隠しきれない心音

「孤爪いいよなあ〜、みょうじと隣の席って」
「昨日も椅子から落ちて、照れてんの可愛かったしな」
「それな」

だってよ。とこっちに視線だけ向けてくるトモちゃんに苦笑する。何が可愛かったのかよく分からない。なんで男子は女子のそういうところを可愛いと思うのだろう。今は体育の授業が終わったばかり。トイレから出たら男子達の会話が聞こえてきた、そんな状況。
昨日の照れたことと言えば、椅子から落ちた時に孤爪くんに支えてもらった後のことだと思う。

「みんなに見られてたの恥ずかしいし、いきなり大きな音立てちゃって申し訳ないし、なによりあんなかっこいい孤爪くんを見たら女子全員好きになっちゃうよ」
「そう?」
「そうだよぉ〜支えてもらった時すごくかっこよかったもん。あんなにかっこよかったら惚れちゃうよ……」
「そう?私はならなかったけど?でも、孤爪って小柄な方だと思ってたけど、あの時なまえの体すっぽり収まってたもんね。男を感じたよ」
「そうだったの?」
「うん。映画用に撮っておきたいくらいには最高の絵だった」

それは私も見たい、かもしれない。記念に取っておきたい。またも孤爪に対して邪な気持ちを抱いてしまったことに頭をブンブン振って消そうとする。

「ていうか、今日大丈夫なの?昼休み、孤爪とのシーン撮るじゃん」
「……それって明日とかにならない、よね?」
「それでも大丈夫だとは思うけど、明日は明日でまた違うのあるよ?明日一気にやれちゃう?心いける?」
「いけない。無理、すみませんでした」

眉を八の字にさせて謝罪する。今、想像しただけでも平常心でいられなくなるくらいには、大変。

この時期になると三年生は、ほとんど部活を引退している。その中でまだ引退していないのが男子バレー部。しかも文化祭後に全国出場を決める大会があるみたいだから、基本的に文化祭の日に近付くにつれ、放課後の準備は難しくなるらしい。そこでまだ現役で活動している部の子達、特に大会が文化祭当日付近である男バレが余裕を持って早めに隙間時間を利用して撮影するわけなんだけど。

「三日連続で撮るの、辛い……」

そう。三日間連続で撮るのだ。今日はまだ良くても、明日なんて……。

「手繋ぐとか無理」
「頑張って!一瞬だけだから!お願い!」
「孤爪くんに彼女がいたら私殺されるかも」
「大丈夫!そういう人には頼んでないから!」

可愛らしくお願いのポーズをするトモちゃんに向けて何気なく放った「孤爪くんの彼女」という自分の言葉に心が抉られる。

「孤爪くんに、彼女……」
「ショック受けるくらいなら言わなきゃいいのに」

楽しんでいるのか引いているのか微妙な笑みをもらいながら、あと数時間で始まる撮影に不安が募るばかり。






そして、ついに撮影が始まった。今日は二人で喋りながら歩いているところを撮るというもの。

「声は入らないから適当になんかお話してねー」
「……はい」
「ちなみにここでナレーション入れます」

そう言って出されたナレーションをやる人物の名前に笑みが溢れる。男女共に人気がある明るいその人がやったらいろんな意味で楽しくて面白くなりそうだなぁって。これだけで観たくなると思う。
ほぼ演技をしたことがない人達で作り上げるから、役と言っても性格とかは細かく決められてないし、やる方も観る方も「楽しむ」を一番にトモちゃんが考えてくれた。爽田くんと私を今世の男女役にしたのは「人をたくさん呼べる」からだそうで、ナレーションをする男子も、山本くんがやる役とかも、他にもたくさん完成する前から楽しいことが分かる配役になっていた。

現世役をする人は、ほぼ音駒の制服が衣装となっている。いつもの格好で孤爪くんと話しながら歩く、というたったそれだけなのに緊張で体が強ばる。

「よ、ろしくお願いします?」
「うん」
「なんか、緊張しちゃうね」

コクリと小さく頷きこっちを見た孤爪くんと今日、目が合ったのはこれで二回目。一回目は朝の挨拶をした時。
好きな人と目が合うのは凄く照れるし恥ずかしいけれど、嬉しい。口角を軽く緩ませると共に緊張も少しだけ和らいだ気がした。

私と孤爪くんは幼馴染の設定。前世は血の繋がっていない姉へ密かに想いを寄せる弟。今世ではこの子だけが記憶があり、前世同様女の子に片想いをし続けている役。今日は仲の良さを見せるシーンを撮るみたいなんだけど。

「……なに話せばいいんだろう」
「……」

カメラが回って直ぐ流れる沈黙の後、そんな言葉が口から出てきた。考えてはきた。ギリギリまでずっと考えていた。周りに孤爪くんが好きってバレないように会話中照れない練習も家で何度もしてきた。でも、こんな距離が近いって思わないでしょう……!?

「私達のことは空気だと思って!」

カメラを回してくれている子との距離が意外と近すぎる。孤爪くんとの距離も近すぎる……!!

「ふぅ、まあ冗談は置いといて」
「冗談……」
「撮る位置はもう少し離しますから〜」

ごめんごめん、二人とも緊張してたからさ。と言うトモちゃん。そんな顔に出ていたのだろうか。あの距離で撮られないと分かった瞬間、ホッと安堵の息が零れる。今なら孤爪くんと普通に話せると思うくらいには気持ちに余裕が出来た。

「……」
「……」

ま、まずい。再びカメラが回り始めた瞬間、考えてた内容が全部吹っ飛んだ。なに話そうとしたんだろう。席が隣になった話?だめ、それだと昨日のことを思い出して照れちゃう。お祭りに行った話?ううん、これもあの時のことを思い出してドキドキしちゃって恥ずかしくなる。照れちゃう。最低でも話すネタを三つは用意していた筈なのに頭が上手く回らなくて思い出せない。どうしようと焦り冷や汗が流れた時、先に向こうが話し始めてくれた。

「……海、楽しかった?」
「えっ……あ、ああ!うん、楽しかった!」
「そっか。……サンダルとか海に流されたりしなかった?」
「え、なんで知ってるの!?」
「ほんとに流されたんだ」

ふっと小さな笑みを零し、目元を柔らかくしてこちらを見る孤爪くんと目が合ったのはこれで三回目。中学の時もこんなふうにお話をしたりして、心臓に悪いこの顔を向けられ苦しくなったのを思い出す。必死にその苦しさを隠しながら平然を装って笑った。

「孤爪くんともいつか一緒に行ってみたいな」

今年で高校を卒業する。そしたら孤爪くんとの接点はなくなるだろうし、音駒に入学すると決めてから立てた「高校三年間だけは孤爪くんに片想いさせて」という願いも終わりにしなければならない。

いつか、なんてもうこない。次、一緒に海に行ける時期は来年の夏。その時はもう孤爪くんの顔すら見ることが出来ないんだと考えていたのに、隣を歩く好きな人は「うん」と、一緒に行こうねと言っているような顔で頷いてくれた。




この日は、2テイク目で無事撮影が終了した。だけど、翌日の撮影では……。

「本当にごめんなさいっっ!!」
「大丈夫、大丈夫!気にしないで!一回休憩しよー」

カメラを回してくれている子と、トモちゃんと、孤爪くんに深いお辞儀をして謝罪をした。
今日は孤爪くんと手を繋ぐ場面がある。昼休み、ベンチで並んでお喋りをしている時、「昔はこんなふうにいつも手を繋いでたよね〜。なんでか分からないけど初めて繋いだ時から安心感半端ない。私達、絶対前世から一緒にいたよ!もしかして、夫婦だったりして(笑)」なんて、前世の記憶持ちの自分へ好意を向けている幼馴染に残酷な言葉を飛ばしてしまうシーン。

自然に繋ぐ、がポイントなのにそれが出来ず、数分で終わる撮影にかなりの時間をかけてしまっている。

「ごめんね、次は頑張るから」

緊張しないようにと自分に言い聞かせ、孤爪くんに謝れば、何を考えているか分からない表情で見つめられた。

そして、時間的に最後の挑戦。決められた他愛もない話をして数秒後、相手の手に触れる。これで最後。ちゃんとやらなきゃ。というプレッシャーと好きな人に触れる緊張で、さっきの何倍も心臓がバクバク鳴っている。

血液の流れが止まったんじゃないかと思うほど冷たくなった両手で孤爪くんの手をそっと包む。それから片手で握って台詞を言う。

「昔はこんなふうにいつも手を繋いでたよね、なんでか分からないけど初めて繋いだ時から安心感半端ない。私達、絶対前世から一緒にいたよ!」

もしかして、夫婦だったりして。これを言えれば終わり。終わりなのに、一瞬だけ集中が途切れ、私の目をじっと見つめて待つ孤爪くんを意識してしまったら「夫婦」というただの台詞も意識しちゃって言えなくなる。

「……」

夫婦。ただ役の中で言うだけ。大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせ、一瞬逸らした視線を戻した瞬間、台詞がないはずの孤爪くんが口を開いた。

「おれ達、前世で夫婦だったりしてね」
「!?」

目がバッチリ合った状態でそう言われた。驚愕し、固まる私からすぐ目を逸らし自分の足元に視線を移す孤爪くん。言葉が詰まってしまった私をフォローしてくれたのだろう。孤爪くんには凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、きっとこれは撮り直しになる。でも、孤爪くんがしてくれたことが無駄にならないように続けた。

今度は両手で幼馴染の手を包み、右頬の近くまで持っていく。それから感謝の気持ちを込めながら、にこりを笑った。

「そうかもね」

そうだといいな。出来れば今世で夫婦になりたいな。役としてじゃなくて、孤爪くんと私が……だったらいいな。なんて考えてしまう。これは孤爪くんの役が私の演じる役に想いを寄せているはずなのに、こんなの逆に捉えられちゃう。私の役が孤爪くんの役に恋してるみたいだ。そう思った時には、既にカットーーーー!!というトモちゃんの叫びが聞こえ、我に返り勢いよく手を離した。

「あ……、ご、ごめんね!」
「い、や……おれも、」

いきなり自分の手を頬とはいえ口元にも近い場所に持っていかれたのは不快だよね。慌てて謝罪をしたけれど、さっき私をフォローしてくれた優しさと余裕を醸し出していた彼はもうどこにもいなくて。一切目を合わしてくれず俯いてしまったため、髪で隠れて顔も見れなかった。


嫌われたらどうしよう……。



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