舞台袖の秘密

外は真っ暗で、部活を引退した私はもう家にいても可笑しくない時間なのにまだ学校にいる。そして、数ヶ月前まで毎日のように使っていた体育館の前でただじっと立っていた。

「入らないんですか?」
「……え」

数分閉まった扉の前で何もせず突っ立ってる不審者にも思われることをしている私に声をかけてくれたのは、男バレのマネージャーさん。

「バド部は練習終わってみんな帰っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「うんっ、大丈夫です!今日は違う用事でここに来たの」
「……」

違う用事と言った瞬間、向こうの表情が一瞬曇った気がした。

「私、山本くんと孤爪くんと同じクラスなんだけど、文化祭の準備でちょっとバレー部の練習風景を撮影したくて。あっ、でも練習が終わった後に山本くんがスパイク打ってるところを何回か撮らせてもらう感じで!もう少ししたら、また二人来るんだけど……!ごめんなさい、大事な時期に!」

そう、バレー部は今大事な時期。春高予選まであと数ヶ月。大会が近くなる前に撮影すると言ってもあと数ヶ月で試合の日が来る。今も時間がない大事な時期ではあるのだ。普段から選手達を支えているマネージャーからすれば、自主練中だとしても邪魔はされたくない。勢い良く頭を下げ、先に謝罪をした。

「じゃあ、中で待ってます?」
「え?」
「練習見に来たんですよね?」
「う、ん……?」

最後に「研磨さん、かっこいいですよ」とだけ言って扉を開けてくれた。何で練習見に来たってわかったんだろう?他の子よりも早く来ているんだから、そう思うのは自然なことか。でも、何で孤爪くんがかっこいいって言ってきたんだろう?もしかして私が好きなのバレてる?そんなに分かりやすい?などを考えながら、内心ヒヤヒヤの状態でマネージャーさんの後ろをついて行った。



案内されたギャラリーで見学させてもらう。こうやってバレー部の練習を見るのは初めて。手すりに軽く寄りかかりすぐ下を見ると、やっぱり一番最初に視界に入るのは好きな人の姿。練習が終わるまでの間、理由がなくてもずっと孤爪くんのことを眺めていられるの嬉しいな、なんて考えた瞬間、バチッと目が合った。珍しく目を丸くして驚いてる孤爪くんにぎこちない笑みを零す。すると、ここにいる理由を察したのか口角を緩く上げて微笑み返してくれた。

今日、私とトモちゃんとカメラマンの子が三人でバレー部の撮影に来ることは事前に伝えてある。でも、来るのは部活終了後だと思っていたから孤爪くんは驚いていたし、暫くして私に気付いた山本くんは挙動不審な動きでお辞儀をしてくれた。

こんな堂々と、まじまじと孤爪くんがバレーボールをやっているところを見るのは春高以来。高校を卒業したらこの姿は見れなくなるだろう。今のうちに目に焼き付けておこうと瞬きすら惜しむようにじっくり練習風景を眺めていると、あっという間に時間は過ぎていった。


トモちゃん達が到着し、撮影が始まってからの山本くんはガチガチに固まっていて。さっきまでの強烈なスパイクとは違い、ネットにかけたり手に当たらず変な音が出たり。といっても私達からすればどのスパイクも強烈ではあったのだけれど、周りで見ていた後輩の子達も苦笑していた。
リエーフくんには「猛虎さん、緊張してるんですかー?」と言われたが、その声も本人には届いておらず、トスを上げていた孤爪くんがため息をひとつ零してから山本くんの方へ近づき、何かを言っていた。
そして、自分のポジションに戻ってくる孤爪くんは無表情で、山本くんの目の色は急に変わる。それからはスムーズに撮影は終わり、帰る時間となった。






「あれ?今帰り?」
「うん。みょうじさんも、次の電車?」
「うん!そうだよ。今日は部活の後にありがとうね」

トモちゃんとは帰る方向が違うからいつも駅でバイバイする。ホームで次にくる電車を待っていると、孤爪くんがやって来た。

もしかして一緒に帰れたりできる?練習も見れて、一緒に帰れるなんて今日は良い日かもしれない、と昼休みにやらかしまくった自分にこんなご褒美があっていいのかと考える。それからすぐに電車は来て乗り込むと、中にはあまり人がいなかった。空いていた一番端に座れば孤爪くんも続けて隣に座ってくれて、それが凄く嬉しい。

「……」
「……」

隣に座れて嬉しい。一緒に帰れて嬉しい。だけど、何を話せばいいか分からなくて無言になってしまう。孤爪くんじゃなかったら、好きな人じゃなければ、ここまで意識せずに話すことが出来る、と思う。せっかく孤爪くんと一緒にいれて、学校にいるより話せる時間はたくさんあるのに何を会話すればいいか分からなくなる。話すことはきっとたくさんあるはずなんだ。話題、話題、わだい…………。

「……今日のお昼」
「……」
「ごめんね、フォローしてくれてありがとう!」
「……ううん。べつに………………、勝手なことしてごめん」
「勝手なことなんて……。私、凄く助かったの!本当にありがとう!というか、私が全然ダメだったから。謝るのはこっちの方なの。ごめんね」

思い出したら、孤爪くん含めみんなに迷惑をかけていることに気持ちが沈む。みんなには気にしないで明日撮り直そうと言ってもらえたから、次は一発で絶対に成功させたい。ううん、必ず終わらせないと。私情を入れない、照れてる場合じゃないんだ。すぐ隣にある孤爪くんの手を見つめ、心中で強く決意する。

「いま、練習してみる?」
「……え?」
「……座ってる位置も同じだし。ムリに、じゃないんだけど……」

言った意味を理解した瞬間、心臓が飛び跳ねる。こっちを見るわけでもなく、少し俯いて膝に置いてある自分の手元に視線を向けながらそう言われた。
孤爪くんは優しいから。部活で疲れている今もこうやって手を貸してくれる。その優しさを無駄にしてはいけない。つい数秒前に「明日は必ず成功。私情を入れない、照れない」と誓った。ここで照れてはきっと明日もみんなに迷惑をかけると自分に向けて喝を入れる。

「やっぱりさっき言ったこと」
「貸してください!孤爪くんの手!!」
「……え」

目をギラギラさせて、気合いいっぱいですの顔を向ければ、きょとんとされる。それから、ふっと小さく笑った孤爪くんは「はい」と手を差し出してくれて、照れない、照れない、照れないと心中で呪文を唱えながら、そっと握った。セリフも周りには聞こえないように小さな声で吐く。「私達、絶対前世から一緒にいたよ!」までは順調に言えた。あと最後にあの言葉を言うだけ。「もしかして、夫婦だったりして(笑)」って。

スーッと軽く息を吸って口を開き、横を見た。目の前には好きな人の顔。至近距離で目が合う。


好き、だなぁ。


いつもは目が合わないのに、たまにこうやってじっとこっちを見つめてくる時がある。捉えて離さない猫のような目。あまり焼けてない肌も、目立ちたくないからという理由で染めた髪も、口も、今繋いでいる少し冷たい手も、声も、全て。


役のように孤爪くんが私のことを好きだったらいいのに。本当に夫婦になれたらいいのに。前世だとしても、そうであったらいいのに。
早くセリフを言わなきゃいけないのに、孤爪くんへの想いが胸から溢れてしまいそうで声が出せない。でも、早く言わないとダメ。せっかく付き合ってくれてるんだから。


「夫婦だったら、いいな」


口から出てきたのはセリフでもなんでもないもの。夫婦になれたらいいな、とは絶対に言っちゃいけないという思いから、前世でも夫婦だったらいいと口走ってしまった。
いきなり意味不明なセリフを発した私に、驚きの声を上げた孤爪くんを見てハッとした時にはもう遅く。

「ごめん!間違えちゃった、間違えちゃった!違うの、なんか頭真っ白になっちゃったの!」
「うん、分かったから落ち着いて。分かったから」

両手で孤爪くんの手を包み直し、謝罪をする。落ち着いて、分かったから、と言って、上半身を後ろに反らし顔も逸らす孤爪くんは、私に握られていない空いてる方の手の甲を自分の顔の前に持っていき「みょうじさん、近い」と、か弱い声で伝えてきた。それにも深い深い謝罪をする。


そして、翌日。練習の成果もあってか、一発で成功することが出来たが、孤爪くんとは少し気まずい雰囲気が流れてしまった。



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