何度も君に恋をする

午後八時。マスクにメガネ、帽子を被り、いかにも部屋着です、みたいなゆったりとした格好でコンビニに来た。

「誰にも会わないよね……?」

期間限定のアイスを家族分買うだけだし。さっさと買って帰ろう、とお風呂も済ませ、髪も何も整えていない自分の姿に知り合いに会わないことを願いながら足早にアイスコーナーへ向かった。

だけど、こういう時にこそ会ってしまうもの。懐かしい声が耳に届いた。

「夜はお菓子パーティーしよーぜ!」
「お菓子パーティーって」
「ホラー観て、菓子食って、恋バナするって流れか」
「どんな流れだよ」

楽しそうに話しながら来店してきたのは、中学の同級生。全員が知り合いって訳じゃないからきっと高校のお友達もいるのだろう。ここのコンビニはよく使うけど、知り合いと会ったことなんてほとんどない。あったとしても一回や二回。会いたくないと思ってる時こそ会ってしまうのだ。
気付かれないうちにいなくなろうとするけど、複数人いる中の同じ中学校だったのは二人いて、その内の一人とはよく話す仲だったから無視するのは感じ悪い気がする。もし、向こうが気付いたら軽く挨拶しよう。うわあ〜〜〜ちゃんとした格好で来れば良かった。恥ずかしすぎる……!!

そう考えながらアイスを数個手に取り、急いでレジに向かう。お会計を済ませ商品を受け取って直ぐ視線を感じ、その方向に目を向ければ、絡み合う視線。軽く頭を下げ、手をあげようとした時、ふいっと顔を逸らされた。

「知り合い?」
「いやー……たぶん、違う」

元同級生の言葉にあげようとした手が止まる。その後「なんかみょうじに見えた」「え?みょうじさん?どこどこ?」「いや人違いだった。みょうじ、あんな格好しねーもん」「んだよお前、俺はみょうじのこと知ってますーみたいな自慢」「誰なん?そのみょうじって」「俺らの中学で一番モテてた超かわいくて、超性格良い子。ちなみに、こいつは振られた」「おい」などの会話を聞きながら店内を出た。


そうだよね、こんな不審者みたいな姿で分かるわけない。気付かれる、なんて自意識過剰すぎて恥ずかしい。

「恥ずかしすぎる……!」

両手でマスクの上から頬を包み込む。溶けないうちに早く家に帰ってアイスを食べようと足早にその場を去った。

コンビニから家までの中間地点に着いた時、また見知った後ろ姿が目に入る。……孤爪くんだ。スマホかゲームをしているのか、背中がいつもより丸まっている。
今日は休日。まさか会えるなんて思っていなくて凄く嬉しいのだけれど、私の今の格好は部屋着同然。ボサボサではないけど、髪もアイロンをかけているわけじゃないし。こんな姿、絶対に好きな人に見られたくはない。

遠回りになるけど、違う道から帰ろうかな。でもせっかく休みの日に孤爪くんと会えるんだから、挨拶くらいはしたい。でも、こんな格好だし。違う道から帰ろう。でもでも、気付いてて何も言わないのは……。いや、向こうは私に気付いてないから大丈夫。
ああーー……!もうっ!何でちゃんとした格好で来なかったんだろう。会えると分かってたら、お気に入りの服着て、髪もちゃんとセットして、最近買ったリップをつけてきたのに……!

……よし。違う道から帰ろう。そう決意し歩く方向を変えた時、あることに気付く。

この格好なら私ってバレないんじゃ?

さっきも気付かれなかったし。なら、ゆっくり歩いて孤爪くんの後ろ姿を眺めながら帰ってもいいかな。そうしちゃおうかな、なんてかなり怖い思考になっている自覚がないまま、好きな人の後ろを再び歩き始めた。そして数秒後、自分本位な行動をした罰が下ったのだろう。前からスピードよく走ってきた車が午前中降った雨で出来た水溜まりの上を滑り、思い切りこちらに水が飛び跳ねてきた。

「きゃっ」

スピードの良さと突然足についた冷たい水に驚き、思わず声を上げてしまった。人通りが少なく、今は私と孤爪くんしかいないこの場所ではあまり大きな声じゃなくても響く。ゆっくり前を見れば、目を丸くした孤爪くんが振り返り、こっちを見ていた。

珍しくじっと見つめてくるから手を上げて近寄ろうと思ったのだけれど、今の自分の姿を思い出して止めた。知らない人からいきなり手を振られたら怖いだろう。しかもこんな暗いところで。だから、小さく会釈すると同時に帽子も深く被り直す。すると、孤爪くんは前を向き歩き出して行った。

やっぱり気付かれなかった。

どうしてだろう。なんか、すごく、悲しい気持ちになる。恥ずかしい、じゃなくて、悲しい。
さっきは気付かれるかもなんて自意識過剰すぎて恥ずかしかったという気持ち半分と気付かれなくて良かったという気持ち半分。でも、今はこんな姿見られたくないって思うのに、気付かれなくて悲しい気持ちと気付いて欲しかった気持ちでいっぱいになる。

孤爪くん相手だと、どうしていつも自分本位で拗れた思考ばかりになってしまうのだろう。気付いて欲しければ話しかければいいはずなのに。自分から行動すればいい話なのに、相手に求めてしまう。こんな自分が……

「っい!?」

嫌だ。そう思った瞬間、額に鋭い痛みが走った。ゴンッという音に電柱に額を打つけてしまったのだと理解する。痛い……と呟き、打つけた箇所を擦っていると小さな足音が聞こえてきた。

「大丈夫?……みょうじさん」
「……」
「結構、音したけど」
「……あっ、……えっと」

足音が目の前で止まり、額から手を離したと同時に好きな人の顔が視界いっぱいに広がる。心配そうにこっちを覗いてくる孤爪くんに、今みょうじって言った?と一瞬息が止まった。

「……みょうじ、です」
「うん、……?」

気付いて欲しいとは思ったけど、まさか本当に気付いてくれるとは思っていなかったから複雑な感情になり、突然自分の苗字を名乗ってしまった。そんな私に孤爪くんは不思議そうに首を傾げる。

「いや、あの。気付いてないと思って」
「?」
「今日、その……不審者みたいな格好してるから」

不審者、の言葉に猫目が更に大きくなり、まん丸になった。そして、数回瞬きをしてから、ふふっと吹き出される。どこでツボに入ったのか分からないけれど、一歩後ろに下がり私から離れてから俯き、肩を震わせて笑われた。

「っごめん、不審者みたいって思わなかったよ」

笑いながら答えてくれた後に続けて、だから気付かれたくなさそうだったんだ、と呟く。

「えっ?」

気付かれたくなさそうだった……?っていうことは最初から私だって分かってたの?気付いた上でバレたくない私を察してスルーしてくれたの?


…………どうしよう。どうしよう。

すごく、だいすき。


「大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃない」
「え」

打つけた額と水がかかった足元に目を向けながら心配してくれる孤爪くんに素直に答えた。胸が苦しくて、苦しくて、鼓動が速くなりすぎて、いつか爆発してしまうんじゃないか。好きって気持ちだけでこんなに体が可笑しくなるのかと病院の先生に診てもらいたくなる。

「血、とか出てるかもしれないから、少し見ても、いい……?」って帽子を上げるように促す孤爪くんに今すぐ抱きついてしまいたい。

そんなこと出来るはずもなく大人しく帽子を上げながら、理性を保つのに必死。頑張って耐えなければ、想いを伝えてしまいそうだったから。好きって口に出してしまいそうだったから。


高校三年間だけ孤爪くんに片想いすることを許してほしいと願って音駒に入学した。高校を卒業すると同時にこの想いからも卒業する。告白するつもりなんてない。そう決めたはずなのに、孤爪くんを誰にも渡したくない、なんて考えてしまうのだ。



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