初恋は墓場まで

この頃、前みたいにみょうじさんと話せるようになった気がする。一緒にみょうじさんの傘に入れさせてもらって帰ったあの日。必死に言葉を探してあの時のお礼を言うみょうじさんに、おれも謝ることが出来た。

あの時のことを「余計なこと」と言ったら、凄い勢いで否定された。……そっか。余計なことじゃなかったんだ。良かった、と安堵から無意識のうちに頬が緩んだ。

みょうじさんの「かっこいい」という発言と、折り畳み傘を持っているのに何故それを使わなかったんだろうという疑問は、走って行く彼女の背中を眺めながら消えていく。あの人、抜けているとこがあるから多分その部分がきっと出たんだとひとり納得した。




「振られちゃった……」

人通りの少ない場所で悲しそうにそう呟き、息を吐いてから両腕で抱えた膝へ顔を伏せる好きな人の姿。ずっと同じ場所で蹲っていたから体調が悪いのかと廊下の窓から見えた瞬間、早足でここに来てしまった自分にため息が出る。そして、放たれた内容を聞き、ここに来たことを後悔した。

「え」

驚きで声が出た。振られたって、そういうことだよね…?というか、みょうじさんを振る人っているの?って考えるけど、自分が惚れているからそう思うのかもしれない。どんなにモテる人気者だって全員に好かれるわけじゃないし。
けど、みょうじさんに好かれる人が羨ましい。素直にそう思ってしまった自分に焦りながら顔を上げれば、きょとんと目を瞬かせる彼女がいて、我に返り慌てて謝罪をした。

「っあ…、ご、めん」
「え?うん…?」

困惑しながら頷かれ、今にも泣きそうに眉を八の字にして悲しさを露わにするみょうじさんにヒュッと喉の奥が鳴って、どうしたらいいか分からず、何も入っていないポケットの中を漁る。目当てのもの、涙を拭うためのハンカチかティッシュはやっぱり入っていなくて、そうしている間に遠くから話し声が聞こえてきた。

咄嗟にみょうじさんの元へ寄り、他の人に見られないように自身の背で隠す。きっと泣いてるところを見られたくないと思うから。しかも、人気者のこの人が泣いていたらたくさんの人が気にかけるだろうから。大事にならないためにバレない方がいいと思った。

「孤爪くん?」
「!?」
「!!」

そう思ったのに、急に斜め下から至近距離に好きな人の顔が現れて声にならない叫びが口から出た。みょうじさんって、たまに距離感バグる時がある。
今度は向こうが謝罪し、自分でも分かるくらい動揺しながら頷いた時。スマホを一瞬見たみょうじさんの表情は、ぱぁっという効果音がつくくらい明るくなった。な、なに?

「あー!結婚できたー!」
「え……」

そして、次に出てきた言葉に思わず絶句する。結婚……?なにが?そんな疑問は彼女の嬉々として放たれた説明で納得する。ゲームの話…。そう無意識に口から出てしまった。確かに、結婚なんてよく考えればゲームか何かだってすぐ分かる。心臓が一瞬止まるくらい焦っていた自分に呆れた。

っていうか、みょうじさんってゲームするんだ。意外。そのことを素直に聞くと、何故か目を泳がせながら最近ハマっていると教えてくれた。こういうタイプのゲームはやったことないけど、好きな人が楽しそうにやってるし、話の話題とかになれれば……っていう下心で誘いに乗った。こんな理由があるなんて本人に知られたら気持ち悪がられる。絶対バレたくない。みょうじさんにも、他の人にも。

「孤爪くんが慣れてきたらさ」
「うん」
「私と結婚してくれない?」
「………え」

大体の流れを掴むため、みょうじさんに教えてもらいながら操作していると、横から爆弾発言を落とされる。この人、たまにこういうことを無意識で言ってくるから、怖い。でも、直ぐに気づいて慌て出す姿は、可愛いって思ってしまう。だから、笑いが堪えられなかったし、少し意地悪をしたくなった。

「しよう、結婚」

ゲームで、ね。をちゃんとつけた。でも、相手の真っ赤に染まった顔を見て自分の失言に気付き焦る。みょうじさんの熱が移ったようにおれの顔も熱くなり、すぐに謝罪を入れたけどお互いに籠る熱は暫く冷めなかった。









それから数週間。みょうじさんのレベルまでにはいかなくても近づくくらいにはレベル上げが出来て、プロポーズをしてみた。ボタンを押すだけなのに、プロポーズするまで一日は時間がかった。最後は、「ゲームだし……」「みょうじさんと約束したし…」って自分で自分に言い聞かせたりしてようやく出来た。みょうじさん喜んでくれるかな、なんて内心ソワソワしてしまったけれど、おれがしたことにそんな喜ぶわけないかと結論に至る。

でもこのゲーム、普通に面白い。それに少しの時間でも出来るから気分転換にも良い。


「なんか今日機嫌いいな?」
「……そんなことないけど」
「そうかあ?……ん?それ、新しいゲーム?」
「うん」
「意外だな、研磨がそういうのやんの」
「まぁ…」

今日は朝からクロが練習に来た。久しぶりだからという理由で、おれと同じ時間に家を出て一緒に体育館に向かっている。そういえば今日の隣のコート、何部だっけ。バト部じゃないといいな。



「あれ?隣のコート、バト部になったの?」
「……うん。つい最近から」

体育館にて。いないといいなって思う日に限って隣にはみょうじさんの部。クロがいる時にみょうじさんと一緒にいるところを見られたくない。絶対何か察せられる。そう思い、なるべく今日は関わらないようにしようと心に誓った。
だけど、やっぱりそういう日に限って鉢合わせてしまうもの。でも、みょうじさんが笑顔でおれの名前を呼んでくれて、お疲れ様って言ってくれるだけで会えて良かったって思うのだから自分はなんて単純なんだと呆れる。

その後、いつも通り爆発発言するみょうじさんに少し慣れてきて、動揺を隠しながら受け答えが出来るようになった。……気がする。そしたら直ぐにクロが面倒臭い笑みを浮かべながらこっちにやってきたから眉間に皺を寄せて、来るなの意味を込めて睨むけど、効果は全然なくてみょうじさんに楽しそうに挨拶をし始めた。

クロは良いヤツだけど、見た目は怖いから。雰囲気も胡散臭いし、身長のせいで威圧感もある。だから、みょうじさんが怖がるかもしれないと彼女の方を見れば、案の定、肩を跳ねさせていたからすかさず二人の間に入った。

「ちょっと…」
「悪りぃ、悪りぃ」

ちょっと話してみたくて、な?と言うクロは、やっぱり楽しそうだった。みょうじさんが同じ中学校で、一時期おれと一緒にいたことをクロは知っている。
おれがみょうじさんのことを好きだというのも、多分知ってる。直接言葉にして聞かれたことはないけど、中学の時も高校を卒業する前も遠回しに彼女のことを聞いてきたりしたし。中二の時、一緒に話しながら歩いてるところを見られてもいる。朝練終わりにみょうじさんに会うため時間を調整していることも薄々気付かれていたと思う。

でも、しつこく聞いてきたり、冷やかすような嫌な雰囲気で聞いてきたりしないから、そういうところは流石だと感心する。まあ、でもニヤニヤ愉しそうな顔をして聞いてくるから少しムカつきはしてた。

「あの子にプロポーズしたの?」
「……」
「あの子と結婚したの?」
「……うるさい」

みょうじさんがいなくなって直ぐ。声をかける前に聞いていたであろう会話の内容を揶揄いながら聞いてくる。こういうのは、うざい。





そして、練習が終わった後もクロのみょうじさんへの好奇心は止まらない。長年一緒にいる人間にしか気付けない程の自然な足取りで、幼馴染は体育館の出入り口へ向かう。クロの行動に敏感になっている今だからこそ、向かう先に好きな人がいることに一瞬で気付けた。
その時クールダウンしながら思い切り顔を顰めたから、隣にいた虎が「ど、どうした……?」と不安げに声をかけてきた。

やっと自由になり早足で二人の元へ向かおうとするが、近づくに連れ足を動かすスピードは遅くなり、最後はピタリと止まった。理由は単純で、あまりにも向き合っているクロとみょうじさんがそういう風に見えたから。クロというより、クロみたいなタイプの人とみょうじさんが並んで歩いているのが鮮明に想像出来たから。

顔を真っ赤にさせて、クロを見上げて何かを叫んでいるみょうじさん。いつもどこか遠慮されてる自分より今日初めて話した幼馴染の方が距離が縮まっているようで、胸の奥が正体不明のイラつきに支配される。

「わかった、わかっ…………あ。研磨」
「!?…あっ、こ、孤爪くん」

クロがおれの名前を呼ぶとみょうじさんは、言葉通り飛び跳ねて驚く。それを横目にクロは笑う。そんな二人に眉間の皺が増えた。

「クロ」

思ったより低い声が出た。眉間の皺が濃くなったのは二人のせいではない。幼馴染に対して醜い嫉妬をしている自分に向けて作ったんだ。でも、みょうじさんをあまり困らせるのはやめて欲しい。そういう意味を込めて声をかければ、気まずそうに「ハイ」と返事をされた。

はぁ……ダサい。心の中でため息を吐くと同時にみょうじさんが声をあげる。彼女の声を聞くだけで心が晴れるのはどうしてだろうか。

「孤爪くんとやってるゲームの話をしててね!それで、孤爪くんちの子が孤爪くんに似……あっ、違くて……、そう!!子供が産まれたの!!さっき見たら孤爪くんちの子との間に子供が産まれてて!!」
「そう、なんだ」
「そうなの!二人に凄く似てる子が産まれて!!可愛いんだよ!」
「…そっか」
「そう!それで、」

待って。ちょっと待って、落ち着いて。こういう時のみょうじさんは何を言うか分からない。基本、こっちが想像出来ないぶっ飛んだことを言い出す。

「ゲームの中でだけど、孤爪くんと結婚出来て、子供が産まれて嬉しいって思ったんだ!」
「ブフォッ」
「……」

言葉にならない発言をされ、固まるしかなかった。近くでクロが噎せている。たった一言で色んな情報が入ってきて、嬉しいのかそうじゃないのかも判断出来ない。焦るみょうじさんにおれも早口でフォローにならない返事をすることしか出来なかった。

逃げるように去っていくみょうじさんを見送りながら、未だ動揺しているおれにクロは言う。

「子供産まれたの?」
「……」
「おめでとう」
「……うるさい」

クロのこういうところは、ほんと、うざい。



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