤爪くんはやらなそうって思っていたから、やってみると言ってくれた事が嬉しくてパァッと表情が明るくなる。

「本当!?」
「うん」
「じゃあさ、お友達になってくれる?」
「うん、なろう」

スマホを取り出した孤爪くんにゲーム名を伝える。手際良くダウンロードして、初期設定をし、フレンドになってくれた。さっきまで一人でいた場所に二人でしゃがみ込み、孤爪くんが操作する画面を横から眺めていた。やっぱりゲーム慣れしているため、一瞬で操作方法や流れが掴めたみたい。

「最初のうちは養子とか貰って人を増やしていくといいみたいだよ」
「そう、なんだ」
「孤爪くんが慣れてきたらさ」
「うん」
「私と結婚してくれない?」
「………え」
「ん?」

さっきまで画面に集中していた意識がこちらに一瞬にして向けられた。ぱちっとまた至近距離で視線が交じり合い、パッと勢い良く逸らされる。私、今、なんて言った?

「!?!?…言い方!言い方が変だった…!私のところの子供!……あれ?なんか違う?だから、そのっ、ゲームの子と!!」
「う、うん。わかってる」
「このゲームやってる友達、周りにいないしっ。いても孤爪くんと結婚したいって思……」

ああああ…!違う違うっ!なんで同じ失態を繰り返すの。違う、ごめんね、と謝り恥ずかしさで両手で顔を覆うと近くで「ふっ」と小さな笑い声が届いた。

「ごめ、……ちょっと、可笑し、くて……ふっ」

斜め下を向き、拳を作った手で口元を隠して笑う孤爪くんの表情は髪に隠れて見えない。こんな風に私に対して笑うのは初めてだったから体中が一瞬にして熱くなった。けれど、目の前の人物は続けて追い討ちをかける。

「しよう、結婚」

ゲームで、ね?なんて、首を傾げながら柔らかい笑顔をこちらに向けてくるから、ボンッと効果音が聞こえるくらい一瞬にして顔が真っ赤になる。しかもちょっと揶揄うように言われた。そんなふうに言われるのも初めて。尋常じゃないくらい赤く染った私を見て孤爪くんも自身が発したことに気付いたのだろうか。それとも、私がここまで意識するとは思わなかったのかは分からないが、孤爪くんの頬もほんのり赤く染まり始めた。

「…あ……、ご、めん」
「う、ううん…!」

私が意識しすぎなんだ。前だったら、嬉しい〜!とでも軽く返せていただろう。毎回気まずい雰囲気にさせるのは私が原因なんだと必死に掌、手の甲を使って顔から熱を冷まそうとした。

「なんか、照れちゃう、ね」
「う、うん」

お互い同じ顔色で。同じくらい動揺している私達は何故相手がこんな反応をするのか不思議に思うも、その答えを考える余裕はなかった。



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