欲張り、独り言

「ん〜〜かき氷美味しい」

目を瞑り美味しさを噛みしめる。すぐそばには私とは違う味のかき氷をパクパク食べている好きな人がいた。なんか、なんか……

「孤爪くんってかき氷似合うね」
「なに、それ」

食べている手を止めて訝しげな顔をする孤爪くんに、ふふっと笑みが溢れる。それに対し、また不審に思う表情をする彼は何か言いたそうだった。

唐揚げ爪楊枝事件の際に得た孤爪くんのあの口調に気付いた私は調子に乗っていた。二人して同じ顔をして照れた直後は気まずい雰囲気が流れたものの、今日何度目か分からないその空気に慣れてしまい、直ぐに立て直すことが出来た。だからなのか、あの口調で話してくれる=心を開いてくれていると無意識のうちに思っていた私は孤爪くんとの距離が縮まったと勘違いし、中学のあの頃のような感じで言葉を交わしてしまっている。


失言をしてから食べた唐揚げは味がしなく、喉も上手に通らなかった。だけど今、口にしているかき氷は甘くて、とても美味しい。味覚が感じられるくらいには緊張が解けている。

孤爪くんとこうやって二人でどこかに行けるのは、きっと今日で最初で最後だと思う。だから、せっかくなら思う存分遊び尽くそうと普段ならやらない射的を誘ってみたら二つの返事で頷いてくれ、その結果私は一つ、孤爪くんがお菓子を数個取ってくれた。射的銃を持った姿も獲物を狙う目も何もかもがかっこよくて危うく心臓が止まりかけた。



「寄る?」
「えっ」
「……見てた、から」
「うっ、う〜ん」

射的屋から移動し、様々な屋台が並んでいる通りを歩き、目に止まったのはお面屋さん。孤爪くんとお祭りに来た記念に欲しい、なんてお店の前を通り過ぎてもそこを凝視していたのがバレていたみたい。でも……

「いや、あの」
「?」
「……子供っぽいって思わない?」

高校生にもなってお面を買うなんて。まるで悪戯をして母親の様子を伺いながら謝る子供みたいに上目遣いで見つめると、目をぱちぱちと瞬かせきょとんとする孤爪くん。数秒沈黙が流れたと思ったら凄いスピードで顔を背け、ふっ、ととても小さな声で吹き出された。

「あっ、今子供っぽいって思ったでしょう!笑った!」
「ごめっ、笑ってないから」
「ニヤけて言っても説得力ないよ!」

口元に手の甲を当てて髪で顔を隠す孤爪くんを下から覗き込む。絶対笑ってる。ムキになって必死に表情を確認しようとすれば自然とお互いの距離が近くなるのは当然で。孤爪くんの双眼がこちらに向き視線が絡まった瞬間、二人して猫のように身を後ろに引いて距離を取った。

ああ、もう、私の馬鹿。もう少し考えて行動しないと駄目じゃん。赤く染まる前の頬を両手でバシッと叩き、気持ちをリセットさせた。

「どれが欲しいの?」
「え、あ。……あの右上の猫の」

羞恥心で心臓がバクバクいっている。一番上にある猫のお面が孤爪くんっぽくて可愛いから欲しい。その真意がバレないように平常心を保とうと必死になっている間に孤爪くんがお面を頼んでいた。

「あっ、待って!」

叫ぶと同時に手渡される。孤爪くんに似ているお面を本人に買わせるなんて!お財布を取り出そうとバッグを漁り、下を俯いていると視界が真っ暗になった。

「孤爪くん?」
「似合ってる」
「……えっ……え?」

急に目の前が暗くなった理由。それはお面に覆われたから。肌には触れてないものの顔の数ミリのところに孤爪くんに支えられた猫のお面がある。きっと向こうから見た私は猫のお面を被った人間なのだろう。似合ってると言われ混乱する私を他所にお面を退けられ、クリアになった視界に最初に映ったのは、ふっと小さく笑う孤爪くんだった。

「うっ、ちょっと、待ってて!!」
「え?」

予想もしていなかった好きな人の破壊的な笑みに胸を打たれながら小走りでお面屋さんに近寄り、私が選んだ物の隣に立てかかっている色違いの猫を購入した。そして、また小走りで元の場所に戻り、さっき私がやってもらったように両手でお面を持ちながら孤爪くんの顔に当てる。それから数秒猫顔の好きな人を堪能した後、すぐにそれを退かし、小首を傾げ言った。

「へへ、お揃いだね」
「……」
「孤爪くんも似合ってる」
「……」

二人の間に合ったお面を退かし、ひょこりと顔を覗かしてさっき孤爪くんに言われたことと同じことを伝えた。これは孤爪くんの分ね、と彼に渡してみるが、何も反応を貰えない。

「……いらない、かな?」

買ってもらったのなら孤爪くんの分は私が買えばいい、という閃きは全然閃きではいなかった。だっていらないじゃん。欲しいって言ってなかったじゃん。大人しく差し出した猫を自分の元へ戻そうとした時、バッと両手でお面を掴まれた。左右は私の手があるから孤爪くんは上下を掴む。私が欲しいと言った猫は孤爪くんの腕に引っかかっている。

「えっ……と……」
「…………いる」
「う、うん。良かった」
「あ、りがと」
「は、い」

頑なにこちらを見ようとせず、真横に顔を向けている孤爪くんが今どんな表情をしているのか分からない。でも、貰ってくれるんだ。買ってよかったと安堵し、お互い色違いの猫をぎこちない動きで交換した。

セットした髪が乱れたりしないだろうか。崩れない程度に上手く頭に付けてみれば、こっちを見ていた孤爪くんと目が合った。

「変、じゃないかな」
「うん」

斜めに付けたお面を軽く触り聞いてみた。どうやら大丈夫みたい。孤爪くんも付けないのかな、多分付けなそう。と自己完結していると孤爪くんは自分の頭の上にスっとお面を乗せた。

「え」
「?」
「あ、えっと、付けると思わなくて」
「……持ってるの面倒だから」

私から視線を外してそう答える彼の頭には可愛い猫のお面がある。かわいい。ものすごく可愛い。じっと孤爪くんと頭上にある猫を交互に見つめていれば、気まずそうに今度は体ごと背けられ「行こう」と言われた。




「孤爪くん、たこ焼きある」
「……好きなの?」
「うん、好き」

目をキラキラさせるというより、瞳孔が開いたギラギラした目で見つめながら隣にいる孤爪くんに声をかけた。買ってくる!と屋台から視線を外さず、一直線に駆け寄り急いで買って、急いで戻る。ほかほか〜!と顔を綻ばせてしまうと柔らかい笑みを貰い、何の装備も覚悟もなかった私には急な破壊級な笑みという攻撃をもろに食らって瀕死状態。それでも頑張って話した。

「まだお腹入る?良かったらどうぞ」
「いいの?ありがと」
「あっ、え」
「?」
「う、ううん!!」

今度は間違わないように楊枝を手渡そうとした時、孤爪くんが口を小さく開けて近づいてきた。多分、自分がしていることに気付いてないんだと思う。孤爪くんってたまに抜けてる時があるっていうか、距離が急に近くなるっていうか、気にしなくなるっていうか。そういう時がある。

唐揚げの時と同じように口元へ運んでみれば、パクリと食べられる。小さな「あ、つ……」という呟きと共に冷ますため、口をはふはふさせてるのがとても可愛らしい。
お祭りの雰囲気を楽しみながら、孤爪くんと一緒にいれるこの時間に感謝しながらのんびり何気ない会話をし、たこ焼きを完食した。




人が多くなってきた通り。人混みの中、好きな人の半歩後ろを歩き、このお祭りで一番と言っていい程盛り上がる花火を最後楽しむために、見やすい場所へ向かっていた。前を歩く片想いの彼をずっと見ていたい気持ちを抑え、それでも溢れ出てしまう欲に抗うことが出来ずチラチラ視線を送る。
隣を歩いているわけでも、手を繋いでいるわけでも、会話をしているわけでもない。でも、お揃いの猫のお面を付けているだけで、孤爪くんと付き合っているみたいだと浮かれていた。周りから見たら私達は恋人に見えるのかな、なんて浮かれたことも考える。

「……!」

そんなことばかり考えていた罰だろうか。人の多さで孤爪くんと離れてしまった。半歩前にいたはずの彼との間には知らない男の人の半身が入っている。上手く人の間を抜けて孤爪くんの近くに寄ろうとするも全然上手くいかず、距離が開くだけ。名前を呼べば、多分届くと思う。けれど、この人だかり、騒音に掻き消されて気づいてくれなかったらと考えると名前を叫ぶより先に腕が伸びた。

「!?」

ガシリと掴んだ手。触れた瞬間、凄いスピードで振り向いた孤爪くん。まだ私達の間には距離があり、必死に腕を伸ばして手を握る。

「ご、ごめん……離れちゃうと思って」

向こうが一歩、こっちも一歩近付いて縮まる距離。ごめん気づかなくて、と言われた。

「ううん、私もいきなり掴んじゃってごめんね」
「……ううん」
「……」
「……」

手を離すタイミングを見失ってしまい、お互い気まずくなり早く離れなければならないと考えた時、一方的に握っていた手を握り返された。

「えっ」

そして、止まった足を再び動かす孤爪くんに必然とこっちも歩き出さなくてはいけなくなり、間抜けな声が口から出た。だって、いま、私、孤爪くんと、好きな人と手を繋いでいる。

「っあ、あの……!」
「……」

手、このままでいいの?そんな質問は心の中に閉じ込めた。言ってしまったら、もしかしたら離されちゃうかもしれないから。
大きな声で孤爪くんを呼んでも振り向いてはくれなかった。周りがうるさいとしても聞こえないわけがない。もしかして、聞こえないふりをしてくれてる?どうして?もしかして孤爪くんも手を繋ぎたい思ってくれたりしてる?お祭り効果で浮かれているせいか、自分の良いように思考は回る。

人とぶつからないように。さっきと同じく好きな人の半歩後ろを歩く。手を繋いでいるからはぐれる心配はない。触れている箇所から伝わってくる孤爪くんの体温に心臓がはち切れそう。


「あれ?みょうじ?」
「?」
「……やっぱり!みょうじじゃん!!」

突然背後から声が聞こえ振り返ると、離れてしまう手。呼ばれた方を向いて直ぐ孤爪くんの方へ向き直した。あっ、と心の中で盛れる声は外には出ない。沈んだ落ち込む気持ちも表には出さないで内に閉じ込めておく。

私の名前を呼んだのは中学の同級生。一人だけじゃなく男女数人で来ているらしく、周りの子達もみんな見知った顔だった。邪魔にならない場所に移動し、話し始める。

「来るんだったら誘ったのに!」
「誰と来てんのー?さっき男いなかった?彼氏?」
「えっ!?ち、違う」
「その反応は絶対なんかあるやつ!羨ましっっ!みょうじに好かれるなんて」
「ちょ、ちょっと黙って!?」
「おー焦ってる焦ってる」
「てかどこにいるの?その相手」
「え?」

久しぶりっていうのもあって、男女両方から質問が飛び交う。危ない発言と同中である孤爪くんってバレたら彼に迷惑がかかると焦るが、さっきまでいたであろうすぐ側に顔を向けるとそこに孤爪くんはいなかった。察してどこかに避難したのだろうか。久しぶりなのに申し訳ないけれど、私も早くここから離れよう。

そう決意したのに、なかなか孤爪くんのいる場所には戻れなかった。去るタイミングを逃し、数分が経ってからみんなと別れ、孤爪くんの姿を探す。人が行き交う中、見つけ出すのは大変だと思ったけれど、数年目で追ってきた好きな人の居場所を見つけるのにそんな苦労はしなかった。端の方で一人スマホをいじっているのがここから見える。


「孤爪くん、ごめんなさい……!」

走って駆け寄れば、そんな焦んなくていいと言われたけど、待たせてしまったこと、こっちから誘って折角来てくれたのに一人にさせたことに気持ちも焦る。孤爪くんはそういうの気にしないと思うけど、凄く申し訳なくなる。


もう少しで花火が上がる。そしたら楽しいお祭りも終わる。再び目的の場所に向かう私は好きな人の半歩後ろを歩く。さっきまで感じていた好きな人の体温は伝わってこないまま、はぐれないようこっちに気を遣ってくれる孤爪くんから離れないよう必死に彼へ意識を集中させた。


手を繋ぎたい、なんて言ったらきっと孤爪くんを困らせてしまう。



prev back next