不可解で単純な心

打ち上がった数々の花火にみんなが目を輝かせていた。私も地元でここまでのものが見れるとは思っていなかったから感動したし、孤爪くんと一緒に見れたことでより楽しかった。きっと、一生忘れられない思い出になるんだと思う。


花火が終わると共に一斉に帰る人の波に流されながら、やっと空気がいっぱい吸えるところまでやって来れた。もちろん手は繋いでいない。そもそも手を繋いでいることが有り得ないんだから!なに期待してんの!孤爪くんからしたら迷惑以外の何者でもないの!

無理矢理手を握ってしまったこと、あわよくばまた繋ぎたいと思ったこと、孤爪くんはもしかしたら物凄く嫌だと思ってたかもしれないこと。後悔の念が大波に乗って押し寄せてきて私は今溺れかけている。


家に近寄る度に人は少なくなり、今は私達の周りには人がいない。遠く先に人影が見えるくらい。だから隣を歩くことは出来て、小さな声でも話せばちゃんと届くのだけれど、ここにきて何を話していいか分からなくてなっていた。そして、お互い無言の中、先に動いたのは孤爪くんの方。話をしたわけじゃない、ただバチッと肌を叩く音が聞こえてきた。

「孤爪くんが蚊を殺した」

自身の手のひらにいる潰れている蚊を払い、下に落とすのを見て思ったことが素直に口から出てくる。その発言に「え」と声に出す孤爪くんは、どういう反応をしていいか分からないと言ったような困惑した表情をしていた。

「孤爪くんって蚊を殺すイメージとかなくて……」
「殺すよ、普通に」

孤爪くんが殺すって言った……!なにを言っているんだみたいな雰囲気で目を合わせず答える彼にまたテンションが上がる。孤爪くんとバトル系のゲームをしたらそういう単語をたくさん聞けるのだろうか。それとももっと違うゲーム用語が飛び交うのか。孤爪くんが普段言わなそうな言葉を聞くのは、新たな一面が知れたみたいでワクワクしたりする。

「みょうじさんこそやらなそう」
「私は結構バチッといっちゃうよ!」
「そうなんだ」

今度はこっちを向きながら、首を傾げて私の視線に合わせて話してくれる。こういう聞き方をされると心臓が持たない。口から出そうになる心臓を仕舞い込むため、息を止めて答えた。


それから直ぐ孤爪くんのスマホが光り、中身を確認すると彼は顔を顰めてこっちを見た。

「あのさ、コンビニ寄ってもいい?」
「?うん」

良くは思ってない表情で聞いてきたから、誰かに買い物でも頼まれたのかと予想する。コンビニは近くにあり、すぐ戻るからと孤爪くんだけが中へ入って行った。

すぐ戻ると言っていたから外で大人しく待つことにした。一人になった瞬間、少しだけ気が緩まる。だって、ずっと好きな人と一緒にいるんだもん。ちょっとでも相手に良いように見られたくて気を張るのは男女関係なく誰でもそうなると思う。
今は一人だけれど、数分も経たないうちに孤爪くんとまた会える。それが嬉しくて口元が緩んだ。好きな人の前で少しでも可愛くありたいと気合いを入れて着た自身の浴衣を見ながら、さっきまでの楽しい出来事を脳内で振り返った時だった。

「さっきまでお祭り行ってたの〜?」
「?」
「おっ、かわいい」
「ほんとだ」
「うわ、めっちゃ好み。さっき俺らもそこの祭り行っててさー」
「……」

突然声を掛けられ、顔を上げてみると目の前には数人の男の人がいた。きっと全員私より年上。お酒の匂いがするし、多分酔っていると思う。お酒が入っていて、お祭りの後、自分より身長が高い三人の男の人に囲まれて萎縮するのは当たり前だし、酔っ払いの何をしてくるか分からない恐怖に早くここから離れなければ……と焦る。

何も答えない方がいい、反応しちゃだめだと孤爪くんのいるところに向かおうとした時、足が止まる。

孤爪くんがこの人達にちょっかいを出されたらどうしよう。巻き込んじゃダメだ。だけど、この場を凌ぐ方法は?とりあえずコンビニに入ればいいのかもしれないけど、中には孤爪くんがいる。どうしようとグルグル考えを巡らせていると、この後一緒に遊ばない?ってガシッと腕を掴まれた。

「!」

その瞬間、こっちも直ぐに腕を引き離れる。軽く触れられただけだから振り払えたけれど、楽しそうにゲラゲラ笑っているこの人達が凄く嫌だ。とりあえず、どこか行かなきゃと動いた時、今度は手を握られた。

「みょうじさん」

思いもよらないところから伸びてきた手は孤爪くんのだった。行こうと歩き出す彼は三人を見向きもしない。いつもより早く歩く孤爪くんに小走りで付いていき、前を歩く金色の髪を見つめ、暫くした後足を止めた。

「ごめん、一人にして」
「ううん、私の方こそごめんなさい……!ありがとう」

手を繋いだまま振り向き、謝罪の言葉をもらった。違うの、私が上手い対応出来なかったから悪いの。しつこく付いて来ないでくれたから良かったけど、孤爪くんが来てからもしつこくされたり、変なことを言われたりしなくて良かった。

「巻き込んじゃってごめんね」
「……」

もう一度謝罪をすると、目を細められた。凄く、怒ってるみたい。みたいじゃなくて、怒ってる……?

「あそこに一人にさせたおれが悪かったけど……、ああいう時はすぐこっち来て、ほしい」
「それは孤爪くんに迷わ」
「迷惑じゃないから」
「だいじょ」
「大丈夫じゃない」
「……はい」

みょうじさんに何かあったらいやだから、と機嫌が悪そうな、いつもよりワントーン低めの声で発せられ息を呑む。驚きながらも、こくりと首を縦に振ると、孤爪くんの視線が繋いでいる手元に移動し、それからハッと我に返ったのか離れようとするのを両手で思い切り掴み、阻止した。

「手、繋いでたい」

下を俯き、ぎゅっと両手に力を込めれば向こうの体がビクッと跳ねた気がした。それから数秒沈黙が流れた後、握り返される。きっと私が怖い思いをしたからまだ繋いでいたいと言った、と孤爪くんは思っているだろう。一瞬離れようとした手のひらが再び元のように戻された時、心配そうに顔を覗き込まれた。

孤爪くんがいるから恐怖はどこかにいなくなった。大丈夫の意味を込めた笑顔を見せると納得してくれたのか、ゆっくり歩み始める。


お互いなにも話さないまま、私の家に着いた。会話がないのに嫌な気まずさがなかったのはきっと手を繋いでいたからだと思う。「今日はありがとうね」と色んな意味の感謝を伝えれば、孤爪くんは小さく頷き、ゆっくり手を離した。

「じゃあ、またね」

そして、さっきまで触れていた手をこちらに向けていつものように挨拶をする。それに私もまだ好きな人の温もりが感じる手のひらを向けて返事をし、孤爪くんの背中を見送った。











ボスッと音を立ててベッドに体を沈める。見慣れた天井に自分の腕を伸ばし、好きな人の体温がまだ感じる手をジッと見つめた。


みょうじさんと手を繋いだ。


火薬や食べ物の匂いが漂う服を身に纏いながら、さっきまで一緒にいた好きな人のことを考える。伸ばした腕の力を全て抜けばベッドに音を立てて落ち、首を動かし横を見た。目に映るのはみょうじさんと繋いでいた感触がまだ残る手。

なんで繋げたんだろう。みょうじさんの考えてること、それよりも平然を装って繋げたさっきまでの自分のことが分からない。
みょうじさんのことは、深く考えれば考えるほど自分のいい方向へ思考は回る。人混みの中離れないための一回目。二回目は恐怖心を和らげるもの。きっと相手がおれじゃなかったとしても同じことをするだろう。他の人にもああやって……。

「……さいあく」

考えただけで気分が悪い。そうなる自分にもっと気分が悪くなる。ああいうことをするのは、ああいうことを言うのは、ああいう顔をするのは、おれだけにして欲しいと思う自分に虫唾が走る。

みょうじさんとどうこうなりたいなんて考えることすらおれは許されない。この先あの子の隣にいる男のことを想像する自分も、いやだと思ってしまう自分も全てがムカつく。
みょうじさんと二人で出かけるのはこれが最初で最後で、楽しかったことだらけだったのに自分の部屋に篭れば、コントロール出来ない感情が渦巻いてくる。


手のひらで瞼を覆い、強制的に目を閉じた。そうすると見えてくるのは浴衣姿の好きな人。最初見た時は周りに聞こえるんじゃないかと焦るくらい心臓が鳴った気がした。声をかけにいくのにも時間がかかった。でもみょうじさんは目立つから、周りからの視線を集め始めたと同時に急いで近寄った。

普通の人だったら「かわいい」と言えるんだろうか。心中でも言葉に出来ないおれは本人に伝えられるわけがない。頑張って目を慣れさせようとするのを他所に向こうはいつもと同じ……ではないけど、何をやらかすか分からないあのテンションと同じだったから、段々こっちも落ち着きを取り戻せた。

と思ったのにみょうじさんは「デート」って、またとんでもないことを言ってきて、ちょっとムカついた。こっちがどんだけ感情を乱されてると思ってんだって。だから、おれもデートだと思うと言った。みょうじさんは言われ慣れてるであろうことも照れたりするから、仕返しのつもりで続けて「浴衣も似合ってる、かわいい」と伝えようとしたんだけど、そこまでは無理で、口を閉じた。


仕返しをする。そう思ったのがいけなかったのか、唐揚げを食べさせようとしてくるし、喉に詰まったみょうじさんに飲み物を渡せば変なことを言ってきて、またこっちが振り回される。
祭りっぽいことをたくさんして、お面を買うことに眉を下げて恥ずかしそうにするあの時のことを思い出すと頬が緩むし、あんなに浴衣で「似合ってる」を言えなかったのが嘘のように猫のお面を付けた彼女にすんなり伝えることが出来た。まあ、浴衣とお面じゃ、違うし……。

自然に口から出てきた言葉だけど、声に出してから自分の発言を理解した後は、少しでも慌てるみょうじさんを見れるかと思ったけど、そんなことはなくて、みょうじさんはどこかに走って行き戻ってきたかと思えば、人を打ち倒すようなことをかわいい顔して平然とかわいいことを言ってきたから心臓が止まった。


もう疲れた、いろんな意味で。でも帰りたいとは思わないし、感情が忙しく動かされるのは体を動かすことより疲れるとより自覚してもまだ一緒にいたいと、この時間が続いてほしいと思ってしまう。そんなことを考えていたから人の多さでみょうじさんと離れていることに気づけなかった。

急に掴まれた手。呼び止めるために掴んだだけだから、それが出来たら離すのが当たり前で。だけど、離される前に握り返した。もうこんなことは二度とない、嫌われてもいいから。だから、祭りという普段味わうことのないこの雰囲気を理由にして、このままみょうじさんと手を繋ぎたいと思ってしまった。

そのまま手を引けば、後ろから焦った声が聞こえる。いや、じゃないかな。嫌われてしまうかな。向こうがどんな顔をしているか後ろを振り返るのが怖くて出来なかった。でもさっきよりも強く握ってくるみょうじさんに少し期待している自分がいる。
かけられた声を聞こえてないふりをして、このままずっと繋いでいることは叶わないだろうけど、それでももう少しだけ触れていたいと願った。

しかし、その願いも一瞬で砕ける。みょうじさんを呼び止めたのは中学が同じだった数人の男女。直ぐ手を離し、その場から気配を消していなくなる。こういうのは昔から得意。離れた場所で中学の時と同じように遠くからみょうじさんを眺めていると、我に返った。おれとみょうじとでは住む世界が違うって。


せっかくみょうじさんと一緒にいれるのに自身の醜い嫉妬により心が曇り、コントロール出来ないその感情に苛立ちを覚える。手は繋がないまま、はぐれないよう半歩後ろを歩く彼女に意識を向けてやっと辿り着いた場所で花火を見た。豪快に華やかに上がる花火を見て「わあ!」と楽しそうに見つめるみょうじさんに、自分ではどうしようもなかった濁った心がきれいに晴れるから、本当に凄い。


その後もみょうじさんはいつも通りに話してくれる。話しかけられる度に、声を聞く度に、顔を見る度に心が浄化されていくように感じた。だけど、母親からおつかいを頼まれて寄ったコンビニから出ると数人の男達から絡まれているみょうじさんに気づき慌てて手を引いた。なんで一人にさせてしまったんだと後悔しながら。

みょうじさんは立っているだけでも目立つから。祭りが終わった夜にコンビニの前で一人にさせたら声をかけられるだろう。相手からは酒の臭いもしたし、酔っ払ってたと思う。怖い思いをさせたと謝罪をすれば、「巻き込んじゃってごめん」と謝られたことには、眉間に皺が寄った。「迷惑」「大丈夫」の言葉も聞きたくなかった。


みょうじさんは悪くないのに八つ当たりみたいなことを言ったと我に返った時、向こうの手を掴んでいることに気づいて急いで離れようとするも、両手でぎゅっと強く握られ離れることは叶わなかった。いきなりの行動に驚いていると「手を繋いでたい」と言われ、心臓も体も飛び跳ねる。けれど数秒後、怖かったんだと理解し、不安になりみょうじさんの顔を覗き込むと笑顔を返され、その表情に少しだけホッとした。


向こうの家に着くまでの間ずっと繋いでいた手。お互い離すタイミングがつかめなかったけど、家に着いて数秒後、名残惜しみながらゆっくり手を解いた。最後、別れの挨拶は出来たけれど、最後の最後までやっぱり浴衣のことは触れられなかった。手を振り、歩き出してから少し経ち、後ろを振り返る。最後にもう一度と視線を向けた先には家の中に入るみょうじさんの姿があった。



今日のことを思い出し、いろんな感情が心を渦巻く。

なんで、こんなに好きなの。意味わかんない。


「ほんと、意味わかんない」


力なく口から出た言葉は自分の耳に入って心にゆっくり落ちていく。こんな気持ちになるのは、みょうじさん以外きっといない。お風呂に入らなきゃいけないのに、考えるのも疲れたと眠りについた。




そして、翌日。熱を出す。

「……ほんと、ダサい」

深い深いため息が口から溢れ出た。



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