片想い歴更新中

「ということで」

パンッ

「やって来ました、この時期が」

バンッッ

「文化祭ーーーーーーー!!!!!!」


教卓に両手をつき、燃えるオーラを身に纏い、全員から注目を浴びるのはトモちゃん。音駒の文化祭はとても盛り上がる。売上含め良い結果を出せば、景品を貰えたりもするから毎年気合いの入る行事の一つである。

私達のクラスがやるのは、短編映画上映会。借りた教室を薄ら暗くし映画館っぽくして、飲食物を販売する。ただそれだけではない。そこで上映する映画というのは、このクラスみんなで作るもの。ドラマが大好きなトモちゃんがオリジナルで物語を考え、みんなでそれを演じる。衣装は自分達で持ってきたり、演劇部から借りたり、服飾部が作ったり、カメラは写真部が回したりといろいろ役割分担は夏休みに入る前に決めていた。


どんな話になるか大まかには聞いていたけれど、夏休み中にトモちゃんが細かく決めてくれていて、誰がどの役を演じるかなども個別で連絡がいっていたそう。

私のところにも連絡がきた。主にメインで演じるのは男女二人ずつ。簡単に内容を説明すると、前世で結ばれなかった男女が今世で結ばれる、というお話。私は今世の女役らしい。個々に連絡が来たから誰が何を演じるかはみんな分からなくて、きっと今から発表されるのだろう。それには全員がドキドキしていた。

そもそも夏休み明け直ぐに文化祭の準備を始めるのは早すぎる。多分私達のクラスだけだと思うのだけれど、なんせ時間がかかるから仕方がない。裏方含め映画に関わる人の他に当日販売する飲食物なども考えなければならないため、周りのクラスよりやることはたくさんあるのだ。ちなみに、変更はあるかもしれないけれどトモちゃんが作成した台本はメインで演じる四人には既に渡してあると聞いた。



孤爪くん、どんな役なんだろう。記念として全員が強制的に一回は出るみたいだからきっと孤爪くんも役が与えられている。

チラリと彼が座る席へ視線を移すと、背を丸め、気だるげにしている後ろ姿が私の席から良く見える。実はあのお祭り以降まともに会話をしていない。
あれから、同じ日に体育館で練習があったのは一回。その時にお祭りのお礼を伝えたくらいで、以降バド部の三年生は大会後部活を引退したため体育館へは行かなくなった。お手伝いに数回行ったことはあったが、男バレとは時間が被ることがなく孤爪くんと会うこともなかった。

ちなみに、トモちゃんが誘ってくれた海には部活が入ってて行けないと孤爪くんから連絡がきた。部活があるから行けないというメッセージの下に現れた吹き出しには「気をつけて」と書いてあった。なんか、気をつけていってらっしゃいと言われているみたいでむず痒い気持ちになり、平然を装いながら「ありがとー!行ってくるね!」「孤爪くんもまた機会があれば!」と送れば「うん」という短い返事の後にもう一度「気をつけてね」とメッセージがきた。
そこでやっと「気をつけて」の意味を理解した。お祭りの時みたいなああいうのに気をつけてってことなのだろう。海にもああいう人達はいそうだし、きっと心配してくれたんだ。それを踏まえ返事をした後、更に孤爪くんへの好きの気持ちが大きくなった。



目立つのが好きじゃない孤爪くんだから、きっと少しだけ出演して裏方の方に回りそうだと彼の後ろ姿を見ながら考える。でも、トモちゃんが選ぶからなぁ。もしかして、今世の男役だったりする……?いやいやいや、そんな都合の良い話ない!職権乱用ならぬ役権乱用?だよ!!!そんなの!!

頭を抱え、机に肘を置いた時、トモちゃんがA0サイズと思われる画用紙をバンッと広げ、黒板に貼り付けた。

役名の下に演じる人の名前が書いてある画用紙を見て、クラスメイトの反応は様々。驚きの声をあげる人や笑い声、悲鳴に似た声をあげる人もいた。前世の男女役は演劇部のおしどりカップル。今世の男役は、男女共に人気がある爽やかスポーツマンである爽田くんだ。悲鳴らしい声を出したのは、おしどりカップルが演じるからか、爽田くんがこの役を演じるからか。理由は分からないけれど、そもそも相手が私で大丈夫なのだろうか。彼のファンが嫌がらないか不安だ。同学年の子よりも後輩からの反応が怖い。

「いろいろ考えた上でこのようにしましたが、変更は可能!!」

いつでもなんでも言ってね!と言うトモちゃんの言葉を聞きながら、孤爪くんの名前を探す。

「えっ」

あった。孤爪くんの名前があったんだけど、意外な役で驚いてしまった。だってその役、今世の男役の人より私と一緒にいる役なんだもん……。トモちゃん!?そういうの、孤爪くん好きじゃないと思うんだけど!教卓にいる友達に視線を送れば、ニヤついた顔でウィンクをされた。ウィンクしてる場合じゃない!

恐る恐る孤爪くんの方を見ると特になんの反応もなかった。そうだ、決める前に本人には連絡がいっていたんだと思い出す。だけど、この役でいいって孤爪くんが言ったの?セリフはほとんどないけど、ずっと私の近くにいる役だ。

孤爪くんが演じるのは今世の女の子の幼馴染。前世では女の子と血の繋がりを持たない弟だった。話の内容的には前世で姉へ叶わない恋心を抱いており、記憶を持ったまま今世では幼なじみとして隣にいながら長い長い片想いをしている男の子。ちなみに前世の記憶を持っているのはその幼なじみだけで、結ばれる二人は終盤で記憶が戻る。

私は爽田くんより孤爪くんと一緒にいる時間の方が多いのだと今から緊張してきた。それよりも役だとしても孤爪くんが私に片想いしてる役なんて……。大丈夫かな。ちゃんと出来るかな。
そんな不安を抱えながら開始した次の授業で、更にあることが起こる。




「孤爪くん、ここなの?」
「う、ん」
「そ、そっか。今日から隣よろしくね……?」

夏休み明け。気分転換に行った席替えで孤爪くんと席が隣同士になった。嬉しいような、嬉しくないような。緊張で眠気なんて襲ってこないことは良いけど、授業には集中出来ないと思う。

隣を見れば孤爪くんがいる。隣を見なくても孤爪くんの存在が確認できるこの席は私にとって心臓が落ち着かない、いわば拷問のような席。
授業の最後に席替えをしたから今は次の授業までの休み時間中。視線だけを隣に動かして見れば、スマホでゲームをしている孤爪くんがいた。休み時間はいつもゲームか寝ているかだから、席が近くても話すことはそんなにないだろうと少しホッとしたような、悲しいような。



「はーい。じゃあ、授業はじめますー」

チャイムが鳴ったと同時に教室に入ってきた先生がみんなに声をかける。今日やるであろうページを開いた時、ふと視界の端にまだスマホに夢中の孤爪くんの姿が入った。もしかして、集中してて気付いてない……?

「こづめくんっ、こづめくんっ」

上体だけを孤爪くんの方へ近付けて小声で名前を呼ぶ。どうやらかなり集中しているようで、全然聞こえないみたい。更に顔を近付け名前を呼ぼうとした時、気配を感じ取ったのか私の方を見た孤爪くんと至近距離で視線が絡み合う。

「っ!?」
「……!!」

思ったよりも近い距離にある孤爪くんの顔に心臓が飛び跳ねた。その反動で傾いていた椅子の脚がスルッと滑り、預けるところがなくなった私の体は床に落下しそうになるところを孤爪くんが自分のスマホを勢いよく手放し、私の両腕を外側から支えるように掴んでくれた。

大きな音を立てて落ちる椅子、孤爪くんの支えと標準の反射神経でゆっくり床に落ちたものの驚いて「きゃあ!」と悲鳴に似た叫びにより、周りから注目を浴びてしまう。

尻もちを着く私、膝を軽く曲げ上体を屈ませている孤爪くんはまだ腕から手を離さず近い距離にいる。男子にしては長い髪が垂れ、軽く首元に当たるから擽ったい。

「はぁ……びっくりした」

吐いた息が耳朶を揺らす。大丈夫?と顔のすぐ横で問われるから息が止まった。周りに注目されてるのも、この近さにもきっと気付いてない。コクコクと小さく首を縦に動かせば、安心したのか私の目を数秒見つめてから離れていった。

「おーいそこ、静かにー」

先生の注意にハッと我に返る。一度小さく頷き、倒れた椅子を直してから席に着く。

どこかから「みょうじ、顔真っ赤じゃん。かわいー」という呟きが微かに聞こえてきたけど、全然可愛くない。心臓持たないから。全然可愛くないから。

孤爪くんが今日もかっこいい。

この席、もたないかも。更に赤く染まる頬を隠すため、両手で顔を覆った。



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