はちみつ漬けの独占欲

数日が経ち、孤爪くんとお祭りに行く三日前となった。

誘おうとしていた方のお祭りは数日前に終わり、私は去年と同じく部活のメンバーと行った。一度断っておいて自分の都合で一緒に行きたいなんて言ったら迷惑だろうと思ったのだけれど、伝えていたのはトモちゃんだけで、そのトモちゃんが行こうと言ってくれたため、みんなと楽しませてもらった。優しい。


そして、私は今日も音を立てながら卵を剥いている。ここ最近は毎日ゆで卵を食べている気がする。悩んだり、考えごとをしたりすると作ってしまう癖。剥いている時は無心になれて、パリパリの音と綺麗に剥がれた時の気持ち良さが好きでやってしまう。

今も昼食後、一人残って最後の食事であるゆで卵の殻を剥いていた。最近何に悩んでいるのか。それは、三日後に迫った孤爪くんとのお祭りのことである。
誘えたのはいいものの待ち合わせ場所、時間などはまだ決めていなかった。あの日に決めれば良かったのだけれど、誘えた嬉しさとか達成感が勝ってそれどころじゃなかったというのと、話す口実を取って置きたかったという下心ありの理由。
そんな考えだから未だ孤爪くんと話が出来ず、予定を決めていないことに焦っている。このまま約束が無かったことに、なんてないよね……。連絡先を交換していないから、直接会って話すしかない。けれど、男バレは最近体育館にいないし、話すどころか会ってすらいない。

山本くんの連絡先も知らないし、バレー部の連絡先を知っている友達が自分の周りにいないか考える。トモちゃん、誰かの知らないかな。多分、交換していない気がするなぁ。バド部の後輩で知ってる子とか……なんて考えたけど、だめだよねえ……。脳内で嘆き叫べば、トモちゃんがトイレから戻ってきた。ゆで卵を剥きながら、覇気のない声を出す。

「あのさ」

綺麗に剥き終わったツルツルで真っ白の丸い食べ物を見つめながら口を開く。

「ゆで卵、剥きたくなる時ってあるよね」

悩みと焦りで、一度思考を停止させた。口から出てきたのは、くだらないこと。へぇーと興味無さそうに返事をくれるか、何言ってんの?と引いた顔を向けるかのどちらかだろう。くだらないことを吐き出せたお陰で、既に頭の中は孤爪くんのことでいっぱいになり始め、停止した思考が動き出すと同時にトモちゃんから返事を貰った。

「…………えっ、と……」
「!?」
「あまり、ない……かな」

声にならない叫びを上げる。バッと振り向くと、そこには気まずそうな表情をした孤爪くんがいた。

「ないよね!!ごめんね!変なこと言って!!」

返された答えに勢い良く全力肯定。孤爪くんに会う度、毎回なにかやらかしている気がする。まさか今日会えるなんて思ってなかったから好きな人を前にして頭が真っ白になり、話さなきゃいけないことは何も思い浮かんでこない。心の準備が出来ていなく、オロオロし出す私に孤爪くんは続けてこう言った。

「みょうじさんのそういうとこ、いいと思う」

気を遣って言ってくれたのか。視線を彷徨わせながら発し、最後はこちらを上目遣いで見つめた。本心ではなく社交辞令的なものだから、ここは「あ、りがとう」と素直に受け取りお礼を伝えれば、目を逸らされてしまう。気を遣って言ってくれたと分かっていても、私は平然を装うのに必死だ。

「土曜日」
「!う、うん」
「午前中で練習終わるから何時からでも大丈夫なんだけど……」

みょうじさん、何時がいい?段々声が小さくなっていく孤爪くんに慌てて返答する。

「ごっ」
「なまえー!さっき男バレいたよ!孤爪もいるんじゃな……」
「……」
「……」
「……いるじゃん」

トモちゃん……。五時はどうかな、と言おうとした言葉はトモちゃんの元気な声によって遮られる。トモちゃんっ!その言い方!私が孤爪くんを探してるってバレる……!いや、探してるのは本当なんだけど!!

空気を読んで「じゃ!」と元気良く片手を上げて立ち去ろうとするトモちゃんに猛スピードで縦に首を振ったその時。

「みょうじさんっ……、い、いいいいいますかっ!」

いなくなろうとしたトモちゃんの目の前にバレー部主将の山本くんがやって来た。いつにも増して挙動不審になり、目を充血させて名前を呼ばれたため彼に何かしてしまったのではないかと焦る。しかしそれは杞憂だったみたいで、大股でこちらに近付いて来る山本くんは、今から試合前の円陣での掛け声をするかのような気迫で声を張った。

「あのッッ!」
「うん……?」
「この間のッ!お祭りの時は、あああアリガトウゴザイマシタタッ!コレ良かったら!!」
「えっ……」

山本くんが差し出したのは綺麗にラッピングされた小さな包み。その中身は何となく想像がつく。えっ、と驚きの声を上げたのは私ではなく、凄い勢いで近寄って来た山本くんと何かしてしまったのではないかと焦る私の間に軽く入り込んだ孤爪くん。急に視界半分に現れた孤爪くんの背中に、呑気にキュンとしてしまった自分が恥ずかしい。

「あ、もしかして……?」
「エッまっ、あッはい」

妹にも確認して買ったんで、大丈夫だと思いま……ッス、とまるでラブレターでも渡されているみたいに両手で頭を深く下げて差し出す山本くんに「気にしなくていいのに」と孤爪くんの後ろから離れ、苦笑する。

「ハンカチ、だよね?いただいちゃって、いいの?」
「……ッス」
「えぇ……うわあ、嬉しい。ありがとう」
「……!?!?」

ボンッと顔を赤くした山本くんに、妹いるんだねと続ければ、言葉になってない返事をいただく。そして、最後にもう一度深く頭を下げ、おぼつかない足取りで出て行く山本くんは、孤爪くんの存在には気付いていないようだった。

何故山本くんからハンカチを貰ったのか。それは、孤爪くんを誘えなかったお祭りに行った際にたまたま男バレの子達と会い、その時丁度飲み物を溢してしまった山本くんにハンカチを貸したのだけれど、使い終わった後水溜まりに落としてしまったからだ。午前中軽く雨が降っていたからなぁ〜なんて思いながら、この世の終わりみたいに絶望する山本くんに声をかけようとしたら、遮るように弁償すると頭を下げ謝罪をされた。

その時に、彼は女子が苦手なのではなく女子とどう話せばいいか分からないから、いつもああいう反応をしてしまうのだと他のバレー部員から聞いたのだけれど、そんな人に女子用の新しいハンカチを買わせてしまい、こうやって渡しに来て貰っていることが申し訳なくなってしまう。

「お祭り行ったの?」
「……え?」

ガチガチになって歩いていく彼の後ろ姿を眺めていると、突然背後から投げられた質問に驚く。山本くんに近寄ったため、孤爪くんは私の後ろにいた。
射抜くようにこちらを見つめながら聞いてくる孤爪くんに冷や汗をかく。悪いことをして尋問されている気分。

「行った、けど?」
「……そう、なんだ」

ふいっと顔を背けて返事をされたため、また無意識のうちに私は彼に嫌なことをしてしまったんじゃないかと焦る。必死に数秒前の言動を脳内で遡っていると、私の顔を見た孤爪くんは「ごめん、なんでもない」と言った。

「そ、そっか。えっと、さっきの話なんだけど、五時くらいとかでも大丈夫?」
「うん、大丈夫。場所は神社の前でいい?」
「うんっ」

良かった。普通に話せてる。良かった。時間も場所も決められた。

「あと連絡先」
「そうだ!孤爪くんの連絡先知りたいと思ってて………あ。私、スマホ鞄の中だ」
「なまえのスマホここにあるよ」
「!?トモちゃん!?いつからそこに!?」
「ずっといた。出て行くタイミング逃して。ごめん」

突然聞こえた友達の声に肩をビクつかせる。そんな私に「何回も電話が来てたって預かったんだ」とスマホを渡してくれた。

「トモちゃん、ありがとう〜〜!これで孤爪くんと連絡先交換できるよ。トモちゃんのおかげだよぉ〜〜」
「……あ、うん。はい」

スマホを渡してくれた手を両手で包み、心からお礼を伝えれば、トモちゃんの顔は引き攣る。スマホを大事に抱え孤爪くんの方を見ると、そこには気まずそうに数回瞬きを繰り返し斜め下を向いている好きな人がいた。二人の反応を見て、自分の発言を思い出す。

「っっ〜!!ちっ違うの!あっ、違くはないんだけど、交換したいと思ったんだけど!孤爪くんと連絡取れたらなってね、思ったのは本当なんだけど!違くて!」
「うん。わかったから落ち着いて、みょうじさん」
「孤爪くんとなかなか会えなくて連絡先聞けないって焦ってたから、ありがとうトモちゃん!」
「うん。わかったから落ち着きなよ、なまえ」

二人を交互に見ながら、必死に言い訳をする。すると、トモちゃんがさらりとあることを言ってのけた。

「てか、クラスのグループに孤爪も入ってるよね?そこから連絡先知れたじゃん。わざわざ会わなくても」
「……」
「……まじ?」
「気づかなかった」

どうして気付けなかったんだろう。トモちゃんの発言に黙ってしまえば、あり得ないと言いたげな表情で、まじ?と聞き返される。う、孤爪くんにバカって思われちゃいそう。いや、もう思われているかもしれない。

「お茶目じゃん。なまえは置いといて、孤爪は…………あ」
「……」
「……あ、あ〜〜〜〜〜ふ〜〜〜ん、あーーー」
「…………」

今度は標的を孤爪くんに変えて質問をするトモちゃんは、話している途中で何かに気付いたよう。意味深に頷き声を出す姿に孤爪くんは少しだけ顔を顰めた。……うん?ん?どういうこと?一人だけ理解が追い付いていないことにまた焦る。

「まあ取り敢えず、私は行くわ。じゃあ」

と、こちらに背を向けて歩き出すトモちゃんに慌ててスマホのお礼を伝えた。

「トモちゃん、スマホありがとうね!」
「いいえいいえ〜……あ、そうだ」
「?」
「再来週に男女何人かで海に行くんだけど孤爪も来る?」
「えっ!?」
「…………」

突然の爆弾お誘いに驚き、大声を出してしまった。孤爪くんと海なんて夢のようだけど。来てくれたら夢のように嬉しいけれど。そっと盗み見るように静かに視線を動かし彼の方へ向ければ、さっきより更に顔を顰めていた。
行きたくないやつだ!これ!行きたくないやつ!行きたくないんだよ!!トモちゃん!心の中でトモちゃんに向かって必死にコンタクトを取るも気持ちは通じず。

「去年は水着でビーチバレーとかして楽しかったよね」
「あっ、う、うん」
「なまえも去年と同じやつ着ていくでしょ?」
「……うん」
「可愛かったよね。いい感じに肌見えてたしね!」
「トモちゃん」

もうやめて。恥ずかしいから。孤爪くんに水着を着たことを知られるのはかなり恥ずかしい。ほら、また険しい顔をされちゃうから。トモちゃんの前に来て両肩に手を添え、もうやめて!と首を横に振る。けれど、彼女は楽しそうにケラケラ笑うだけで、私の背後にいる孤爪くんを見ようと首を傾けた。
合わせて私も恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはさっきまでの不機嫌な表情をした好きな人はいなくて、ただパチッと目が合った瞬間、勢いよく顔を逸らされただけだった。

ほらぁ!水着の話するから!気まずくなってる!!孤爪くんは、シャイだと思います!!女子の水着の話を聞いたらこうなるよ!それか、聞きたくないクラスメイトの水着話を聞かされて嫌な気持ちになったんだよ!!

「孤爪が来れなくてもなまえは他の男共に守ってもらうから気にするな!」
「守ってもらわなくて大丈夫だから……」

フンっと胸を張ってウィンクでもしそうな勢いで話すトモちゃん。孤爪くんは、こういうノリあまり好きじゃないと思います!トモちゃんを見て、孤爪くんを見て、を繰り返していると、不機嫌オーラを全面に出した孤爪くんがいつもよりワントーン低い声で放った。

「……行かないなんて言ってない」

ムスッとする孤爪くん。口が若干尖ってるのが凄く可愛い。こんな顔、初めて見た。初めて知った好きな人の表情に、好きが一段と積み重なり胸がドキドキで重くなる。

「よっし!じゃあ、詳細は決まり次第なまえからね〜」

爽やかに手を振り去っていく友達に声をかけるも足早に去っていかれる。まだ、強ばった表情の孤爪くんに「無理だったら行かなくても……」暑いところ苦手だよね?と続ける前に「行くから」と食い気味に言われた。



それからは恥ずかしがって聞けなかった連絡先も孤爪くんのスムーズな操作に必死に付いていくうちに、あっさりとゲットすることが出来た。別れる際もいつものぎこちなさは感じず、あっさり「またね」が出来た。

嬉しさが頭に追いつかないまま、トモちゃんと数分ぶりの再会を果たす。

「あ、連絡先聞けた?」
「聞けた。ありがとう」
「?……聞けたのに何でそんな不満げな顔してんの?」
「トモちゃん……」
「うん?」
「どうしたら孤爪くんにああいう顔してもらえるの……?私もあの顔で見つめられたい……!!」
「え?」

私も、山本くんやトモちゃんに向けるあの顔を向けられたい…!と土下座する勢いで地面に伏せた。



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