いばらの棘は涙のなごり

「先輩を初めて見た時から好きです。もし良ければ、俺と付き合ってください!!」
「ご、めんなさい。気持ちはすごく嬉しいです。ありがとう」

学校全体が文化祭の準備に取り掛かり始めて数週間。一年生の男の子に告白をされた。

「そうですか……。ここまで来てくれてありがとうございますっ!」
「ううん。じゃあ、行くね。お互い文化祭頑張ろうね」

ここ最近、こういった呼び出しが多くなった。毎年、行事の最中や前後に告白を受けることがよくある。片想いしている身からすると、自分の想いをきちんと伝えられる人って凄く尊敬するし、同じくらい断ることに凄く複雑な気持ちになる。辛い、という言葉が一番しっくりくるけど、断る方がそう思っちゃダメな気がして……。

早く教室に戻って文化祭の準備に取り掛かろうと踵を返した時、呼び止められ振り返る。

「あのっ!言いたくなかったらいいんすけど」
「?」
「先輩は彼氏いるんですか!?」
「いないよ」
「じゃあ、好きな人が?」

好きな人は、いる。返事をした後によく彼氏がいるのかとか、いなかったら好きな人がいるから誰とも付き合わないのかって聞かれることが多々あった。
いつも、どちらの返事も「いない」。好きな人の名前なんて言えないし、もし仮に私がわかりやすい行動をしてバレた時、孤爪くんに迷惑がかかってしまう。だから絶対に好きな人がいるっていうのも言えない。誰かの好きな人ってだけで注目されちゃうから。

それに名前を言わなくても好きな人がいるって口に出したら、余計に孤爪くんのことが好きになっちゃいそうで怖くて言えなかった。

「いやっ、その……たくさん告白されるのに今まで一度も良い返事をもらえた人がいないって聞いたんで」
「好きな人は、」
「……」
「……いるの。ずっと前から」

とだけ伝えて、その場からいなくなった。






「あー!なまえいたー!!探してたん……うわっ、」
「トモちゃん、どうしよう。言っちゃった。口が滑っちゃった。うわぁぁぁん、どうしよう」
「え、なにが?なになに?どうしたの?」

後輩の子から離れて直ぐに自分の失言に気付いた。好きな人がいるって言っちゃったと冷や汗が流れながら歩いていたところにトモちゃんを発見して、思わず抱きつく。

「孤爪くんを好きって言っ……」
「孤爪先輩のこと、去年からずっと好きです!もし良かったら、付き合ってください!」
「「……」」

今いる場所は中庭付近の廊下。微かに聞こえた告白らしい言葉と好きな人の名前にトモちゃんと一緒に一時停止する。

「行こう」
「どこに!?」
「どこって…………現場によ!」
「ダメだよ!?」

覗き見なんてしちゃいけない。教室に戻ろうとトモちゃんの体を引っ張るも力に負け、「てか、中庭に忘れ物取りに来たのよ。どのみち近くには行かなきゃなの」の言葉にも負け、告白現場に来た。

けれど、既にそこには孤爪くんの姿しかなかった。そんな彼も帰ろうとしており、私達が中庭に入る頃には誰もいない状態になっていた。

「なに忘れたの?」
「んー、お財布」
「お財布!?」
「そう〜。この辺に置いてきちゃって」

置いてたであろう場所を探すトモちゃんに続いて私も探すと、直ぐに目的の物は見つかった。今度こそ教室に戻ろうとしたところで、問われる。

「なまえも孤爪に告白したの?」
「え!?してないけど!?」
「あ、そうなんだ。さっき孤爪を好きって言った的なこと言ってなかった?」
「そ、れは違くて……。あの、さっき、後輩の子に好きな人いるって言っちゃって」
「孤爪が好きって?」
「名前は言ってないんだけど、好きな人がいるって言っちゃった」

そこまで言ってさっきまでの出来事を話せば、トモちゃんは「ふーん」と意味深に相槌を打つ。

「もう孤爪が好きな人って言っちゃえばいいのに」
「話聞いてた!?孤爪くんに迷惑がかかるんだって!」
「いや、本人に直接」
「……言えません」
「言えばいいの…………あ。」
「?……っ孤爪くん!?」

前を向きながら話すトモちゃんを横から見つめて話していると急にやばいと表情が変わったから不審に思い、前を向けば話題の人物が目の前にいた。

いつからそこに!?どこから聞いてた?好きな人が孤爪くんってバレた!?なんて聞きたいことは山ほどあるのに、喉の奥がヒュッと鳴って声が出ない。
口をパクパク動かすことしか出来ない私に隣にいるトモちゃんが何かを放とうとした時、先に気まずそうに視線を彷徨わせた孤爪くんが口を開いた。

「おれ、みょうじさんに対して迷惑って思わない、……から」

だからおれに出来ることだったら言って……とだけ言い、いなくなろうとする好きな人に想いを伝えたくなる気持ちを抑えながら質問する。

「どこから会話聞こえて、ましたか」
「おれに迷惑がかかるってみょうじさんが言ったところ、だけど」
「そ、そっか。変なこと聞いちゃってごめんね!」

良かった。きっとあの感じだと本当に聞こえてなかったっぽい。うん、と小さく頷き、歩いていく孤爪くんの後ろ姿を見送りながら安堵の息を吐く。ずっと前を向いて話していたトモちゃんも「そんな大きな声で話してなかったから聞かれてないと思う」と言ってくれた。確かにトモちゃんは小さい声で話してくれていて、大きな声を出していたのは私だけだった。ありがとう、トモちゃん。

「ごめん、配慮が足りなかった」
「ううん、違うよ!私が気にせず話したから!ごめんね」
「でもさ、なまえなら告白したらいけるんじゃないの」
「いけないよ。そもそも私、一度間接的に振られてるし」
「え?」



中学の時。私がまだ好きだと自覚していなかった頃。孤爪くんが同じ部活の子と話しているのを聞いてしまったことがあった。

「孤爪ってみょうじさんと付き合ってたりすんの?」
「……付き合って、ないけど」
「でも仲良いよなぁー。羨ましいぜ。俺なんか挨拶一回だけしかしたことねーよ!あんな可愛い子と毎日話してたらさ、好きになるだろぜってー!」
「ならないよ」
「え、まじ?」
「みょうじさんは、そういうんじゃないし……。向こうもたまたま話しかけてくれるだけだから。しかも、おれ、そういうの興味ない」

お前、ほんとに男?ついてる?なんて返されており、当時は孤爪くんそういうの興味ないんだ、私と同じだなって思いつつも、理由の分からない胸の痛みを微かに感じ不思議に思ったのを今でも覚えている。
好きだと自覚して、話せないようになってからは、話せない分孤爪くんとの今までのやりとりを頭で思い出す時間が増え、この時の会話を思い出した時私は最初から孤爪くんの眼中にないことを知った。



「だから、伝えないの。私、弱いから振られるって知ってて伝える勇気ないんだ。気まずくなりたくなくて、想いを伝えなければ今の関係でいられるなら、その方がいいかなって」

孤爪くん、優しいし。告白されて振るのも、振ったあと今までみたいに友達でいたいって言ったら困っちゃうと思う。だから伝えない。
そのくせさっき聞こえた告白のことは気になるし、孤爪くんが何て返事をしたのか気になって仕方がない。

「ごめんね、たくさん話聞いてくれたのに。元々好きでいるのは高校卒業するまでって決めてここに来たから。音駒に入学決めたのも孤爪くんの進路がここだからって理由なんだけど、我ながら気持ち悪いよねぇぇ…………」

初めて音駒に入学した理由を人に話した。このことは誰にも話す予定はなかった。墓場まで持って行こうくらいのこと。トモちゃんとは仲が良く、信頼しているからっていうのもあるんだけど、きっと今、孤爪くんへのいろんな想いが爆発して上手く制御出来ず、正常な判断も出来なくなっているんだと思う。

「難しいね」
「……」
「告白したくないくせに、孤爪くんを誰かに取られなくないなんて思っちゃうんだもん」

取られたくないって、悪く言えば物みたいな言い方して。誰かを好きになるってこういうことなのかな。私だけかも。本当に心がドロドロに醜くなっている感じがして、自分じゃ制御出来ないくらい想いが強くなっていく。

「誰かに取られたくないなら告るしかないよね」
「え」
「え、じゃないよ!さっき告られてたのだってなんて返事したのか気になってるくせに。春高以来……っていうか、三年になって孤爪のこと結構かっこいいって思ってる人いるみたいだしさ。年下だけじゃなくて同学年からもね?」
「それ、はなんとなく気になってた」
「だからさ、モタモタしてるとパッと出の人に持ってかれちゃうってやつになるよ〜!ドラマみたいに」
「でも、もしかしたらさっきの人と付き合ったかもしれないし……」
「まあそれは、本人には聞けないけどさ。とにかく、告ればなんて返事をしたかって分かるんじゃない?」

全てはタイミングと勢い!何も考えず当たってゆけ!と続け、「でも最後にどうするか決めるのはなまえだけどね!私はなんでも応援するから」って優しい言葉をもらえて考えが少し変わる。

「誰かに取られたくないなら告る……」
「うん。でも告ったところでどうなるか分からないよ!?友達に戻れない場合だってあるかもだし」
「大丈夫、分かってる。頑張って伝えることが出来たら可能性はあるけど、伝えなかったらゼロだもんね」
「まあ、ざっくりと言ったらそうなる」

私、孤爪くんと付き合いたいって思ったことないかもしれない。孤爪くんと付き合う。そこまで考えたことがなかった。無理だと思ってたから。でもそれで良かった。高校三年間。孤爪くんと同じ学校で、姿を見れるだけで良かったのに、いつからこんな欲深くなってしまったのだろう。好きな人と話すことすら出来なかった、今でも出来ていない私がこんなふうに思うなんて。

「告白、してもいいのかな」
「うん」
「振られたら慰めてね」
「わかった」
「あと、孤爪くんはずっと前からかっこいいからね」
「はいはい」

この瞬間から私の心の準備が始まった。



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