きっと素敵な日になる

告白すると決めてから孤爪くんのことを余計意識するようになってしまった。文化祭の準備があるといっても普通に授業は行われる。隣の席にいる好きな人に毎日緊張し、告白のことも考え、夜は眠れなくなるという悪循環。

そして、もう一つ。

「みょうじって好きな人いんの知ってた?かなり前から好きなんだって」
「あー、噂になってるやつ?それって音駒なんかな」
「知らね。大学生か社会人って聞いたけど。とにかく年上」
「近所の幼馴染とかじゃなかった?」
「そうだっけ?てか、好きな奴いたのかよ〜。そうとは知らず一年の時告ったわ」

みょうじに好きな人がいるという噂が広がっていた。それにより、こういった会話もよく耳にするようになったし、視線も普段の何倍も感じるようになった。私に好きな人がいるって何も面白い話題じゃないんだけどなって思うも、人の好きな相手というのはいくつになっても気になる話題なのだろうと実感する。トモちゃんは小学生か!とキレていた。

好きな人が孤爪くんっていうのがバレてないのが唯一の救いなのだけれど、ここ数日‪噂話や多くの視線を感じたり、孤爪くんに迷惑がかかってないか心配になったり。全て自分が蒔いた種で、悪いのは私だから仕方がないのだけれど、少しずつ精神的にくるものがある。

しかも、孤爪くんから避けられている気がする。出来れば勘違いであると願いたいが、いつもと雰囲気が違うし、声をかける前にいなくなってしまう。そういったことも踏まえ、考えすぎて寝不足だった。




「三年生でバド部の可愛い先輩いるじゃん?」
「みょうじ先輩?」
「そう。誰が告っても振られるって有名だった人。あれ、先輩に好きな人がいるからなんだって」
「へー」

まただ。飲み物を買いに行った帰り、廊下を歩いているとそんな会話が聞こえ、身を潜める。違うところから帰ろうとした時、相槌を打っていた子が男バレのマネージャーであることに気付いた。

「好きな人って誰なんだろうね〜、気になる」と言う子にマネージャーの子は、あまり興味無さそうな返事をする。それから話題が逸れると同時に私もここから居なくなろうとした瞬間、聞こえてきた会話で再び足を止めることになった。

「そういえば、男バレの先輩に告るって言ってたのどうしたの?……孤爪先輩だっけ?」
「あー、うん。告ろうと思ったんだけどね、やっぱりやめようかな」
「……それ、理由って聞いていいやつ?」
「いいよ、別に。ただ、告白しても振られるだけだからなーって我に返っただけ。それなら今のまま選手とマネージャーって関係でいたいっていうか」
「そっか」
「しかも今は大事な時期だし、そんな好きだのなんだの言ってられないなーって」

最後の言葉を聞いて心臓が止まった。そうだ、バレー部は三年生にとって最後であり、春高に出場できるか決まる大会でもある。学校内はイベント事でみんなウキウキ状態だけれど、大切な大会を控えている部もある。覚えていたはずなのに、いつの間にか頭から抜けていた自分が恥ずかしくなる。

今することではない。まだ卒業まで時間はあるのだ。先日、告白現場に遭遇したからか焦る気持ちと、その時の孤爪くんの返事が気になって仕方がない気持ちと、想いを伝える不安。いろんな感情がごちゃごちゃになりながらも、今することではないと心の準備をストップさせた。

「まあ、研磨さんは大事な時期とかそういうの気にしないと思うけど」

なんて、マネージャーさんの声は私の耳には届いてこなかった。









眠いのと精神的な疲れ。頭が回らないような、体調も少し良くないような気がしながら、放課後みんなで残って文化祭の準備をしている。

今日で撮影は終了。六限目から撮り続け、今は放課後。最後に撮るのは告白のシーン。告白と言っても、本当の告白ではなく、主人公のクラスが文化祭でやる劇中で主役を演じる女の子が相手役を演じる想い人の男の子に告白をするという場面。
そして、記憶が戻りつつある男の子に対して、違和感がありながらもまだ何も思い出していない女の子が劇中で告白をしたことにより、二人の記憶が戻り、結ばれ、ハッピーエンドという流れ。

舞台は前世と同じ時代。衣装は前世の男女が着ていた格好で私は中世ヨーロッパの貴族が着ているようなドレスを身に纏っていた。
物語の中での劇の内容がたまたま前世の男女がしてきた恋愛に似ていて、その状況に二人とも記憶を完全に思い出すのだ。だから、前世役を演じた演劇部の子と同じドレスを今着て、撮影場所も体育館のステージを使っていた。

この衣装、少し苦しいし、キツい……。本格的な着方はしていないけどある程度は似せているため、引退後少し締りがなくなった体にはキツい。あれ、もしかして私太った……?と言う思考にもなる。


セリフはちゃんと頭に入れてある。あとはちゃんと声に出して言えればいいだけなのに、眠気が襲ってきて視界がぼやぼやしてきた。
体育館を使う部が来る前に終わらせなくちゃいけないから刻々と時間は迫ってきているため、NGなしで出来れば終わりにしたいと全員が思っている。孤爪くんが撮るシーンは既に終わっているから、山本くんと一緒に彼は先に部活へと向かった。


なんか今日は喉がカラカラ乾燥する。まだ爽田くんの準備が終わっていないみたいで、それまでに水分でも摂ろうと体育館の端に置いていたペットボトルを取りにそちらへ向かう。手に取るため上体を倒した時、上から声が降ってきた。

「みょうじさん」
「……」
「みょうじさん……!」
「……?あ、孤爪くんだ。どうしたの?」

部活のジャージに着替えた孤爪くんが目の前にいる。もう練習始まる感じかな。それなら早くしないと……。それより、こうやって話すの久しぶりな気がするなぁ。隣の席になったけど、最近はほとんど話せてなかったし、目も合うことがなかった。本当だったらこんな距離で話せて、話しかけてもらえて、目が合って、緊張する出来事なのに今は眠気からか素直に嬉しく頬が緩む。

「体調悪い、よね?」
「……え?」
「顔がいつもと違うし。……それに、目も、変」

じっと見つめて放つ孤爪くんは、最後だけいつもみたいに目を逸らして言いにくそうに変と言う。

やっぱり、だいすきだなぁ。

こうやって気にかけてくれるところとか、きっと誰にもバレてないと思う体調が良くないことに気付いてくれるところとか、ここ最近ずっと避けられている気がしてたのにこういう時には声をかけてくれるところとか。

「ちょっと寝不足で眠いだけなんだ、大丈夫だよ」
「……」
「あと少しで全部終わるから、そしたらたくさん寝る!声かけてくれてありがとう」

大丈夫。そう言うと眉を顰めて嫌そうな顔をするとことか、全部大好き。

ちょっ……!と声を珍しく上げて心配してくれる孤爪くんに、小さく笑ってみんなの元に戻った。





撮影するのはそんな長いシーンではない。数回言葉を交わして、最後両想いになって抱き合う、で終わり。
あと残りはちょっとだけ。私が「ずっと前から大好きなの」という告白の言葉を伝え、抱き合う。で終わりなのに、さっきから頭がぼーっとして自分が何を言っているのか分からなくなってきた。けど、中断はされていないからきっと大丈夫。上手く出来ている。

早く終わりにしないと、みんなに迷惑がかかる。一発でオッケーにしなくちゃ。いつもより多くの服を身に纏って、お腹周りも少しキツくて腰が痛くなってきた。撮影しているのだから仕方ないんだけれど、集まる視線。そして、眠気。
まずいかもしれない、と思った時には既に視界が揺らぎ、足の力が抜けていく。驚いた表情の爽田くんの後ろには目を見開いた好きな人の姿が見えた気がして。

ガクンッと床にしゃがむ私の両肩を支えてくれたのは孤爪くんだった。視界いっぱいに広がるのはずっと大好きな人の顔。

セリフを言わなきゃ。

ジャージの裾を掴み、孤爪くんの目を見て口を開いた。


「だいすき」



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